4話
「今日は本当に天気がいいなあ」
廊下を歩きながら窓から上を見上げると青い色が空いっぱいに広がっている。なぜ海や空といったように青く広がっていくものは見てて切ない気分になるのだろうか。自分の中での青という色のイメージによって作り出された気持ちなのか。
心なしか汚い俺の心も浄化されていくような気がしないでもない。おそらくしない。
雨が好きなんて人もいるが俺は断然、晴れ派だ。ていうか乾燥地帯に住んでいる人以外で雨が好きなんて言ってるやつは自分が人とは違うと、ようするに雨が好きと言っている自分に酔っている奴だと思っている。
昼休みになり、現役高校生である彼等は楽しそうに友人達と食事をしている。一応俺も高校生だが一緒に食べる友人はいない。
普段は教室の中でぼっち飯をしているのだが、今日はあまりにも天気がいいため、学校にある中庭のような場所で昼食タイムだ。
廊下では楽しそうにお喋りしながら通り過ぎていく女子達がチラチラ見えたりする。
なんだかんだ朝の出来事があまりにも衝撃的だったため、外で食べることで開放的な気持ちになり、心を落ち着かせたいというのもあったりする。
中庭につくと、ところどころに生えた雑草や木々が俺の視界を緑で包む。石で作られた段差の上に腰を掛け、毎日恒例母さんから渡される弁当を開けるとそこには色とりどりのおかずが、みっちりと敷き詰められていた。
朝弁当を受け取る時に、今日も美味しくできたよーなんて言ってきた母さんの顔が自然と浮かんできた。
お弁当の定番、卵焼きから始まり肉野菜炒め、ウインナー、ほうれん草のおひたし、ミニトマトが可愛く添えられている。
白米にも手作りのふりかけがかけられており、見ているだけで食欲を誘う。
朝からこれだけの弁当を作ることが楽ではないのは目に見えている。それを母親という存在は当たり前のようにやってこなすのだからすごい存在だ。
しかし、大人になったことでこれが周りからしたら当たり前のことだと捉えられる。子供のころのように誰からも褒められることはなくなるんだ。当たり前なんて誰かが勝手に決めたことであり身勝手な常識。当たり前のことだって褒められたっていいはずだ。そんなときに褒めてくれる存在がいたらおそらく生涯幸せな人生になることにつながるんじゃないかと思う。なんてことは大げさだろうか。
だから俺はちっぽけなことかもしれないが母さんに弁当を作ってくれたお礼を必ず言うようにしている。
「いただきます」
毎朝作ってくれている母さんに感謝の気持ちを込めて、手を合わせる。俺の足元を歩いているイモムシさんもうねうねと動きながら、どうぞと言ってくれている気がする。
箸で卵焼きをつまみ、一口食べればその旨さが口いっぱいに広がってくる。俺が甘めのやつが好きと知っているため、しっかりと甘みが強くなっている。
この場所で食べるのは初めてだがたまにはいいかもしれないな。
「あれー?誰かいる。しかもひとりぼっち?」
せっかく人が幸せな気持ちになっている時に、誰だ失礼なこと言う奴は?
声の主を見るために後ろを振り返ると、そこには赤みがかった髪の毛をツインテールにした小柄な女子がいた。
「なんですか?」
「なんですか、じゃないよー。そこは私の場所だよ、君は教室に帰りなさい!」
片手でビシッと俺を指差してくる彼女はどこか子供っぽい印象を受ける。
「えっと、ここっていたらダメな場所とか?」
「そうだよ!そこは私がいっつもお昼ご飯を食べている場所なの!君がいちゃいけないんだよ」
めちゃくちゃだ。しかも彼女の真剣な目を見る限り、冗談で言ってないことはわかる。
まあできるなら面倒なことには関わりたくない、別に大したこだわりがあるわけではないし、ここは素直に言うことを聞いておいたほうがいいか。
「すみません。今どきます」
「わかればよろしい!」
弁当の蓋を閉め、包まれていた袋に戻し立ち上がるとウンウンと納得したような彼女。非常に腹立たしいが我慢だ我慢。
俺がその場所からどくと、我先にと座り途端に手に持っていた弁当を膝の上に設置する。
「おっべんと、おっべんと」
体を楽しそうに動かしながら弁当を開けている彼女は本当に高校生なのだろうかと疑問に思う。
とりあえずまだ卵焼き一口しか食べていないのだ。しょうがないからいつも通り教室で食べるか。
「うぎゃあああ!」
「なんだ!?」
急に馬鹿みたいな悲鳴をあげた彼女の方を見ようとすると、いきなり俺に向かって飛び込んできた。
「いってぇ、何してんだよ?」
「虫!虫!」
突然だったため、俺は飛び込んできた彼女を支えきれず後ろに手をついた状態で倒れてしまった。あまりの突然ぶりについつい口調も荒くなってしまう。幸い手に持っていた弁当は無事だ。これだけは死守しなければ。
「虫?」
「虫がいるううう、もうやだああああ」
いててて、力強いなこいつ。
必死に俺の服を掴む彼女をどかそうとしても、なかなか離れないため、彼女を連れたままその場所を見に行くとそこには先ほどのイモムシが。
「それ!それ!」
なんだ、これのことか。
流石に俺も素手では触れないため、うねうねと歩くイモムシを葉っぱの上に乗っける。
イモムシを取ると、またうぎゃあと悲鳴を上げ俺から離れて行く。
面白いから彼女に向かって投げてみようかとも思ったが、イモムシに罪はない。そっと近くの木に乗っけてやるとそのままうねうねと歩いて行く。
「ほら、もうとったぞ」
「本当?良かったあ」
彼女はほっとしたのか、その場にヘタリ込む。
これ以上こいつに関わっていたらろくなことにならなそうだ。
俺はさっさとこの場を立ち去るため、弁当を持って彼女の横を通り過ぎようとした。
しかし、通り過ぎようとした時、俺の服はこれでもかと言わんばかりの力でがっしり掴まれた。
「まだ何か用か?」
「…また虫が出るかもしれないからここで食べて」
未だ座りながらブスッとした顔で口を尖らせ、こちらを下から見上げ、そう言う彼女。
どうやら俺は平和にお昼を食べることが出来ないらしい。
どうして今日はこんなにもいろいろあるんだろうか?