27話:決戦まであと少し。
事務室も正常運転にもどり、委員会メンバーは再び慌しく働き始めた。
“赤毛の王子と神に愛された子”の諍いも彼らのガス抜きになったに違いない。以前よりも若干穏やかな雰囲気に変わっていた。
濃い目にいれた紅茶をテーブルに並べながらイビスは憮然と座るウィンダムを見下ろした。
「もうトラブルはお腹いっぱいですよ? 殿下」
「そうなるように仕向けたのはお前だろう?」
ウィンダムは釈然としない様子でティーカップを取る。
「……旨いな」
「痛み入ります」
恭しく言うと、イビスは事務室の最奥に移動した妹と幼馴染を眺めた。
「妹は殿下にふさわしい相手ではありませんよ。別の相手をお探しください」
「そうかな?」
呟きながらも薄茶色の瞳の奥に冷たい炎が煌いた。
事務室の扉が開き、イビスに呼び出されたライオネルが親友の元に歩み寄ってくる。
想定済みだったのかウィンダムは静かに席を立ち、「ソーンによろしく言っておいてくれ」と言い残すと赤毛の王族は事務室を後にした。
ヴァーノン家の高級車がグレンロセス学生寮の車寄せに音も立てず止まった。
「遅いわね」
カレン・ヴァーノンが時計を見ながら呟く。
しばらく車内で待っていたが待ちきれなくなり、カレンはドアを開け外に出た。
陽は高く昇っていたが、さすがに12月。温暖なグレンロセスといえどもそれなりに冷える。口元には白い息が舞った。
数時間後に開かれる後夜祭、その当日である。
後夜祭の準備をヴァーノン家で行うことになり、カレンはエマを迎えに来ていたのだ。
後夜祭自体は夕方から始まる。が、ドレスアップする生徒は昼過ぎから準備にとりかからねばならない。スキンケアから始まり、着付けにメイクにとやるべき事はたくさんあった。美しくあるには努力と時間が必要なのである。
ドレスをエマに貸出することになっていたのもあるが、多くの生徒に混じって準備を市井でやるのは効率的でないと判断したからだ。
ヴァーノン家には全ての専門家がいる。それも最高のクラスだ。
さらには磨き上げられたエマがどれほどになるか、公衆に晒す前に見てみたいというカレンの好奇心もあった。
約束の時間より少し遅れて寮の玄関に姿を現したエマと荷物を抱えたテオフィルスは、制服姿のまま玄関から飛び出してきた。
「わぁごめん、カレン。遅くなった!」
白手袋をした専属運転手が礼儀正しく後部座席のドアを開けると、声とともに後部座席に乗り込んだ。
息を切らす二人を見て、エマは可笑しそうに笑う。
「大丈夫よ。間に合うから。まぁソーン先輩がいながら……という感じはするけどね? 一体何してたのかしら?」
「いや申し訳ない。ヴァーノンさん」
珍しくテオフィルスは焦った様子である。
エマも若干顔を赤くしているところを見ると、出る直前にテオフィルスが何かしらやらかしたのだろう。
この二人わかりやすっ!
何かを察したカレンは追及するのは止め、運転手に行き先を指示した。
「今日は本宅は親がいるから、別宅にいくね? 学園の近くに集合住宅があるの。そっちに用意させてるから」
心なしかあのテオフィルスが浮き足立っているようだった。他人に対してはクールなところがある性格のはずだが、エマに対してだけは感情を隠せないらしい。
「楽しみだね、カレン。そいえばカレンはどんなドレスにするの?」
ただただ着飾れる楽しみを想像し心躍る様子のエマを、カレンは眩しそうに見た。
ヴァーノン家で生まれたカレンにとっては、学園の後夜祭も心沸き立つものではなかった。
もともと親友であるエマが行くのなら……という消極的に参加するものであったのだ。
両親も招待されている夜会には、恋人であるキースを伴うわけにも行かず、エスコート役も決まらないまま残り数日……。
急にキースからエスコートできると連絡があった。
「テオフィルスが交渉してくれたんだよ。カレンのお父さんも了承したみたいだよ?」
耳を疑った。
父親とテオフィルスのどこに接点があるのだろう??
底知れない男だわ。ソーン。
集合住宅に着くとカレンの侍女やヴァーノン家に雇われたメイキャップアーティスト・エステティシャン、スタイリストらが笑顔で三人を迎えた。
「アイビンさま、こちらへ」
テオフィルスと分かれた二人が導かれた部屋には、大量のドレスと装身具が広げられていた。
「カレン、なんか、ええ??」
着る予定のドレスを見て、エマは狼狽した。
試着した時は前世でいうアメリカンスリーブの肩と背中が広く開いたドレスであったはずだ。エマの瞳と同じ色の空色のグラデーションが裾に向かい濃く深くなっていく。シンプルで飾り気のない色合いの大人っぽいデザインだった。その潔よさが気に入って選んだものだ。
「バージョンアップしてない???」
ドレスの形は変わらないが、裾や襟元のカットに沿いビジューと品のある刺繍がなされ、さり気なくゴージャスになっている。併せて幅広の黒いベルベット製サッシュベルトまで揃えられてた。華美すぎずより洗練された感がある。
「そう? でもきっと似合うよ」
カレンは慣れた様子で侍女に指示し、自身のドレス選びを始めてしまった。
これってめちゃくちゃ高いんじゃ???
ドレスを手にエマは動けなくなった。縫い付けられたビジューはただのビーズかと思ったら最高級のクリスタルである。レンタル代どころでない話になりそうだ。
「ではアイビン様。フェイスマッサージをいたしますので、上着を脱いでいただけますか?」
呆然としたまま言われるままに衝立で仕切られたエステスペースに、連れて行かれてしまったのだった。
こんにちは。いつも読んでいただきありがとうございます!
今日はいつもより遅めの更新となってしまいました(汗)
皆様の目に止まりますように……!




