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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第四話 「偽りの秀才」 VS秀才/針山智和
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解決編・偽りの秀才



 智和が家に帰った時、家族は彼が負った怪我の原因をあまり深く追及してこなかった。それより家族は彼が塾を休んだことを責めた。塾のほうから家に連絡がきたのだという。


 両親の小言を聞き流すと、智和は自分の部屋に戻って家庭学習を始めた。


 腕に巻かれたギブスを疎ましく感じながら、勉強机の上に開いたノートに問題集の内容を書いて解いていると、ベッドに置いてあった彼の携帯が不意に鳴った。


 着信元は非通知になっており、智和は恐る恐る電話に出ると携帯からは二宮の声が聞こえてきた。


『どうもこんばんは』


「お前、どうして俺の電話番号を知っているんだ」


『先生に頼んで教えてもらいました』


「……それで何の用だよ」


『はい、ひとつ針山君に謝らなければならないことがありまして』


「俺に謝る?」


『直接謝りたいのですが、これから学校のほうまで来てくれませんか』


「別にそんなの、電話だけでいいだろ」


『いえ、どうしても会って話がしたいんです』


「だとしても明日でいいだろ。どうせ学校で会えるんだから」


『ああ、言われてみればそうでした。だけどもう警察の車がそちらの方に向かっていまして』


「えっ?」


『君をここに送ってきてもらうように頼んだんです。来て頂けませんか』


 数分後、智和の家の前にパトライトが光る車が何台も停まった。そのなかの一台に乗って、智和は暗くなった学校へと送られることとなった。


 学校に着くと、智和は刑事に案内されて特別棟にある風紀委員室へと向かった。部屋の中に入ると、そこには二宮がいた。


「夜遅い時間にわざわざどうも。お茶を用意しましょうか」


「いいから早く用事を済ませてくれ。俺に謝りたいことって何だ」


「はい、これをお返しするのを忘れていたんです。すいませんでした」


 すると二宮は上着のポケットから、折りたたんだ一枚の紙を出した。それを受け取って広げると、それが二宮に渡していた自分の英語のテストの答案用紙だと判った。


「まさか、これを返すためだけに? なおのこと明日で良かったじゃないか」


 智和が苦笑すると、二宮は黙ってどこか不気味な微笑みを返した。


「他に用がないんだったら、俺は帰るぞ」


「ちょっと待ってください。帰る前に、君に会わせたい人がいるんです」


「俺に会わせたい人?」


 もしや、と智和はとある生徒の顔を思い出した。


 放課後に彼がこの部屋に来たときに顔を合わせ、犯行後に買収をしたあの女子生徒だ。芹澤の手帳によれば、確か伊藤とかいう名前だったか。


 智和がそんなことを思い出していると、二宮が部屋の扉を開けてどうぞ、と女子生徒を招き入れた。案の定、その女子生徒は伊藤だった。


 おそらく、二宮はあの手帳から伊藤の存在を辿って彼女をここに呼んだのだろう。そして自分と対面させて彼と面識はないかと問い質そうという魂胆なのだ。


 だがその手に乗るものか。先に彼女に辿り着いたのはこっちだ。


 智和は伊藤に向かって「判っているんだろうな」と視線を向けた。こっちはわざわざ金を出したんだ、約束は守ってもらうからな、と心の中で念じながら。


 だが伊藤は口を開くと、智和が予想だにしなかった言葉を発し始めた。


「Good evening Mr.Hariyama! I’m glad to you see again!」


 智和は最初、伊藤が何を言っているのかを全く理解することができなかった。


 とにかく、伊藤が話しているのが日本語ではなく英語だということは辛うじて判ったものの、彼女が話す英語はあまりに流暢で、智和にその内容を正確に聞き取ることはできなかった。


 そもそも、どこからどう見ても日本人にしか見えないこの女子生徒が、なぜ流暢な英語を話してくるのか。智和は大いに困惑した。


「どういうことだ、二宮」


「ご紹介します。この度ご両親の仕事の都合でこの学校に転校してきた、日系アメリカ人のソフィア・綾乃・イトウさんです。警察の堂本刑事に頼んで、呼んできてもらいました」


 二宮がそう紹介すると、イトウは「どーも」と智和に改めて挨拶をした。


「イトウさん、ご両親は日本の出身なのですが、これまでずっと英語だけで生活してきたようで、まだ日本語をよく知らないそうです。


 それに加えて、急にここに来ることが決まったものですから、こちらの生活様式だとか社会常識も殆ど把握できていないみたいで……」


 そこまでいうと、二宮はイトウに向かってたどたどしい英語で質問をした。


「ミスイトウ。プリーズショウミー、ユーゲット……あ、違った。ユーゴットプレゼント?」


「OK. Sure.」


 そう答えると、イトウはポケットから五千円札を出して、それを嬉しそうに智和に見せつけた。それは間違いなく、智和が彼女に渡した金だった。


「Thank you Mr.Hariyama. This card you gave me is so beautiful! But, why did you give me this present?」


