第217話「【番外編】薄さま、天下の大悪人の列伝を書く」
「黄天芳さまにお願いがございます」
ある日のこと。
孟篤さまの娘の薄さまが、俺を呼び出した。
今後のことについて話をしたい、とのことだった。
「薄はこれから、王弟殿下のもとでお世話になる予定です」
「はい。ぼくも、そう聞いています」
「王弟殿下のもとには多彩な能力をお持ちのお客人がいるそうです。そこでお世話になるのですから、薄も、なんらかの能力を示さなければなりません」
「それは……気にしなくていいと思いますよ」
薄さまは能力を買われて燎原君の客人になるわけじゃない。
岐涼の町が落ち着くまでの間、保護を受けるだけだ。
それは夕璃さまの意思でもある。
だから──
「薄さまは夕璃さまのお客人でもあります。ですから、のんびりしていてもいいんじゃないでしょうか」
「それでは申し訳ありません。薄も、できるだけのことをしなくては」
薄さまは小さな拳を握りしめた。
「薄はこれまで、歴史書を書く練習をしてきました。だから、そういう分野でお役に立とうと思うのです」
「王弟殿下のもとで、文書を書く仕事をするわけですか?」
「そうです。そこで、黄天芳さまにお願いがあります」
「うかがいましょう」
「黄天芳さまの列伝を書いてもよろしいでしょうか」
「ぼくの列伝を?」
「そうです。試しに書いてみて、それを王弟殿下にご覧いただきたいのです」
列伝というのは歴史書のひとつだ。
ひとりの偉人にスポットを当てて、その人物を中心とした歴史を書き記すものだとされている。
「……どうしてぼくの列伝なんですか?」
「薄が一番、興味を持っているお方だからです」
薄さまはうなずいた。
「黄天芳さまはお父さまを救ってくださった恩人です。そういうお方の列伝なら、書くのに気合いが入ると思います。それに黄天芳さまなら、資料や証言も集まりやすいですから」
「まあ、同時代の人物ですからね」
「そうです。許可をいただけますでしょうか?」
「わかりました」
それくらいはいいかな。
ここがゲーム世界だとか、俺が転生者だってことが公開されるわけじゃないし。
薄さまはただ、これまでに起きた出来事を書き記すだけなんだから。
「では、ぼくが自分のことを話せばいいですか?」
「いえいえ、それでは正確な記録になりません」
「え?」
「列伝とはいえ、歴史書を書くのです。正確性を期すためには、客観的な証言や資料が必要となります。ご本人のお言葉よりも、まわりの方々のお言葉を集めた方がいいと思うのです」
「本格的ですね……」
「薄は、史官をめざしていますから」
薄さまは真剣な表情で、
「黄天芳さまは書いたものを確認した上で、ご意見をいただけますでしょうか?」
「わかりました」
「それでは、薄はみなさまの証言を集めてまいりますね」
そう言って、薄さまは立ち上がる。
それから彼女は、宿にいる人たちのもとへと向かったのだった。
──数分後 (薄視点)──
「兄さんの列伝ですか!? すごく読みたいです!」
「では、星怜さまから見た、黄天芳さまのお話を聞かせてください」
「はい。あ、でも……わたしだけの秘密にしたい話もありますから……」
「そういうのはいいのです。薄が聞きたいのは、歴史に残せるような話ですから」
「わかりました。それでは──」
──4時間後──
「天芳の列伝だって!? 読ませて! どこで手に入るの!? これから書くの!? じゃあ、書いたら模写したものを売ってよ。5冊……ううん、10冊は欲しいな。毎日読むためのものと、保存するためのものと、僕たちの子孫に読ませるためのものを」
「承知しました。それでは、化央さまのお話を聞かせてください」
「いいよ。天芳について話したいことは山ほどあるからね。まずは……」
──さらに4時間後──
「……と、冬里さま。薄です。お話を聞かせてくださいませんか……」
「どうされたのですか、薄さま?」
「……え」
「疲れがたまっていらっしゃるのが見てとれます。休まれた方がいいです」
「大丈夫です。立派な史官になるためですから、がんばらないと……」
「遍歴医見習いとして、体調不良を見過ごすことはできません」
「冬里さま……」
「薄さまは、この寝台に横になってください」
「は、はい」
「脈は……正常ですね。ただ、鼓動が早くなっております。誰かの強い感情に圧倒され、それでドキドキしていらっしゃるのでしょう。体温が高いのも、そのせいかと」
「さすがは名医の娘さんです……」
「無理はいけませんよ。一体、なにをなさっていたのですか?」
「黄天芳さまの列伝を書くために、証言を集めておりました」
「……え?」
「そのために皆さまのお話をうかがっていたのですが、根を詰めすぎたみたいです」
「……そのようですね」
「冬里さまにも証言をいただきに来たのですが……今日は休んだ方がいいでしょうか……」
「薄さま」
「あ、はい」
「横になった状態でお話をするくらいなら、よいと思います」
「そ、そうでしょうか?」
「冬里は遍歴医の見習いです。薄さまの体調を把握しながら、ゆっくり、じーっくりとお話をすることができます。身体に負担がかからないように冬里が管理……いえ、診断しながらお話をするのなら、大丈夫です。冬里が保証いたします」
