閑話:イビスの特別な日(6)
閑話、最終話です。
改稿しました。
R3.3.1
エマは居間の重い樫の扉を開けた。
アイビン家の居間はこのマナーハウスが建てられたころの古い形式を色濃く残した造りだ。
現代では“田舎臭い”とインテリア雑誌では毛嫌いされる造詣である。
けれども歴代の一族が肩を寄せ日々を営んだこの部屋は、エマにとっては落ち着く場所であった。
いつもならば話し声が絶えない居間は静かだった。
暖炉には火が入れられ、パチパチと薪の爆ぜる音のみが響いている。
寒さの厳しいモーベンの夜に耐えられるように暖められた部屋は、とても居心地よく整えられていた。
テオフィルスは部屋に入るなりカウチソファに寝そべった。
「やばい……疲れた」
6時間かけてグレンロセスから長距離移動し、そのまま次の日の午前中いっぱいまで父親に代わり仕事をしていたのだ。
テオフィルスの体力も限界が来ていたようだ。
暖かい室温とソファの毛足の長いファブリックのやわらかさに、あっという間に寝息を立て始めた。
疲れてるよね。
周りがいつも無理させちゃうから。
優秀すぎて忘れがちになるが、テオフィルスはまだ十代。
前世では高校生にあたる年頃だ。
本来ならば自分のことだけで手一杯な年齢である。
卓越した才能ゆえに周りからかけられる大きすぎる期待が、いつかテオフィルスを取り潰してしまうのではないか。
絶対に弱音を吐かないだけに、エマはテオフィルスの身が心配だった。
エマは窓際においてある毛布を手に取り、そっとかけた。
ソファの端に腰をかけ、
がんばりすぎだよ、テオ。
端整な顔立ちを見詰めながら、心の中で呟いた。
テオフィルスはまったく動かない。
深く寝入ってしまったのだろうか。
エマはテオフィルスの額にかかる前髪に触れる。
同じ黒髪でも前世のそれとはちがった。
やわらかくしなやかだ。
指先を頬に移動させ、頬骨に散らばる“そばかす”を撫でた。
この間は触らせてもらえなかったけど。
エマは目を細めた。
通った鼻筋もうっすらと浮かぶ“そばかす”も何もかもが愛おしかった。
前世でも幾人かの恋人はいた。
けれど、今、このテオフィルスに感じるこれほどの感情は抱けなかったように思う。
前世ではだれも自分を一番に想ってくれなかったもの。
誰かの身代わり、二番目の存在。
現世は違う。
まっすぐに自分を見てくれる人がいる。
自分だけを想ってくれる人がいる。
自分のために生きてくれる人がいる。
「大好きだよ、テオ」
人を好きになるということは、深くどこまでも深く相手に近づくことなのだろう。
このまま沈みテオフィルスに溶け込んでしまっても、それでもいい。
優奈、よかったね。
あなたの想いもデイアラに在るよ。
この異世界で前世の苦痛も昇華してほしい。
前世の叶えられなかった望みを与えてくれる人はこの黒髪の青年であるはずだ。
思えばほんの幼い頃から側にいてくれたテオフィルスに、このモーベンの夜のように深く物静かな瞳を持つ青年に、何度救われただろう。
こみ上げてくる愛おしさに思わず、エマは顔を寄せテオフィルスの額と頬に口付けた。
ふいに閉じていたテオフィルスの瞼が開いた。
黒い瞳がエマを捉えている
「……それだけ?」
意識があるとは思って居なかったエマは狼狽した。
「おきてたの?? 寝てるって思ってたのに」
「ん? 寝てたよ? エマがキスするまでは」
慌てて身を離そうとするエマをテオフィルスは一瞬早く制し、
「俺さ、今回めっちゃがんばったんだよね? 久々にきつかった」
テオフィルスは何かを期待した表情でエマを見た。
ご褒美ほしいとか言ってたよね?!
ご褒美、ホゴウビ……ええええ??
前世の知識はある。
10歳の頃から反芻してきた。
あるけれども……。
「……私どうしたらいいかな?」
「エマが考えて?」
エマの癖のない髪をもてあそびながら、テオフィルスはからかうように言う。
二人に沈黙が流れた。
ただこう待ち望まれると気まずい。
しばらく下を向き、エマは覚悟を決めた。
ごくごく軽くテオフィルスの唇に唇を重ねた。
「これだけ?」
テオフィルスは物足りなさそうにエマの唇を撫ぜる。
「テオ、私、これでもね精一杯。努力は認めて?」
エマは羞恥で真っ赤になりながら、
「これからもずっと一緒にいるでしょ? ……だから少しずつね? 少しずつ」
少しずつ慣れていくはずだ。
テオフィルスの暖かさに、とどまることの無いその愛情に。
今は恥ずかしいけれど。
いつかはテオフィルスに応えることが出来るはずだ。
「んー……」
納得いかないまま、テオフィルスはエマを抱きしめた。
テオフィルスからはいつもの柑橘とモーベンの夏の風の香りがする。
「……まぁいいや」
エマの肩に頭を置いたまま、力が抜けていく。
「あぁもうずっとこうしてたいけど、ごめん、ちょっと限界。……眠すぎて意識とびそう」
もう瞼が上がらない様子だ。
ずるずるとソファに倒れこむと、すぐに規則正しい寝息をたてはじめた。
「おやすみ、テオ。ゆっくり休んでね」
暖炉の薪がまた大きく爆ぜた。
窓の外は吹雪始めていた。
窓ガラスに叩きつけられた雪がへばりつき、そのまま次々と積もっていく。
かなり冷え込んできているようだ。
コンコンとノックの後、遠慮がちにドアが開いた。
申し訳なさそうな表情で本日の主役が立っている。
「エマ、義姉さんと母さんが呼んでる。片付け手伝って欲しいってさ」
廊下の灯りを背に立つイビスは、その白金の髪が廊下の光を反射して神々しいほどの佳麗さだった。
エマはいつもの如く目を奪われる。
「うん、今行く」
ちらりとソファで眠るテオフィルスに視線をやり、イビスの後を追って静かに部屋をでた。
続く毎日を、想い合う人生を、この人と過ごせますようにと祈りながら。
読んでいただきありがとうございます。
長い閑話もなんとか終わることが出来ました。
どうかなぁなんて考えながら書きましたが、いかがだったでしょうか?
このお話で「アイのある人生は異世界で。」も完結になります。
全く書き物初心者で試行錯誤しながらでしたが、ここまで書けたのはちょっとした奇跡ではないかと思っています。
文章を書く難しさ、続ける努力と悩み……。
小説を書くということは大変なことなんだと身に染みました。
今回の経験で、課題も、書きたいこと好きなこともよりクリアになりました。
本当に貴重な経験でした。
最後に。
何万とある作品の中からこの小説を読んでくださった皆様、感想・ブクマ・評価を入れてくださった皆様、本当にありがとうございました。
書き上げることが出来たのも、皆様のおかげです。
出会えたことに感謝しかありません。
次作も近々投稿していこうかなぁと考えています。
趣味全開なお話になる予定ですw
ぜひまた読みに来てくださいませ。
(次作『きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~』https://ncode.syosetu.com/n3833fw/ 投稿始めました。R1.11.18)
追伸:一応完結としましたが、内容に気になるところが多々あるので、時間があるときに改稿をしていきたいと考えています(汗