 イトウは無邪気そうな顔でそういった。そんな彼女の言葉を二宮は補足した。


「日本語で説明するとイトウさんはですね、君から受け取ったこのお札がお金だということすら知らなかったんです。そもそもこの人は、急に目の前に現れた男子生徒が自分を買収しにきたということすら理解していなかったんです。つまり君がやったことには、何の意味もなかったというわけで」


 二宮が智和に判るように丁寧に説明をすると、彼は再びイトウのほうを向いた。


「センキュー、ミスイトウ。アイホープユーエンジョイ、ニュースクールライフ」


「Thanks, Kotaro. Good night.」


 二宮が部屋から出るイトウを見送っていると、智和は部屋にある机に手をついて項垂れた。


「まさか外人だったなんて」


「芹澤さんが帰国子女という話は知っていますよね。イトウさんをこの学校に招き入れるにあたって、英語が話せて、なおかつ向こうで暮らした経験もある芹澤さんに先生からイトウさんのお世話係を頼まれたそうです。

 本当は来週から登校なんですが、今日はそれに先駆けてイトウさんに学校案内をしたみたいで。それとですね、これを見て欲しいんですが」


 そういって二宮はどこからか芹澤の手帳を取り出し、問題のページを智和にみせた。


「はいこれを見てください。“昼放課十二時四十五分、風紀委員室で二宮くんに勉強を教える。放課後十六時半、職員室にてイトウさんと。十七時、風紀委員室にて針山くんと例の件について。”これを読んで、なにか違和感に気づきませんか」


「違和感?」


「もう一度よく読んでください。ここには、僕とイトウさんと針山君の名前が出ています。最初僕がこれを見たとき、おや? と思ったんです。このなかで僕と君は名前が漢字で書かれています。しかしイトウさんだけは名前がカタカナで書かれているんです。これを見て気づいたんです。このイトウさんというのは、噂になっているアメリカから来た転校生なんだろうと」


「アメリカから来た転校生……? そんな噂、聞いたこともない」


「あれ、知らなかったんですか。今朝は学校中その話題で持ちきりだったんですが」


 二宮にそう言われて、智和は今朝、教室でクラスメイトたちがしていた転校生の話を思い出した。


 あのとき彼は自分の成績のことしか頭になかったが、横にいた同級生たちの間ではそんな話題が繰り広げられていたというのか。


「あの転校生がイトウだったのか。だけどアメリカ人だったなんて、そんなこと知らなかった」


「たとえ知らなかったとしても、それでもイトウさんを買収したときに、彼女と話をしてすぐ気付いたはずだと思うんですが。本当に君はひとの話を聞きませんねえ」


 全くだ、と智和はイトウを買収するときに彼女とまともな会話をしなかったことを嘆いた。


「すべて認めてくれますね」


 二宮はまっすぐな瞳で智和に尋ねた。


 しかし智和はそれに「待て」といって食い下った。


「二宮。いまお前が証明したのは、俺が金を使ってイトウを買収しようとしたということであって、俺が芹澤を殺そうとしたことの証明にはならない」


「ではなぜイトウさんを買収しようとしたんですか」


「決まっているだろう。俺の芹澤に対する恋心を周りに知られたくなかったからだ」


「にしては五千円は大金だと思うのですが」


「人は誰しも絶対に他人に知られたくない秘密を持っている。俺の場合、芹澤に対する想いがそうだっただけだ」


「いいえ。そもそも君が芹澤さんのことを好きだったわけがないんです」


 どこか確信を持っているような態度でそう語る二宮に、智和は指の先が震えた。


「どうしてそんなことが判るんだ」


「最初に君をここに連れてきたときのことです。僕がこの部屋の中で芹澤さんが棚の下敷きになったという話を君に伝えたとき、君は平然とした態度で不幸な事故だなと答えました。

 だからその後で君がいきなり芹澤さんのことが好きだと言い始めたとき、ものすごく変だなと思ったんです。本当に芹澤さんのことが好きなひとだったら、怪我をしたと知ったときにものすごく動転するはずだと」


「それで俺が芹澤のことを好きじゃないと決めつけたのか」


「いえ、それだけで判断するのもどうかと思ったので、ある実験をしてみたんです」


「実験?」


「堂本刑事から芹澤さんの手術が終わったという話を聞いたとき、彼に調べものをしてもらったんです。彼女の入院している林原総合病院に、他に芹澤という名字の入院患者はいないかと」


