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14話

 人違い事件の翌日。今日も今日とてお昼の時間、隣にはパクパクと美味しそうに弁当を食べる荒木がいる。決して静音なんて子はどこにもいない。


「人違い?」


「そう、昨日俺がセンチメンタルな気持ちになってる時に」


 昨日あったことを話すと、彼女は弁当を食べながらもこちらに目を合わせてくる。

 背の小さい彼女が隣り合った状態で、目を合わせてくると自然とそれは上目遣いとなる。意識してやっていないのはわかっているが、いつもそれが可愛いなと思っていたりする。


「そんなことってあるんだ」


「ああ、なんか俺が静音っていう女子と仲が良いと勘違いしたらしい」


 今考えると、もしかしたらあの女子生徒は俺が友達いないことを遠回しに馬鹿にしたのだろうか。なんかの罰ゲームで? だとしたら悲しすぎて笑えない。


 というか、それよりも何故か荒木が弁当を食べる手を止め、目を見開いてこっちを見て来るんだが。


「どうした?」


「…仲良くないの?」


「ん? 荒木まで何言ってんだ。仲良いわけないだろ」


「…嬉しいって言ったのに」


「へ?」


「私と友達になれて嬉しいって言ったくせに!」


 急に声を荒げた後、迷いなく俺の肩に突っ込んでくるツインテールの頭。いわゆる頭突きである。

 その渾身の頭突きを肩に食らった俺はあやうくそのまま転がっていくところだったが、幸いにも弁当が地面に落ちることは死守できた。


「いてて。色々突っ込みたいところがあるんだけど」


「最低! 陽太はもてあそび男だ!」


 目に涙を浮かべ、口をへの字にした彼女を見て、俺はますます今の状況がわからなくなってしまった…

 だったら良かったんだが運がいいやら悪いやら、思い出してしまった。

 もしかすると頭突きの効果があったのかもしれん。


「…静音?」


「仲良くないくせに、いきなり名前で呼ばないで!」


 悲しさと怒りが混じったような声で返事をする荒木…いや静音。


 あー、そういやこいつの名前は静音だった。出会った時はあまりに唐突だったし、普段は荒木としか呼ばないからすっかり忘れてたな。我ながら最低なことを言ったもんだ。


「ごめん。いっつも苗字でしか呼ばないから、その、荒木が静音だってこと忘れてただけで、決して仲良くないって思ってたわけじゃないんだ」


「…どっちにしろ最低じゃん」


「いや本当、その通りです。ごめん」


「…嫌だ。許さない」


 弁当を食べることなく、ずっと膝の上で持ち続けたまま下を向き返事をする彼女。心なしかその手が少し震えてるように見える。


 はあ、罪悪感が半端無い。最近、何してんだろうな俺は。


「どうしたら許してくれる?」


「許さない。ずっと根に持ち続ける」


 どうやら許してはもらえないらしい。どちらかといえば怒っているよりも悲しんでるといったほうが正しいあたり、おそらく本気で言ってるのだろう。

 思いっきり怒られるよりも、こうやって悲しまれる方が数倍心にくるものがある。

 

「じゃあ、とりあえず許してくれなくてもいいから何かお詫びさせてくれ。俺に出来ることなら何でもするから」


「…荒木って呼ばないで」


「えっと、それは名前で呼べってことか?」


「…だって、またこんなことになったら嫌だもん」


 それはまた。目の前の彼女は随分と可愛いことをおっしゃる。なんてことを口走ったらどうなるのか。気になるところだが今は空気を読んでおいたほうが良さそうだ。


「わかった。えっと…静音」


「…うん」


 名前で呼ぶと、下を向きながらも先ほどとは違い、嬉しそうに微笑んでいるのが見える。


 なんだこれ。可愛すぎないか? なんで俺がこんなにドキドキしなきゃならんのだ。もしかしてこれが青春か! これが青春ってやつなのか!


「あー、てことは昨日の女子に嘘ついちゃったことになるな」


 この空間が恥ずかしくなってきた俺は、話を別の方向に持っていくことでなんとか誤魔化すことにした。


「そうだね。でも何でそんなこと聞いてきたんだろ?」


「そこなんだよな」


「何て名前だったの?」


「確か山村 桃菜って言ってたかな」


 その名前を言った時、静音の表情はだんだんと複雑そうなものになっていった。

 

 普段から天真爛漫なのはわかっていたが、今日はよく表情が変わるな。


「…桃菜、何であいつが」


「知り合いか?」


「中学校の時の…同級生」


 静音にしては珍しい様子。それに同級生と言う前、何か言いかけたような気がしたが深く聞かない方がいいのだろう。


「なるほど。俺のクラスにはいないから静音と同じクラスか?」


「違う」


 ということはもう一つのクラスか。どうりで見かけたことがなかったわけだ。

 クラスが違うとこんな人いたのか? というぐらい見たことがない人がたくさんいるものだし。


「仲は良くないのか?」


 なんとなくわかっていることだが、なぜだか聞かずにはいられなかった。


「…良くない」


 少し迷ったように感じた彼女の答え、何か事情があるのは間違いないだろう。

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