10話
「この前、あそこのスーパー近くを歩いていたってことは荒木の家ってあのあたりなのか?」
「うん。すぐ近くってことはないけど、あの辺だよ」
どうやら荒木の家は俺の家からそう離れた場所ではないらしい。いくら高校が同じとはいえ、そうあることではないだろう。世間というのは狭いものだ。
「じゃあ、今日の放課後途中まで一緒に帰るか?」
「なんで今の話の流れからそうなるの?」
「ああ、そっか。俺は普段、咲綾と二人で帰ってるんだよ。だから荒木も一緒に帰ればついでに紹介できるだろ」
「ええ! 二人で一緒に帰ってるって、幼馴染ってそこまでするものなの?」
ぎょっとしたような顔で荒木はそう聞いてくる。
たしかにそれは俺も思ってはいたことである。咲綾に言われて半無理やり一緒に帰ってはいるけど、それが普通かと言われるとちょっと迷うだろう。
「どうなんだろうな。自分達以外の幼馴染を知らないからなんともいえないわ」
「ふーん。でもそれほど仲が良いとは思ってなかったよ。…そんな仲が良い人がいるの羨ましいなあ」
悲しいもので、どこか遠い目をした荒木がたどり着くのはそこらしい。
「俺と咲綾のことはいいんだよ。どうする? 一緒に帰るか?」
「…私、お邪魔じゃないかな?」
「荒木を紹介するって言ってるのに邪魔も何もないだろ」
「…じゃあ、お願い」
そう言う荒木の声は珍しくか細いものだった。わかっていながら、どうすることもできない不安に襲われているのだろう。
けど、反対にその表情はどこか覚悟を決めたようにもみえる。
「わかった。そろそろ昼休み終わるぞ、とりあえず教室に戻ろう」
「私はギリギリまでここにいる。陽太は先に戻ってていいよ」
「…じゃあ放課後、玄関のところで集まる感じでいいか?」
「うん」
その言葉にどこか上の空で返事をする荒木は、頭の中ではいっぱい、いっぱいなのかもしれない。
本当に大丈夫か?こんな状態で紹介しても何か上手くいかないような気もするけど。でもやるって言ってるんだし、俺が信じてやらないといけないよな。
不安は残るものの、そこから動こうとしない荒木を置いて教室へと戻ることにした。
時間というのは残酷なもので、あっという間に放課後は来てしまう。あの後なぜか余計な心配をしてしまい午後の授業は、ほとんど頭に入ることはなかった。
「楽しみだなあ。陽太の友達」
「ああ」
「どうしたの?」
「悪い、ちょっと考え事してて」
咲綾に友達を紹介すると説明し、二人で玄関に来たはいいものの、なかなか当の本人である荒木が来ない。それが気になってしょうがないのだが。
まさかあいつ、土壇場で怖くなって先に帰ったとかじゃないよな?
でも正直昼間の様子だと、そうなっていてもおかしくはないか。
時間は刻一刻と過ぎて行き、さすがに横で待つ咲綾も少し不安そうな表情をしている。
それに美少女と二人で並んでいるというのは、どうも目立つようで、通り過ぎて行く生徒たちがちらちらとこちらを見ている視線をいやでも感じる。
かくいう俺も、いまだに可愛くなった咲綾と隣でいることに慣れていないのだ。
好きだった女の子がさらに顔が可愛くなるなんて普通思わないだろう。
咲綾の横で冷静を装ってはいるが、緊張から汗で手はベトベト、さらには自分の心臓の音が聞こえてくるような気もする。
「…友達、来ないね」
「そうだな」
時間にして約15分ほど。状況が状況のため、だんだんとお互い口数も少なくなってくる。さすがにこれ以上ここで待っているわけにもいかないか。
咲綾には後で、俺から何かしら言い訳をしておけばいいだろう。諦めて行こうとした時、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ごめん、待たせちゃって」
振り返ると、そこには決まりの悪い顔をして立っている荒木の姿があった。
「…遅いぞ」
文句を言いながらも、現れたその姿に俺はほっと安堵の胸をなでおろした。不安な声を出していたが、最後に見えた覚悟を決めたような表情は間違っていなかったのだ。
これでやっと紹介できる。そう思い、ふと横を見ると咲綾は呆然としながらまじまじと荒木を見つめていた。その表情を見た俺は、なぜか違和感を感じてしまった。
「咲綾、どうかしたか?」
「えっ! あっいやなんでもないよ。ていうか陽太、友達って荒木さんのことだったんだね」
声をかけると、すぐにいつもと変わらない表情を浮かべてこちらを見てきた。
…今のはなんだったんだ?
気にはなったが今はそんなことよりもやることがあるため、それ以上追求をしないことにした。
「とりあえずここだと何だし、歩きながら話すか」
そのまま俺たちは、三人並びながら学校を出た。