 そこまで聞いて智和は、ああ、と声を漏らした。それと同時に七〇九号室にいた、芹澤直美という謎の女の正体もやっと知ることができた。


「もうお判りですね。本当に好きな人だったら、下の名前もばっちり把握しているはずです。しかし君は見事にこちらの用意した罠に引っ掛かった。ちなみに芹澤さんのフルネームは、芹澤いちるさんです」


「……直美といちるじゃ、名前を読み間違えるはずがないな。じゃあ、あのあとお前の知り合いに会わせたのも?」


「はい。さすがに被害者と容疑者を会わせるわけにはいかなかったので、上手く誤魔化すためにああやって誘導したんです。ちょうど大川さんがお腹を壊しておいてくれて良かった」


「無駄に俺を走らせたわけじゃないんだな」


「念のためにもう一度言います。芹澤さんのフルネームは芹澤いちるさんです。せっかくなのでこの機会に覚えてあげてください」


 二宮は茶目っ気を含んだ口調でいった。


「それとですね。君の本当の動機、実はもう判っているんです」


 まさか! カンニングのことを二宮が知っているはずがない!


「嘘だ」


「いいえ、嘘じゃないんです。ちょっと用意したいものがあるのでお待ちください」


 そういって二宮は二枚の折りたたんだ用紙を取り出し、それを机の上に並べて広げた。


「……これは」


 二宮が机の上に出した二枚の紙は、どちらも英語のテストの答案用紙だった。


「こちらは松浦先生がパソコンにスキャンして保存しておいたものを印刷した、芹澤さんのテストの答案用紙。そしてこちらは、君から預かっていた答案用紙のコピーです」


 そういって二宮は今回の英語のテストの最終問題である記述問題の部分を、いちる、智和と順番に指を差した。


「このふたつの文章、内容が殆ど同じです。多少細かいところに違いはありますが、書いてある内容自体はほぼ一緒です。ほら」


 二宮はそう説明しながら、いちる、智和、いちる、智和と交互に指差した。


「こうやって並べてみると一目瞭然ですが、松浦先生には判らなかったでしょう。なにしろこの二枚の答案用紙を採点している間に、他に何人も別の生徒の採点をしなければいけなかったんです。気付けなかったのも無理はありません」


「お前はどうやって気付いたんだ」


「今日の昼放課に、芹澤さんに英語を教えてもらった話をしたでしょう。その時に彼女の答案用紙を見せてもらったんです。そして、その後に君に君の答案用紙を見せてもらった時にあれっ、と思ったんです。この記述問題の答えの内容が芹澤さんのものと似ていると。それに加え、君と芹澤さんはクラスで席が隣同士……」


「芹澤が俺の答案をカンニングしたという可能性は?」


「なるほど。しかし英語が話せる人が、英語のテストでそんなことをしますかね」


「しないな」


 これには智和も、素直に認めざるを得なかった。


「では今度こそ、すべて認めてくださいますね」


「……ああ」


 カンニングの事実まで暴かれた以上、智和はこれ以上言い逃れをする意味を見出せなかった。そもそもカンニング行為を隠蔽するためにこの犯行に及んだのだ。悪あがきをしたところで仕方がない。


 智和が白旗を挙げると、二宮の携帯に着信音が鳴った。


「堂本刑事からです。ちょっと失礼」


 そういって二宮は電話に出ると、刑事からの報告に耳を傾けた。


「はい、そうですか。それは良かった。ええ、ええ。はい、ご苦労様です。では」


 二宮が電話を切ると、智和は「何だった」と彼に尋ねた。


「朗報です。ちょうどいま、芹澤さんが記憶を取り戻したそうです。そして気を失う直前に、君に背後から殴られたと彼女が証言しました」


「……なるほど」


 つまり、どのみち自分はここまでの運命だったということだ。そのことに彼は苦笑するしかなかった。


「それとですね、ここに来る前に芹澤さんにお伝えしていたことがございまして」


「伝えたって、何を」


「針山君があなたのことが好きだと言ってましたよ、と伝えたんです」


 自分が芹澤に対して好意を抱いていないと知っておきながら、どうしてそんな真似を、と智和は二宮に言ってやりたくなったが、二宮は意味もなくそういったことをする男だとなぜか彼は納得してしまった。


「で、芹澤はなんて言ったんだ」


「それがですね。ごめんなさい、だそうです」


「そうか」


 二宮の報告を聞いて、智和はフッと鼻で笑った。


「わざわざどうもありがとう」


 目一杯の皮肉を込めながら、智和はそういった。


 第四話 「偽りの秀才」 完



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