「あの、冬里さま。どうして薄の手首をつかんでいらっしゃるのでしょうか?」
「薄さまの脈を取るためです」
「動けないのですが……」
「ですから、このまま寝台で横になられた方が」
「体調管理のために?」
「そうです。それでは、薄さまのご負担にならないように、お話をさせていただいてもよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「では、はじめます。冬里と芳さまが運命的な出会いをしたのは……」
──さらに12時間後──
「は、薄さま!? ふらふらなのです!」
「千虹さま……」
「眠っていらっしゃらないのですか!? と、とにかく、虹の部屋の寝台に……」
「だ、大丈夫です。眠りはしましたから。ただ……」
「ただ?」
「耳元で、ずっと冬里さまの声がしていて……」
「それは、不思議な状態なのです」
「夢の中でずっと、黄天芳さまが大活躍をされていて……」
「それは、虹もよくあることなのです」
「薄は黄天芳さまの列伝を作っているんです。星怜さまと化央さま、冬里さまのお話を聞いて、あらすじはできました。千虹さまのお話もお聞かせいただければ……」
「そういうことなら、ご協力するのです」
「うかがいましょう」
「ある日のことです、黄天芳さまがおひとりで──」
──数日後 (天芳視点)──
「黄天芳さまの列伝を書いてみました」
北臨に到着する前日、俺はまた、薄さまの部屋に呼びだされた。
「まだ、ざっくり書き上げたものですので、推敲しなければいけません。ですが、その前に黄天芳さまに読んでいただきたいのです」
「では、拝見します」
「どうかご遠慮なく、感想を聞かせていただければと……」
「わかりました」
俺は書巻を開いた。
そこに書かれていたのは──
──天下の英雄、黄天芳。彼には星によって運命づけられた義妹がいた。
──そんなとき、義妹を襲う悪漢たち。
──それに立ち向かう黄天芳!
──彼の『ふざけるな小悪党!!』という叫びは天地を揺るがし、悪漢たちを吹き飛ばす!
──雷鳴がとどろき、英雄の存在を周囲に伝えるような轟音を……。
「……薄さま」
「なんでしょうか」
「星怜から話を聞きましたね?」
「よくわかりましたね」
「この部分は削除してください。星怜には俺から言っておきます」
「そうなのですか?」
「現実離れしすぎてます。脚色し過ぎです。歴史書としては問題があります」
「わかりました。では、削除候補といたしましょう」
「ありがとうございます。それじゃ続きを──」
──運命で結びつけられた、ふたりの弟子!!
──姉弟子の制止を振り切り、敵地へと向かう黄天芳!
──敵国との和平を結び、凱旋する黄天芳。
──姉弟子はそんな彼を抱きしめ、来世でも姉弟弟子となることを誓うのだった。
「この部分は師兄ですね」
「さすが、わかりあっていらっしゃいますね!」
「朋友ですからね」
「そんなおふたりだから、来世でも姉弟弟子になられるのでしょう」
「脚色してますけどね……」
なんだか、続きを読むのが怖くなってきた。
──黄天芳さまは商人に変装して、敵国へと入られました。
──あの方の荷物にあったのは布と薬草くらいでした。
──けれど、黄天芳さまにはそれで十分だったのです。
──なぜなら、あの方があつかうのは、天下と、そこに住む人々なのですから。
──黄天芳さまは、人と人とを結びつける、天下の大商人といえるでしょう。
「……この部分は冬里ですね」
「はい。冬里さまは時間をかけて、色々なことを教えてくださいました」
「どれどれ……」
──商人の才能を持つ黄天芳さまは、やがて大店を開くことになりましょう。
──人が集まるその店には、様々なものが取りそろえてあるはずです。
──その店で、冬里は医師として常駐することになりましょう。
──そうして黄天芳さまは、天下をあつかう大人物として、いつまでも幸せに暮らしたのでした。
「未来の話になってる!?」
「はい。ですから、この部分は夢のお話としました」
「それでいいの!?」
「冬里さまからお話をうかがったとき、薄はほとんど眠っていましたから。黄天芳列伝を書いた史官が夢のお告げを受けたことにすれば、問題はないかと」
「薄さまがそれでいいなら……いいんですけど」
列伝にはまだ続きがある。
たぶん、最後の文章は千虹の話をまともにしたものだ。
千虹なら、ちゃんと事実を伝えてくれているだろう。
彼女はたくさんの本を読んでいるからな。
歴史書には正確性が大切だということもわかっているはずで──
──黄天芳さまは、数多くの町を陥落させました。
──守備側の抵抗はことごとく打ち砕かれました。
──変幻自在の戦術の前に、守備側は翻弄されるばかりでした。
──守備側の人間は、あっという間に丸裸にされてしまったのでした。
「これって図上演習をしたときの話だよね!?」
確かに、ありのままの事実だけどね。
実際に起こったことではあるけど、紙の上での戦いだったからね?
現実のように書かれたら困るからね?
