第218話「【番外編】天芳、凰花の修行に全力で協力する(前編)」
「『四凶の技・渾沌』──『万影鏡』!」
目を閉じたまま、小凰が立ち上がる。
彼女は壁の方を向いて、『五神剣術』の型をはじめる。
それを見守っているのは俺と雷光師匠と秋先生だ。
ここは岐涼の町から少し離れたところにある、町の宿。
その広間で小凰は『万影鏡』の修行をしていた。
小凰はまだ『渾沌』を会得していない。
というか、訓練の機会が少なかった。
だから彼女は、雷光師匠と秋先生がそろっているこの機会に、集中的に『万影鏡』を学ぶことになったのだった。
「君はすべてを映し出す鏡になりなさい。化央」
雷光師匠は小凰を見つめながら、言った。
「ひとつのものに意識を集中することなく、全体を見るのだ。これは戦闘時に心がけておくことでもある。多くの敵に囲まれたとき、ひとつの相手に意識を集中させたら、他の者に対して隙を作ることになるからね。そういうときのために、全体を見る力を身に着けるんだ」
「身体を流れる『気』は自然に任せましょう。無理に干渉する必要はありませんよ」
さらに、秋先生がアドバイスをする。
「四凶として語られる『渾沌』には目も耳も鼻も口もないとされています。そんな『渾沌』の技を学ぶには、五感ではなく『気』で敵をとらえるようにするのです」
「はい。雷光師匠。秋先生!」
小凰はゆっくりと、剣術の型を繰り返す。
見えない敵を探すように、木剣を振っていく。
俺が『万影鏡』を使ったときのように、彼女にもまわりの気配が見えているのだろう。
小凰の剣術は、すごくきれいだ。
流れる水のように、なめらかに変化していく。その動きはまるで舞踏のよう。
小凰はまっすぐに俺の方を向いて、五神の型を続けている。
青竜から朱雀、朱雀から麒麟へ。
まるで、俺を守ろうとしているかのように──
「「やっぱり君は天芳 (くん)を意識しすぎだよ! 化央 (くん)!!」」
雷光師匠と秋先生が、同時に声をあげた。
小凰の修行が一時ストップする。
彼女が、ぱちり、と目を開けると……正面から、俺の視線とぶつかった。
師匠たちの言う通り、小凰は俺を意識していたみたいだ。
「化央が『万影鏡』を使うと、無意識に天芳に意識を向けてしまうのだね……」
「意外な問題がありましたね。姉弟子」
雷光師匠と秋先生は腕組みをしている。
その隣で小凰は、真っ赤になってうつむいている。
小凰は『万影鏡』でまわりの気配をつかむことには成功している。
だけど、そこから先に進めていない。
なぜか彼女は、俺に意識の焦点を向けてしまう。
そのせいで、他の気配をとらえられなくなってしまうそうだ。
「師兄がこうなってしまうのは……これまでずっと、ぼくが心配をかけてきたからかもしれません」
それについては自覚がある。
ゼング=タイガとの戦いのときもそうだし、『裏五神』の呂兄妹と戦ったときもそうだ。
俺は無茶をして、そのたびに小凰を心配させてきた。
「だから師兄は無意識に、ぼくの気配を探してしまうんじゃないでしょうか……」
「天芳が悪いわけじゃないよ!」
小凰はあわてた様子で頭を振った。
「確かに天芳はいつも、僕を心配させてきたけど……『万影鏡』の修行がうまくいかないのは、僕が未熟だからだ。決して天芳のせいじゃない。もちろん、天芳にはあんまり無茶をしないで欲しいと思うし……僕を泣かせないで欲しいとは思うけど……」
「わかりました。では、対策をします」
俺は小凰の顔を見ながら、宣言した。
「ぼくは師兄が『万影鏡』の修行をしている間は、絶対に近づかないようにします!」
「それは駄目!!」
「ええっ!?」
「天芳がいないと、かえって落ち着かなくなっちゃうよ! 『万影鏡』で天芳の気配を探し続けることになっちゃう。それじゃ修行にならないよ!」
「そうなんですか?」
「そうなの!!」
小凰は興奮した口調で言った。
「なるほど。化央の考えはわかったよ」
話を聞いていた雷光師匠がうなずく。
「化央はいつも天芳のことを心配している。だから、天芳が側にいると意識を向けてしまう。けれど、天芳が側にいないと落ち着かなくて、彼の気配を探してしまう。そういうことだね?」
「は、はい。師匠」
「そうなると、修行のやり方を変える必要があるね。翼妹」
雷光師匠は秋先生の方を見た。
「問題は化央の意識の在り方だ。これは『気』の専門家の領分だろう。なにか名案はないかな。翼妹」
「対処法はあります」
秋先生は、ぽん、と手を叩いた。
「簡単です。化央くんが天芳くんを『自分の一部』だと思えるように、訓練をすればいいのですよ」
「僕が天芳を自分の一部だと思えるように?」
「どういうことですか? 秋先生」
小凰と俺は秋先生にたずねる。
秋先生はうなずいて、
「修行法はあります。それらを行えば、ふたりが一緒にいるのは特別なことではなく、自然なことだと感じられるようになるでしょう」
「「ふたりが一緒にいるのは……自然なことだと……」」
「私が直接、指導できればいいのですが、旅の間は忙しいですからね。修行法を書いた紙を渡すことにします。ふたりはできるだけ、そのやり方を試してみてください」
「「はい。秋先生!!」」
俺と小凰は声をそろえた。
小凰の修行のためならなんでもする。
俺は小凰の朋友で、彼女の弟弟子なんだから。
全力で手伝おう。小凰が『四凶の技・渾沌』を修得できるように。
そんなことを思いながら、俺たちは秋先生が書いたメモを受け取ったのだった。
・修行その1『化央くんは、天芳くんが脱いだ服を着る。あるいは、その逆をする』
目的『おたがいの「気」に慣れるため』
