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12話

 嫌な色をした雲がはるか上空で俺たち三人を見下ろしている。このまま包み込んで何もなかったことにしてくれたらどんなにいいことか。


 俺の方を見る咲綾が何を考えているのか、どうしてあんなことを言ったのかわからない。ただ、先に目をそらしたのは彼女の方だった。


「ごめん」


 そう呟いて咲綾は茫然とする俺たちを置いて、走っていった。


「よっ陽太、追いかけなきゃ」


 残された中、荒木が俺よりも早くこの状況を理解した。いや彼女のことだ、とっさに言葉がでただけなのだろう。その言葉を聞いた俺はわけもわからず、すでに姿は見えない咲綾を追いかけた。


 姿はもう見えないため、とりあえずはいつもの帰り道にそって追いかける。荒木に何か言ってから来ればよかったかもしれない。走りながら少しずつそんなことを考える余裕も出てくると同時に、今更かよと自分自身に呆れてしまう。


 それほどまでに、俺にとって衝撃的な出来事だったのだ。けっして今まで咲綾の怒ったところを見たことがないわけじゃない。なんなら俺より彼女は怒る。

 けど、あれは違う。うまく言葉にはできないけど、あれは俺の知ってる咲綾は言わない。そう断言できる。


 かなりの距離を走ったはずだが、咲綾の姿はまだ見えない。俺の体力も限界が近く、次第に息も切れてきた。もう追いつくのは無理かもしれない。たった一人の女子に追いつけないなんて情けない話だ。

 走るペースが落ちるのを感じながら乾いた笑いがこぼれる。


 …最後にあそこだけ見るか。


 幼い頃、咲綾はよく嫌なことがあったり、両親と喧嘩をすると決まって行く場所があった。俺だけが知っているため、いつも最初に見つけていたのを今でも覚えている。


 やってきたのは家からそんな離れていない公園。今ではあまり来ることのなくなったこの場所。昔と変わらない泥のついた滑り台に、ほんのり錆びついたジャングルジムを見ると幼い頃の自分の影が見えて来る気がした。


 そして、小さな柵に囲まれた4人乗りブランコ。その一つに見覚えのある顔が乗っているのが見える。


 良かった、ここにいたか。


 幼い頃と変わらず、ぽつんと俯きながら乗っているその姿を見た俺には安心した気持ちと同時に、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。


 あの頃の俺なら深く考えることなく、彼女の元に行っていただろう。

 全く俺ってやつは、嫌な方向に成長したもんだ。


 砂場の砂が足元に散らばっているためか、ジャリジャリと音のする道を歩いて行く。その音に気づいた彼女は俺を見ると驚く顔をせず、まるで来る事が分かっていたかのような、軽い笑みを浮かべた。


「よう」


「ふふっ、何かっこつけてるの」


 ブランコの横に立つ俺を見上げる彼女は、いつもと変わらない俺の幼馴染だった。


「懐かしいよな。この公園に来るの」


 立っているのもあれなので、俺も隣のブランコに乗る。久しぶりに乗ると、足がべったりと地面に押し付けるようにつくため、自身の成長を体で感じた。


「そうだね。二人でこうやっているのは久しぶり。私は今でもたまに来るよ」


「へえ、そりゃ初耳だ」


「嫌なことがあると、すぐにここに来ちゃうんだ。小さな子たちがいるとちょっと恥ずかしいけどね」


 照れ臭そうな彼女の笑顔は、こどものようにあどけないものだった。


「…どうした?」


 気の利いたことが対して言えない俺は、そのままに聞くことしかできない。人によっては言葉足らずに感じるかもしれない。

 しかし、彼女には俺の言葉の意味はしっかりと伝わっていた。


「…私も分からない。なんで自分があんなこと言っちゃったのか」


「そうか」


「でも、一つわかることがあるとすれば、私はあれを本音だと思っている。嘘偽りのない」


「悪いけど、信じられないな」


 俺がそう言うと、彼女は笑顔になり、ゆっくりとブランコを漕ぎ出した。


「私も信じたくないし、陽太のその言葉が凄く嬉しい。でもね、本当なんだ。…最低でしょ?」


 自嘲気味に笑いながらそう呟き、こちらを見る彼女と目を合わせることができない。


 これがゲームならいくつかの選択肢から選ぶことができるが、残念ながらこれはリアルだ。俺の発せる言葉は一から自分の中で形成したものしか無い。

 

「どうだろうな。誰だって間違うことはあるし、嫌なことを考えることはある。たった一回の失敗で決めつけるのは良く無いんじゃ無いか?」


「…たった一回じゃなかったら?」


「え?」


「私は今まで、誰とだって分け隔てなく話してきたつもりだった。けど、あの日からただ顔が変わっただけなのに、みんなの態度がガラッと変わった。私は何も変わらない接し方をしてるのに」


 何も言わない、いや、言えない俺を見て、彼女はそのまま言葉を続ける。


「正直、意味がわからなかった。私が今までやってきたことはなんなんだろうって。だって男子は話したことない人まで話しかけてくるし、女子は今まで仲よかった子が陰で私の悪口言ってるし、前まではそんなことなかったのに…私は、もう自分が何なのかわからないの」

 

 止まらず話し続けた彼女は最後に消え入るような声でそう言うと、いきなりブランコから立ち上がった。そして、何かを決心したような顔で俺の正面に立った。


「陽太、私たち明日から一緒に帰るのやめよう」


「…何言ってんだ? てかなんでそうなるんだよ」


「ごめんね。これ以上、陽太に迷惑かけたくないんだ」


「迷惑なんて、別に」


「…陽太は優しいね。でも、もう決めたの。勝手でごめんね」


 そう言ってまた、俺の元から去ろうとする彼女。とっさに肩をつかもうとしたが、一瞬見えた透明な涙。このまま触れてしまったら今にも壊れてしまいそうな彼女を見て、俺は伸ばしてかけたその手をそっと引っ込めてしまった。



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