「……薄さま」
「あ、はい。黄天芳さま」
「いくらなんでも、これは事実じゃないってわかりますよね?」
「いえ、黄天芳さまなら、そういうこともあるかと思いまして」
「ありませんからね?」
「ないのですか?」
「ないですよ。町を陥落させたとか……いくらなんでも」
「残念です」
「あの、薄さま」
「はい」
「列伝を書くのなら、もっとたくさんの資料をもとにするべきだと思います。その方が客観的で、正確な文章になるんじゃないでしょうか」
俺の家族や友人からの情報だと、どうしても主観が入るからね。
星怜は、自分がさらわれそうになったときのことを薄さまに伝えている。
だけど……あのときは、星怜もぎりぎりの状態だった。
星怜からしたら、俺が敵を吹き飛ばしたように感じ取ったのかもしれない。
小凰は俺が壬境族の領地に行ったとき、無茶苦茶心配していた。
そのことがあるから、大げさに話をしたのかもしれないし。
冬里はきっと、薄さまと話をしてるとき、夢うつつだったんだろう。
薄さまも寝ながら話を聞いていたらしいから。
いや、そうじゃなかったら困るんだけど……。
千虹は、単なる説明不足だと思う。
図上演習の話だってことを伝え忘れたんだろうな。きっと。
だから──
「史書を書くには、もう少し客観的な資料が必要だと思うんです。時間が経って、起きたことを冷静に見極められるようになってから書いた方がいいですよ」
「そうかもしれませんね」
「それまでは、薄さまが自分の目で見たことを書き留めておくといいと思います」
「時が経って、冷静に見られるようになってから、史書として記すわけですね」
「そうです。その方が、史書としての価値も高まるんじゃないでしょうか」
「……ご助言に感謝いたします」
薄さまは俺に向かって、拱手した。
「黄天芳さまのおっしゃるとおり、薄はもう少し資料を精査することにします。そうして、後の世に価値があるような史書を残すようにつとめましょう」
「それがいいですよ。ところで……」
「はい?」
「この『黄天芳列伝』はどうしますか?」
「そうですねぇ……」
「破棄した方がいいと思いますけど」
「それはできません。これは王弟殿下に献上すると、夕璃さまに約束してしまいましたから」
薄さま。なんてことを。
「でも、この列伝は話を盛りすぎです。王弟殿下に献上するのはどうかと思います」
「大丈夫です。薄には秘策があります」
「秘策ですか?」
「よーく見ていてくださいませ」
薄さまは侍女に命じて、筆と墨を用意させた。
それから、筆にたっぷりと墨をつけた。
彼女は、書巻の冒頭に書かれた『列伝』の後に、2つの文字を付け加えた。。
そうして、薄さまは満足そうな顔で、
「これでいかがでしょうか?」
「これで……いいんでしょうか?」
「いいと思いますよ」
書巻のタイトルは変わっていた。
2文字消して、2文字付け加えただけなのに、別物になってた。
そこに書かれていたのは──
『黄天芳列伝 演義』
『演義』──つまり、歴史を脚色した小説のことだ。
この2文字を付け加えたことで『この物語はフィクションであり、現実の出来事そのままではありません』という注意書きがついたことになる。
列伝と演義って矛盾すると思うんだけど……いいのかな。
「薄はまだ、見習いの史官ですから、これくらいは許していただきましょう」
「本当にいいんですか……それで」
「大丈夫です。それでは、黄天芳さま」
「……え?」
「演義なら、もっと話を盛っても大丈夫ですよね?」
薄さまは、すごくいい笑顔で、
「ですので、もう一度みなさまにお話を聞きに行きましょう!」
「それはやめてください。薄さま」
「無理です。薄の執筆欲は止まりません。それでは、行ってまいります!」
こうして、薄さまはさらなる取材を続けることになったのだった。
数日後、『黄天芳列伝 演義』の第一話が完成した。
それを読んだ燎原君は、楽しそうに笑っていたそうだ。
その後、燎原君は客人の中から博識な者を選んで、薄さまの指導者にしてくれた。
きっと薄さまの才能を認めてくれたんだろう。
指導者を着けることで、薄さまの才能を伸ばそうとしてくれたんだ。
そんな感じで、薄さまは無事、燎原君のもとに落ち着いたのだった。
それから北臨では──
「来たね。天芳、化央。すぐに修行を始めたいところだけど……少し待ってくれ」
「薄さまから『黄天芳列伝 演義』の第二話が届いたんだよ。もう少しで読み終わるから時間をくれないか。天芳くん。化央くん」
「僕も読みたいです! 雷光師匠! 秋先生!!」
「「いいよ。一緒に読もう」」
薄さまの手によって定期的に、『黄天芳列伝 演義』は発行され続けることになり──
その物語 (あくまでもフィクション)は、俺の身近な人たちを魅了することになったのだった。
お知らせです。
書籍版「天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる」3巻の発売日が発表になりました。
3巻は、1月25日発売です!!
詳しい情報は解禁になり次第、こちらでも公開していく予定です。
これからもWEB版、書籍版あわせて「天下の大悪人」をよろしくお願いします!