備考『これが一番効果があると思うよ。難しいようだったら、その2をやること』
「「……えっと」」
難易度の高い課題だった。
俺の服を小凰が着るのは……駄目だよな。
小凰は女の子なんだから、男子が着た服を身にまとうのは無理だろう。
となると、俺が小凰の服を着る方がいいな。
目的はおたがいの『気』に慣れることなんだから。
俺が自分の服の上から、小凰の服を羽織ってもいいと思う。
そうすれば俺は、自分と小凰の『気』が入り混じった状態になる。
小凰は俺を自分と似た存在だと感じ取るわけだから、『万影鏡』の修行にも身が入るように──
「それじゃ天芳。服を脱いで。僕に渡して」
いきなりだった。
修行法を確認した小凰は、俺に向かって手を伸ばした。
「別に問題はないよね? 僕が天芳の服を着るだけなんだから」
小凰はきょとん、と首をかしげた。
「それに、秋先生は僕のために修行方法を考えてくれたんだ。その気持ちは無駄にはできないよね。だから、脱いで」
小凰に迷いはないらしい。
だったら、俺にためらう理由はない。
俺は、小凰の修行を手伝うって決めたんだから。
「それじゃ、隣で服を脱いできます。着替えは……」
「僕の予備の上着があるよ。それを使って」
「はい。じゃあ、お借りしますね」
俺は借りた上着を手にしたまま、隣の部屋へ移動する。
着ていた服を脱いで、借りた上着を羽織る。
それから俺は、脱いだ服を小凰の前に置いた。
「ぼくは別室で待っています。着替えが終わったら呼んでください」
「わかった。終わったら声をかけるね」
それから小凰は、修行法が書かれた紙に視線を向けて、
「これによると……僕は天芳の服に着替えたあとで、剣術の型をすればいいらしいね」
「はい。ぼくも立ち合うように言われています」
「わかったよ。じゃあ、待ってて」
俺は別室に移動した。
あとは小凰に呼ばれるのを待つだけだ。
それから一緒に剣術の型を繰り返せば、おたがいの『気』に慣れることができるはず。
急ぐ必要はない。
小凰が着替え終わるのを待つことにしよう。
終わったら声をかけてくれるはずだから…………。
声を……………………。
……………………。
…………あれ?
いくらなんでも時間がかかり過ぎじゃないかな!?
もう1時間くらい経っている。
着替えるだけなのに、ここまで時間がかかるわけがないよな?
「どうしたんですか? 小凰」
返事はない。
もしかして、俺の『気』が残った服を着たことで問題が起きたのか?
「小凰。入りますよ!」
俺は断ってから、小凰の部屋に入った。
すると──
「………………にゃーん」
小凰は俺の服を着ていなかった。
下着姿で、俺の服にくるまって……『獣身導引』の猫のかたちをやってる。
というか、完全に猫になっている。なんで?
「にゃん…………ふみゃぁ」
「小凰! しっかりしてください!」
「ふみゃ?」
「『万影鏡』のために修行をするんじゃなかったんですか? どうして『獣身導引』で猫になってるんですか!?」
「…………はっ!?」
小凰が目を見開いた。
正気に戻ってくれたみたいだ。
「あ、あれ? どうして僕は『猫のかたち』を……?」
「それはこっちが聞きたいです」
俺は小凰に背を向けてから、たずねた。
「小凰はぼくの服を着る予定だったんですよね? なのに、どうして別の修行を?」
「う、うん……えっと」
しばらくしてから、小凰は、ふと気づいたように、
「あ、思い出した。天芳の服を着ようとしたら、変な予感がしたんだよ」
「変な予感ですか?」
「うん。僕が天芳の服を着てしまったら、修行どころじゃなくなるって」
「どうしてですか?」
「自分でもわからないんだ。なんだったんだろう? あの予感は……」
小凰はぼんやりした声で応えた。
本当に、自分でもわからないみたいだ。
「でも、せっかく天芳がくれた服を使わないわけにはいかないよね? だから、猫になることにしたんだ」
「どうして猫だったんですか?」
「この修行の目的は天芳の『気』に慣れることだよね? だったら、人間の服にじゃれる猫になればいいと思ったんだ。猫は警戒心の強い生き物だけど、心を許した相手には抱きついたりくっついたりするからね。それは、その人の『気』に慣れてるってことだよね?」
小凰は真っ赤な顔で、そんなことを言った。
「だ、だから僕は、天芳の飼い猫になったつもりで、服にじゃれついてみたんだ。そしたら夢中になっちゃって……こんなことに」
「事情はわかりました」
「ごめんね。迷惑をかけちゃった」
「迷惑なんかじゃないですよ」
俺は小凰の修行の手伝いをするって決めている。
俺たちふたりが『万影鏡』を使えるようになれば、かなり強くなれる。
雷光師匠や秋先生の手伝いだって、今よりもできるようになるはずだ。
「ぼくは小凰のためならなんだってしますよ。朋友なんですから」
「ありがとう……天芳」
小凰は照れくさそうな顔で、
「それじゃ、次の修行に移ろうか」
「はい。小凰」
俺たちは修行法が書かれた紙の、2枚目を開いたのだった。
後編は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
本編の第6章のスタートはちょっと遅れていて、2026年に入ってからになりそうです。
お待たせして申し訳ありません。もう少しだけ、お待ちください。
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今回の表紙は冬里です。旅を楽しんでいる彼女の姿はとてもかわいいです。
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