第一章1 『旅は「おはよう」から始まる。』
「ーーー、シア」
崩れゆく炎の中で酷い悪夢を見たような、この先二度と得られないような安心感が胸に広がる。
ーーこの胸の鼓動をいつまでも感じていたらどんなに幸せだろう。
「ーーー、シア?」
顔に感じる暖かな、優しい感覚に包み込まれ、永遠にこのひとときを過ごしていたい。
ああそういえば、私は何が嬉しかったんだっけ。
ーーーー君の笑顔が見れて。
「起きて、シア!」
一瞬で水路に水が流れ出たように意識が覚醒する。
息が、声が、硬い地面から伝わる体を打つ不規則な振動、いや衝撃が脳に響いてーー、
『ガタンッ』一際大きな衝撃で後頭部に硬い何かがぶつかった。
「ーーーーーっつ、おはようレイン。」
肩につく程度の艶のある黒髪を揺らして、長時間同じ姿勢で負担をかけていた体を起こし、ほぐすように腕を挙げる。
どこからかバキボキと音がなる己の体にため息をつきたくなるのを抑えて、視界に入り込む木々の間から差し込む強い光に目を薄め、声の方へと返事をする。
「おはよう、シア。よく眠れていたみたいだね。起こすのも可哀想かなって思ったけど、ほらもう着くからさ。
ーーーーリンベルに。」
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ここは剣と魔法が溢れるよくあるファンタジーな世界、アルベリア。
エルフにドワーフ、亜人に魔族、精霊に時々大きなモンスターが出てきるそんな世界。
そのうちの西の大国と呼ばれるルンヴェルト王国に伝わる冒険弾の一つ。
【夜航星の軌跡】の物語。
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先程、お世辞にも寝心地の良いとはいえない馬車に揺られて頭をぶつけていた黒髪の少女、シア。この平凡な見た目の少女がこの物語の主人公だ。
「大丈夫?強く頭を打ったみたいだけど、、」
そしてこのどう見ても主人公な見た目をしている、鮮やかな青に包まれている黒髪の青年がレイン。冒険者パーティの剣士をしている。
「怪我はないかい?痛むなら見てあげるからこちらにおいで。」
太陽の光に照らされ輝かしい金色の髪を揺らす美青年が、落ち着いた耳障りの良い声で心配そうにこちらの様子を伺う。
「大丈夫。ありがとう。ルシアン。」
一瞬目をほんの少し見開いた彼は落ち着いた表情で、少し残念そうにわかりきった答えを承知で自分の要望を口にする。
「私の子は兄と呼んでいいと言っているだろう?シア。」
育った環境を考えれば兄妹として彼を呼ぶのは正しいのだろう。しかし、素直に彼を兄と呼ぶにはーーー、
「まーーた、シアを困らせて。ぼんやりシアちゃんがしっかりしてきたからって、兄、兄言わないの。せっかくこんなに話せるまでになったのに余計なストレス与えてだんまりさんに戻ったらどうすんのよ。」
大きな装飾のついたとんがり帽子をかぶる少女リゼが、妹に過保護な兄を叱る。
「うう、ーーすまない、その通りだシア。
君に兄と呼ばれたいと私の未熟な思いが溢れてしまって、君がこうして過ごしてくれていることが何よりも喜ばしいというのに、私はーーーーー」
先程までの落ち着いた美しい青年は一転して、顔に影を落として声の震えを抑えようと自身の両手を握りながら、神に懺悔する罪人のように静かに声を漏らす。この姿を見て思わずハンカチを渡したくなる人がいなかったら世界の常識を疑うだろう。
「ううん、そんなことないよ。いつもありがとう。ルシアン‥‥兄さん」
ーーーこうして今日も、自分に兄であると懸命に伝えてくるこの彫刻のような美しい顔をもつ男、ルシアンに私は折れてしまった。
呆れたように、だけど嬉しそうに優しくこちらを見守ってくれた彼女に、意識を向ける。
「リゼもありがとう。まだ慣れないけど、ルシアンが兄さんっていうのはわかっているから、大丈夫。」
自分に礼を言ってきたことが予想外だったのかキョトンと反応が止まった彼女は、両手で抱えた緑の石が埋め込まれた黒い魔法杖を抱きしめながら、花の大輪のように優しく、とても良いものを見たように笑った。
「いいのよ。礼なんて。ルシアンが今日も兄、兄うるさかったからその無駄に綺麗なお顔ごと静かにさせたかっただけだから。ーーーーでも、よかった。」
彼女の言った前半の内容はよくわからなかったが、「よかった」の意味だけは理解できた。
「もう一年になるのかしら。シアちゃんが魂の迷い子から目覚められてーーー」
「ああ、そうだね。あれから時間がとても早く経ったように感じるよ。
だけど、そうかーーーーーーもう一年になるのか。」
ーーそう、私はちょうど一年前に目覚めた。
この世界で幼子に稀に起こる原因不明の症状。魂の迷い子から世界に産声をあげた。
魂の迷い子
それは通常、幼少期に起こる自我形成がなんらかの原因で発現しない現象。【眠り子】とも呼ばれる。
肉体や感情反応は存在するものの、"個"としての意識形成が極めて希薄であり、反応の鈍さや人格形成に遅れが見られる。
現在もその原因は不明であり、有効的な治療法も存在しない。
症状には個人差があり、成長と共に改善する例も報告されている。
一方で、親族や周囲から”不気味な存在”として扱われることも多く、教会や孤児院へ預けられる子供も少なくない。
それはシアも例外ではなく幼い頃から教会で育った。
そこでルシアンと出会うのだが、その話は別の機会に。




