第12話(最終話)「檻の中の魔女」
地上四十階、都心の夜景を一望できるタワーマンションの一室。
全面ガラス張りのリビングからは、無数の光が蠢く東京の街並みが見下ろせた。あの光の粒の一つひとつに、満員電車に揺られ、会社で擦り切れ、誰かを欺きながら生きる無数の人間たちが息づいている。
だが、その世界のすべては、玲香にとって永遠に手の届かない銀河の果ての出来事になっていた。
カチリ、と静かな電子錠の解錠音がリビングに響いた。
「ただいま、玲香さん」
玄関から現れたのは、仕立ての良いスーツに身を包み、知的な銀縁眼鏡をかけた詩織だった。
社内での大スキャンダルを「告発した有能な若手」として、詩織は異例のスピードで係長へと昇進を果たしていた。地味でおどおどしたかつての面影はどこにもなく、成功した若きキャリアウーマンの凛とした光を全身から放っている。
玲香は敷き詰められた毛足の長い絨毯の上で、小さく身を震わせた。
着せられているのは、乳房や秘所が透けて見えるほど薄い純白のシルクキャミソール一枚。
そして――白く細い首筋には、冷たい黒革のチョーカーが寸分の隙間もなく巻きつけられていた。内側に極小のGPSとバイタルセンサーが埋め込まれた、外すことの叶わない絶対の首輪。
「……おかえりなさい、詩織さん」
玲香は膝をつき、伏し目がちに床に手をついた。
かつて満員電車ですべての男を冷酷に値踏みし、社内を肉体と脅迫で意のままに操っていた傲慢な魔女の姿は、影も形もない。外界と繋がるスマートフォンもパソコンも取り上げられ、ドアの鍵は生体認証で内側からすら開かない。
警察も世間も、玲香を「過酷なハラスメントに耐えかねて心身を病み、地方でひっそりと静養している悲劇の元社員」と信じ込んでいる。戸籍と名義だけが生きている、社会的に完全に消滅した女。
「いい子ね、ちゃんと待っていたのね」
詩織はジャケットを脱ぎ捨て、玲香の前へと歩み寄った。
革靴の爪先で玲香の顎先を軽く持ち上げ、屈辱に震えながらも潤んだ瞳で見上げてくる玲香の顔を、愛おしそうに眺める。
「今日の千代田線はね、人身事故で入場規制がかかるほど混んでいたの。ぎゅうぎゅう詰めで、汗と体温が押し寄せて……ふふ、懐かしいでしょう?」
詩織の細い指先が、玲香の薄いキャミソールの胸元を乱暴に引き下げた。
露わになった豊かな乳房へ、詩織の冷たい掌が伸びる。容赦なく肉を揉み潰し、親指の腹で敏感に勃起した先端を弾く。
「ひゃっ……あっ……!」
「あんな汚らわしい場所で、男たちの浅ましい欲望を煽って悦に入っていたなんて……本当に、可哀想で下品な魔女だったわね、先輩は」
「やめ……詩織、さん……っ」
「やめる? 誰のおかげで刑務所に入らず、こんな綺麗な部屋で生かされていると思っているの?」
詩織の冷酷な瞳が玲香を射抜いた。
逆らえない。逆らえば、詩織の手元にある「無編集の全犯行アーカイブ」がワンタップで世界中に流出する。そして何より――この数週間で、玲香の神経は詩織の与える歪んだ支配と調教に、完全に焼き尽くされていた。
詩織は絨毯の上に腰を下ろすと、玲香の首輪のリードをぐっと自らの手元へと引き寄せた。
首を締め上げられ、苦しげに喘ぐ玲香の腰を両足で挟み込み、キャミソールの裾を捲り上げる。
下着など最初から穿かされていない。外気に晒された玲香の秘裂は、首輪を引かれた恐怖と緊張だけで、すでに白く濁った愛液を蜜のように滴らせていた。
「あはっ……見て。首輪を引っ張られただけで、もうこんなに濡れている。……本当に、男たちの身体なんて必要なかったんじゃない? 先輩が本当に欲しかったのは、自分より強い怪物に組み敷かれて、徹底的に壊されることだったんでしょう?」
「ちが……そんなの、違う……っ!」
「嘘をつく悪い舌には、お仕置きが必要ね」
詩織は玲香の髪を掴んで自らの唇を引き寄せ、深く、激しく舌を突き入れた。
息を奪うような暴力的なキス。玲香の抵抗を嘲笑うように、詩織のもう一方の手が、濡れそぼる秘裂の最奥へと三本の指を一気に捩じ込んだ。
「んん――ッ!?」
玲香の背中が弓なりに反り、首輪が皮膚に深く食い込んだ。
熱い粘膜を執拗に掻き毟り、膣壁の急所を抉り上げる詩織の指使い。
男たちの愚直なピストンとは比較にならない、玲香の身体の弱点をすべて知り尽くした悪魔の技巧。
ぐちゅ、じゅぷ、と、静かな高層フロアの静寂を切り裂く生々しい水音が響き渡る。
「あ……っ、いや……抜いて……っ、詩織さん……許してぇ……ッ!」
「許しませんよ。一生、私の腕の中で鳴き続けなさい」
詩織は唇を離し、玲香の首筋の柔らかな皮膚に歯を立てた。
鋭い痛みが走ると同時に、指先が奥の天井を激しく突き上げる。
羞恥、絶望、そして背徳の極限が混ざり合い、玲香の脳内麻薬が濁流となって理性を完全に押し流した。
かつて満員電車の密室で男たちを罠にかけていたあの全能感など、この圧倒的な快楽の前には塵に等しかった。
誰にも見つからない、自分だけの真の捕食者。その冷たい檻の中で、名前も立場も尊厳もすべて奪い去られ、ただ愛玩されるだけの肉の塊へと堕ちていく安息。
「あ……あぁぁぁ――ッ!!」
玲香の喉から、甘く狂った絶叫が溢れ出た。
全身を激しく痙攣させ、玲香は詩織の指先へすがるように腰を押し付けながら、大量の愛液を吹き散らして絶頂へと沈んだ。
肩で息をし、焦点の定まらない瞳で床に倒れ込む玲香。
詩織は満足げに息を吐き、濡れた自らの指先を玲香の唇へと差し出した。
玲香はもはや拒絶することなく、赤ん坊のように無心で詩織の指をくわえ、自らの蜜を舌先で舐め取った。
「ふふ……本当に、可愛い私の獲物」
詩織は玲香の頭を優しく胸に抱き寄せ、その髪を慈しむように撫でた。
巨大なガラス窓の向こう、夜の東京の街で、満員電車のテールランプが赤く細い光の帯となって流れていく。
あの喧騒の狩場へ戻ることは、もう二度とない。
首輪の冷たさを首筋に感じながら、玲香は怪物の胸の中で、光を失った瞳をとろりと細め、抗うことのできない幸福に満ちた、虚ろな微笑みを浮かべていた。




