休日、小旅行する8
花見しかり、花火大会しかり。
何か綺麗なものを見物しながら食べることによって、その食べ物の美味しさがより強く感じるシチュエーションがある。
今日のこれも、見ている人にとってそういう景色になるといい。
「……おい三科ヒカリ、立ってラーメンを食べるんじゃない」
「だって綺麗じゃないですか。ほら他のお客さんも見てる」
「綺麗か綺麗でないかといえば綺麗だが、これはそういう問題か?」
危険運転で走っていた銀行強盗が乗る黒いバンは、突如として爆発した。
タイヤが赤く光りながら弾け、車体は黄色を纏い前方へと回転しながら跳ぶ。大きな音を立てながら燃えたエンジン部、粉々になって青い光を散らすガラス。そこから垂直にロケット発射する犯人4名と強奪された現金バッグ。
「綺麗だなあ」
「なんなんだあれは。というかなんなんだあの技術は。車が突然爆発するのは能力の範疇として、なぜ色付きで発光している」
「こないだ『魔法少女になりきって遊ぶスレ』を見てたら色付き発光させる方法っていうのが書かれてて、できそうなのでやってみたらカラフルになりました」
「お手軽レシピのような気軽さで科学的解明が難しそうなことをやってのけるな!」
座っていた席の位置関係のまま高く高く飛び上がった銀行強盗たちは、突然の発射に対応する余裕もないようだ。これで銃火器でも使われるとさらに激しい動きをして操らないといけないので、大人しくしてくれているとありがたい。キラキラと光の尾を引きながら地上100メートルほどへ打ち上がった犯人は、この街のどこかで事件の対処にあたっている魔法少女にも見えるだろう。逃走手段は爆散したし、花火の如く綺麗な光景に周囲の人々の視線も集めたし、もう犯人たちを降ろしても逃げられることはないだろう。
「ドクターシノブ、事件が起こった銀行までのマップって出せますか?」
「地図と衛星写真どちらがいい」
「どっちでも大丈夫です」
外に広がる光景に店の全員が注目している間に、私は床に照射されたマップを頼りに現金だけを遠くへと飛ばした。銀行強盗は後始末が大変だ。特に被害にあった銀行の手続きはとてつもない量になるらしい。盗まれた現金そのものがその場で戻ってくれば、少しくらいは楽になるだろう。
「待て、今ドローンで現地の映像を……おい三科ヒカリ」
「なんですか」
「流れ星に乗った現金が銀行前に降りようとしているぞ」
「メルヘンでいい感じになってますね」
銀行員や到着した警察官がグリッターのようにキラキラ輝く星型の発光体を唖然として見上げている。ゆっくりと着地させると、駆け寄ろうとする銀行員を警察官が静止した。
「危険物だと思われてるぞ」
「無味無臭の無害なものなのに」
「いや怪しすぎるだろう。あと無駄にファンシーすぎる。見ろあの銀行強盗を。発光する花束に乗ってゆっくり下降してくる悪人など、地獄でもそうそう見ない光景だぞ」
「ダメですか?」
「愉快だが」
テーマパークのナイトパレードのように明滅しながら降りてくる犯人たちは、突然の飛行に感動してくれたようだ。白目を剥いて放心したまファンシーな光に囲まれている。
「随分かわいい演出だな。こういうものも趣味だったのか」
「いえ、前にネットニュースで見たやつをそのまま真似しました。そもそも私はもうそういう仕事はしてないので」
「プリンセスウィッチの痕跡を可能な限り消そうというわけか……ククク、しかしそれは徒労に終わるだろう。見てみろ」
歩道の奥から、猛然と走ってくる明るいオレンジ色が見える。陸上部のような理想的なフォームで走ってきた魔法少女は、地上に戻ってきた銀行強盗の前で急ブレーキをかけたかと思うと吠えた。
「プリンセスウィッチ先輩の気配っ!!!」
「…………ほらな」
「ですね」
周囲を必死に見回している魔法少女に見つからないうちに、私とドクターシノブは席に戻ることにした。テーブルに置かれたタイマーは変わらずカウントダウンを続けている。
よし。
私は深呼吸をしてから、箸をテーブルへ置いた。それから両手でどんぶりを持ち直し、ゆっくりと傾ける。
「な……まさか貴様っ、ラーメンのスープを飲み干す気か?!」
ドクターシノブが狼狽する。
「やめろ、それは2リットルじゃきかないぞ!! どうなるかわかってるのか!!」
私は一度どんぶりから口を離し、ドクターシノブに微笑む。
「大丈夫です。私ならできます」
「できるとしても健全な生活を送る青年期の人間としてやってはいけないことだぞ!! あと明らかに銀行強盗と向き合うときよりも真剣になるのもやめろ!!」
やってはいけないことでも、ときにはやらなきゃいけないこともある。
私はもう一度どんぶりを持ち上げ、まだ熱い、辛さと旨さの洪水を制覇した。
「……終わりましたー」
「えっ?! あ、はい! 完食おめでとうございますー!!」
店の外に気を取られていた店員さんが、慌てて戻ってきてタイマーを止めた。その拍手につられて他の客からも拍手をもらう。
「15分前完食、歴代最短記録ですおめでとうございます!!」
「ありがとうございます」
「めでたいことなのかこれは。ありがたいと思っていいのかこれは」
ドクターシノブが頭を押さえて悩んでいる横で、店員さんは奥からラミネートされた紙を持ってきた。
「記録更新された方には景品として、こちらの中からお好きなチケットをお選びいただけます!!」
このラーメン店に挑む大食いチャレンジャーが跡をたたないのは、立ちはだかる巨大なラーメン、唸るほどの美味なスープ、そしてこの記録更新ボーナス景品があるからである。
大食い最多記録、最短記録のどちらかを更新した人には、各種チケットがプレゼントされる。
「これでお願いします」
「テーマパークペアチケットですね! デジタルチケットを送付しますので、こちらのタブレットにアドレス入力お願いします!」
「あ、あとデザートのアイスお願いします。ドクターシノブも食べますか?」
緩く首を振ったドクターシノブは、信じ難いと言いたげに私を見た。
「貴様……もしかして、このチケットを目的に大食いを?」
「はい。まあ、ラーメン食べたかったのもありますけど」
「先程の発光体の雰囲気も、テーマパークへ行きたいという心の表れか」
「あれはたまたまです」
プリンセスウィッチを探す声がまだ外から聞こえてくる中、デザートとして出てきた自家製バニラアイスはひんやりと喉を冷やしてくれて美味しかった。
「チケットぐらい買えばいいだろう」
「あれ高いじゃないですか。ラーメンもタダで食べられてその上チケットまで貰えるようなチャンスを逃す人はいませんよ」
「むしろチャレンジしようとして実際にやってのける貴様は希少な存在だとしっかり覚えておけ。……あの程度、欲しいなら私が用意したものを」
「いつも出かけるときドクターシノブが出費しているので、たまにはと思って」
眉を寄せていたドクターシノブが、急に真っ赤になり咽せだした。お冷を注ぐと、一気飲みをしてさらに顔を赤くしている。
「き、き、貴様……」
「マウスランド、行ったことないって言ってましたよね。チケットも手に入ったので行きませんか?」
「……次の日曜だっ!!!」
ワナワナと震えたドクターシノブは、テーマパークのスピーカーよりも大きな声を出したのだった。