大和皇国の大敗
大和皇国首都鎌倉に設置されたエルスランド帝国大使館は鎌倉を防衛する首都防衛軍の駐屯地の横に設置された。大和皇国の官庁街からはかなり遠いため、大使館を警備するために派遣された第25警備連隊は35式軽戦車(35t軽戦車)と38年式軽戦車(38t軽戦車)を10両ずつ、配備しており、警備戦力としてはいささか過剰な気もする。
35年式と38年式軽戦車はチェコスロバキアのLT-35とLT-38をモデルにした戦車だ。
この戦車はチェコスロバキアがドイツと併合した際にドイツ軍に接収され、LT-35は35t軽戦車と呼ばれ、LT-38は38t軽戦車と呼ばれた。35t軽戦車はルーマニアやブルガリアに輸出された。38t軽戦車は自走砲などに姿を変えながらも第二次世界大戦を戦い抜いた。この戦車も35t軽戦車と同じように他国にも輸出された。
警備連隊の戦車は常に大使館周辺に2両以上が待機しており、今まで扶桑帝国軍の戦車しか見たことのない将兵がもの珍しそうに2種類の戦車を見ているのが時々確認されている。
大使館を設置してから数週間後、大和皇国軍は扶桑帝国軍に攻勢を掛けるべく、大和皇国軍の重戦車である近江を主力とした2個軍団が扶桑帝国軍に占領された室町要塞と扶桑帝国軍の吉野要塞に攻勢を掛けるべく出撃した。
「進め、進め!!!!」
指揮車に乗っている指揮官は意気揚々と進軍を促している。
大和皇国軍は近江を中心に扶桑帝国軍に攻勢を仕掛けた結果、今まで苦戦していた騎兵戦車金峯を多数撃破・鹵獲し、初戦における戦いはことごとく大和皇国軍の勝利に終わり、作戦目標である室町要塞の奪還と吉野要塞の占領に移ろうとしていた。
「奴ら、勝った気でいますな。」
「今こそ、奴らに鉄槌を下す時だ!!!」
新田義秀元帥率いる扶桑帝国第1近衛戦車師団は意気揚々と進む大和皇国軍の後方から奇襲をかけた。
「奇襲だ!!!!」
「落ち着くんだ。近江を敵部隊に向かわせろ。」
「はっ」
重戦車部隊は敵部隊と戦闘を行うために後方に向かい始めた。
「この近江があれば、扶桑帝国軍など、すぐに滅ぼしてやる!!!」
「なかなか過激なことを言うな!!」
大和皇国軍はこの戦いに負けることはないと思っていた。
「攻撃開始!!!!」
突然、茂みの中から砲撃が行われ、砲弾は近江の正面装甲を貫いた。
「報告!!!!」
通信兵が真っ青な顔で指揮官に報告を行う。
「わが軍の重戦車部隊は敵軍新型戦車により、壊滅状態!!!」
「何だと!!!!」
扶桑帝国軍は近江対策として大口径の戦車を開発した。この戦車は強大な火力を発揮する代わりに旋回砲塔を採用してはおらず、固定砲塔を採用している。
「見たか、これが突撃戦車霧島の力だ!!!!」
新田元帥は喜びの声を上げた。
扶桑帝国軍の突撃戦車『霧島』は3号突撃砲に酷似した戦車で105mm魔導砲を搭載し、大和皇国軍の重戦車である近江の正面装甲すら貫く火力を有している。そして、近江の砲弾をも弾く正面装甲を有している。
「退却だ、全軍退却せよ!!!!」
霧島の登場により、大和皇国軍は総崩れとなり、大和皇国軍2個軍団20万人の内15万人が死傷又は捕虜となった。
「そんな・・・・・。」
白百合姫はこの報告を聞いて崩れ落ちた。
この戦いで陸軍は多くの皇道派将官を失い、皇道派の発言力は低下した。
その結果、革新派が勢いづき、エルスランド帝国と軍事同盟又はそれに匹敵する条約を結ぶことが決まった。
しかし、その間にも扶桑帝国軍は大和皇国軍の中部防衛ラインを突破して、首都鎌倉に迫りつつあった。
皇紀2599年に大和皇国はエルスランド帝国と安全保障条約を締結。
これに伴い、水戸県全域をエルスランド帝国のエルスランド人居住地と基地とすることが決まり、政府内外でもこの条約に反対の動きが相次いだ。
一部の条約反対派が鎌倉にあるエルスランド帝国大使館に爆弾を投げ込んだため、その場で警備兵に射殺されると言う事件も発生するなど、安全保障条約に賛成と反対の団体の思想が極端だった。
のちにこの安全保障条約には転移門の向こうにあるイリース共和国やエルフランド王国・ガウゼス共和国連邦・フレンチ共和国が参加する一大軍事同盟へと発展することになる。




