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24話:この気持ちは自分のもの。

本編もどります!

ほんのり甘いです。

 講堂の中は、4人が入った時点で席はほぼ埋まっていた。4人並びは空いておらず最後列の離れたところに2席ずつなんとか確保することができた。

 あまり良いとはいえない席だがこの観客の数を思えば座れただけましだろう。1時間半の公演を立ってみるのもつらいところだ。


 「席があってよかったね」


 エマは隣のテオフィルスに笑いかける。


 「うん。運がよかった」


 エマたちが講堂にはいってからも、入場する観客は絶えずあっという間に立ち見席も埋まってしまっていた。


 照明が落とされ幕が上がった。

 中等学校の学生と思えない役者の演技とヴァーノンの舞台セットは一流の劇団と比較しても遜色がない。

 プロジェクションマッピングを効果的に使った斬新な演出に観客からもどよめきが起こった。

 

 今回の演目は凡そ200年前の伝説的な劇作家の作品……経済的に発展した現代では文学的だと高く評価される……を現代風にアレンジしたものらしい。

 資産家の家に生まれた男が人生に意図を見出せず悩み、アルコールと女性に溺れていく。最期はたまたま入ったカフェのウェイトレスと心中を決行するが相手は死に自分は生き残ってしまう。

 そしてそれまでの人生を深く悔恨するという筋だ。


 前世ゆうな的に言えば「ダメンズのクズ人生ショー」である。


 これが驚くべきことに200年前は喜劇コメディとして民衆に受け入れられていたという。

 生きていくのせいいっぱいな庶民からすれば、日々の食事にすら悩まない恵まれた環境で人生に悩むという状況がフィクションとしか思えなかったのだろう。


 そういえば前世でもそのまんまな生き方してた作家がいたっけ……。誰だったかな。その作家の本もらったんだよね。


 エマはぼんやり舞台を眺めつつ、前世を思う。


 前世の記憶がよみがえり5年。


 かなり詳細な記憶は現世の記憶と平行して存在していた。

 自分の体がちがう人格に乗っ取られるかのような不快感はなくなったものの、別の人格として心の深い部分からエマに干渉してきている感覚はあった。

 どうやら前世の意識はかなりエマ自身にも侵食しているようだった。あまり意識しないうちに、嗜好などはかなり引きずられているらしい。

 食べ物の好みや服の趣味もよく似ていた。惚れっぽい所も恋愛を渇望していた影響かもしれない。


 背の高い黒髪の子だったっけ。前世ゆうなの強く思い残した子。名前なんだったかな。


 現世の今、どう思うかと問われても淡い思い出程度である。ただこれだけ鮮明に覚えてるということは前世では強烈に印象にのこってたんだろう。


 ちらりと横をみる。

 テオフィルスは集中して鑑賞しているらしく、エマの視線に気づかないようだった。

 イビス兄ほど際立ってはいないが、この世界に多い整った横顔。日本人の容姿からは遠く、西洋人といっていい。

 黒髪も聡明な黒い瞳も前世でそうであったように、この世界でも珍しいものではない。


 エマが惹かれるのは前世の想いからなのか?

 あの青年と髪と瞳の色が似ているからなのか?


 ちがう、これはエマとしての気持ち。私だけの気持ち。


 エマは隣に座るテオフィルスの肩に頭を乗せた。


 「ん、なに?」


 「……なんでもない。もう少しこのままでもいい?」


 「いいよ」とテオフィルスは穏やかに頷き、再び舞台に目を向けた。



 

 演劇部の公演が佳境に入った頃、文化祭事務室は大混乱の最中にあった。

 絶え間なく持ち込まれるトラブル報告は事務局を忙殺した。それに加えて頭がおかしいとしか思えないクレーマーが入れ替わり立ち代り訪れるのだ。

 上流階級の多い生徒達が海千山千の一般人クレーマーに対応するのは、気骨が折れる業務である。

 ツバを飛ばし何なのか理解できない言葉を吐く人種など彼らの周りにはいない。

 何人目かのクレーマーの興奮が最高潮に達したタイミングで、淡い金髪の青年が奥から現れた。


 「お客様、私がお話伺います。何か不手際でもございましたか?」


 イビス・アイビンだ。彼は極上の微笑みでクレーマーの前に立った。


 「あ……」


 次元の違う人種と真正面から対峙した時、どうするのが正解なのだろう。

 ……現実とは思えない光景に困惑し打ちのめされる選択肢以外はない。


 「あ、いや、大丈夫です。勘違いだったかもしれない。すまなかった」


 勢いをそがれたクレーマーは足早に去って行った。

 クレーマーを見送りイビスは、


 「皆落ち着いて処理していこう。クレーマーは全部僕にまわして。がんばって乗り切るよ」


 下級生達を鼓舞した。

 優秀な人材ばかりではあるが、経験は多くない。怒涛の大波を乗り越えていくには、イビスのように強かさも必要なのだ。

 実際、イビスの並外れたルックスはフロントとしては最高であった。


 「全部テオフィルスのせいだからね。失敗はあいつに尻拭いしてもらうから、安心して?」


 そう、この混乱も全てテオフィルスのせいだよね。


 開式が滞りなく終わり一時間もたたないうちに誰からか電話を受け、「任せた」とだけ言い残して会場に向ったのだ。


 どうせエマんとこだろうけどさっ!!!


 こうなることを分かっておきながら逃げるなんて最悪だよね、とイビスはテオフィルスの底意地の悪さに悪態をついた。

 この人ごみの中に出る気はないイビスには、事務室に篭れる理由ができたのはよかったが、これは酷すぎる。


「覚悟しとけ、テオフィルス」


イビスは笑顔を作ると、次のクレーマーを迎えた。


いつも読んでいただきありがとうございます!

ブクマも嬉しすぎです!!(*^▽^*)


次回は明日の午前中に更新できたらなぁと思ってます。

よろしくおねがいします。

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