ハズレ王女の婿探し
「慣例に倣い、旅は自力でお願いします、ミュゼリア王女殿下」
王都の大門を通過した途端、私について来た兵士たちはニヤつきながら私を放り出した。
"慣例"とは、ルオン国の王家に伝わる婿探しの伝統行事を指す。
……事は、少し前の女王の宣言に起因する──。
◇◇◇
「もっとも優れた"婿"を連れて来た王女を、次の女王とする」
ルオン国の頂点たる女王の言葉に、国中が沸いた。
「王女ミュゼリア、王女サティアナ、王女パウリネ。旅に出て、最良の婿を探してくることを命ずる。期待しているぞ」
三人の王女たちが盛大な歓声に見送られ、"婿探しの旅"へと出立し、王都はその話題で持ちきりになった。
市場で男たちが騒げば、洗濯場では女たちが談笑する。
「ついにこの時期が来たか。王女様たちもお年頃になられたんだな。確か第一王女ミュゼリア様が今年十九歳で……、サティアナ様が十八、パウリネ様は十六だったか?」
「"王女様の婿探し"。俺たちにもチャンスがあるかも!」
「ばっか。平凡な庶民なんて誰が選ぶかよ。選ばれるなら立派な騎士様だろう?」
豪快な笑い声に、はしゃぐ声。
「婿様たちの揃い踏みが見れるのね!」
「良い男たちが並ぶなんて、目の保養だわ」
完全に娯楽状態だ。
通りの喧騒に耳を傾けつつ、人々の合間を縫って冒険者ギルドの扉を開けると、ギルドの中も同じ話題がひしめき合う。
(無理もないか。"婿探し"、始まったばかりだもんね)
しばらくは賑やかだろうけど、やがて落ち着き、次に騒がしくなるのはきっと一年後。
"王女様の婿探し"の期限が来て、王都で婿たちが発表される時だろう。
女神様が守護する国ルオンは、代々、女の子ばかりが王家に生まれてきた。
だから王女は、国の繁栄にとって有益な伴侶を選ぶ使命がある。
年頃になった王女たちが各地を回り、これはという男性を連れてくる"王女様の婿探し"。
建国当時から受け継がれてきた行事で、初代女王が女神様に導かれ、旅で出会った男性と結婚して、ルオン国が大発展したことに由来しているが──。
何代も経た今では、すっかり形骸化している。
(国民には知らされてないけど、王女たちの婿は既に決まってるのよね)
大切な王位継承者が単身で、旅の間に怪我でもしたら大変。
さらにどこの馬の骨ともわからないならず者を連れてきても大変。
そんなわけで王女たちは旅に出る……ふりをして、王都から離れた別荘にそれぞれ身を隠す。
そこで一年間過ごした後、いかにも「見つけてきました」の体で、用意されてる婿を連れ帰るという、"やらせ"なのだ。
婿が用意されているということは、次期女王も決定済みで、第二王女サティアナとその婿が勝利することになっている。
(第二王女サティアナが、旅先で宰相の息子と偶然出会って意気投合。彼女の危機を何度も救った貴公子と恋仲になり、王都に招いて婿として承認される流れ。ふたりが次の女王と王配となる)
完全な出来レースだけど、何も知らない民衆は盛大なロマンスに喜びそう。
そして第三王女パウリネの相手は、諸国を跨ぐ大商人。
商人だけど爵位なんて余裕で買えちゃう大金持ちだから、身分の問題は無し。強いバックがつけば王家の財政も安泰ってわけで、贅沢好きなパウリネにとっても格好の相手だ。
こちらも旅先で偶然出会って、という設定。
(婿が決まってないのは、放置された第一王女ミュゼリアだけ、か。ふふっ)
自嘲気味な笑いがこぼれる。
先の兵たちの態度でも、"ミュゼリア"の軽視具合が知れようというもの。
やるせない思いで掲示板を眺め、手ごろな依頼を見つけたので、冒険者ギルドのカウンターで申請する。
依頼表に"ミュゼ"と書き込むと、受付嬢に手渡した。
(第一王女の"ミュゼリア・ルオン"は、ここにはいない。私は、"冒険者のミュゼ")
──三人の王女には、格差があった。
才媛の次女サティアナ、美貌の三女パウリネ。
けれども一番目に生まれた王女は何もなく。
頭も平均、容姿も普通。その上ミュゼリアは、"王家の色"を持っていなかった。
王女たちは金色の髪と赤い瞳を両方、あるいはそのどちらかを必ず備えて生まれてくる。
女神様の愛し子であった、初代女王の色。
にも拘らず、王女ミュゼリアは庶民によくある茶色の髪と、栗色の瞳で生まれてきた。
母である女王は「本当にわたくしの娘なのか?」と驚き、赤ん坊の取り違えがないか徹底的に調査したほど、第一王女の素性を疑った。自分が生んだにも関わらず、だ。
それだけに次の子どもが金髪赤瞳だった時には、大いに喜んだという。
第二王女はいたく可愛がられた。続く第三王女も双色を持っており、結果、第一王女である私だけが、家族の中から弾かれた。
父は母の言いなりで、その思考も母に感化されている。私の味方は誰もいなかった。
両親や姉妹たちから邪険にされると、当然、家臣や使用人たちからの扱いも、酷くなる。
身の回りの嫌がらせは日常茶飯事。大きな行事でも、私だけ違う時間を告げられ、場違いな衣装を用意される。そうすると「出来ない子」として、民衆からも嘲笑された。
王都では「優秀な王女様がたに比べ、第一王女様は不出来で不要」と揶揄されるくらい、冷遇された記憶しかない。
おかげで"王女様の婿探し"では、婿をあてがわれることもなく、用意された隠れ家は、辺境の地レーカに建つ小さな館だ。
(誰も私に期待なんてしてない。ううん。むしろ旅から帰ってこなければ良いとさえ思われてそう)
なぜなら。王女たちは王都を出るまで護衛に付き添われ、大門の外では木陰に隠された馬車に乗り込み。そうして目的地まで快適に送られる手筈になっているのだが。
私のための馬車は、なかった。
「慣例に倣い、旅は自力でお願いします、ミュゼリア王女殿下」
案内の兵たちはニヤニヤ顔で笑うと、私を放り出してさっさと引き上げて行った。
(──あの時の横柄な態度ったら!)
思い出しても腹が立つ。いくら慣れてるからと言って、何も感じないわけではないのだ。
哀しいし、悔しいし、納得いかない。
訴えたところで何も変わらないのは、私が最高権力者である女王から見放されているせい。彼女にとっての長女は、消し去りたい汚点なのだ。
幼い頃は自分で自分の色を呪った。けれどそれがくだらないことだと気づくと、意識は外へと向かった。
城の外へ。国の外へ。"私"が認められる世界へ。
だって私は何も悪くない。違う色で生まれてきたのは、私のせいじゃないんだから。
(いいわよ。こっちから、捨ててあげるわ!)
割り切った私は、十九年、"婿探し"の時が来るのを待った。
家族のしがらみから抜け出す、絶好の機会だったから。
(旅の途中で死んだことにしたら、きっと喜ばれるでしょうね)
とはいえ、私の滞在する館が用意されている以上、管理人がいる。
王女が辿り着かなければ、管理人は責任を問われるかも知れない。
もしも管理人が、私と縁のある人間だったら。
たとえば幼い頃、引き離されてしまった乳母のアンナが赴任していたら?
周りが皆そっぽを向く王宮で、年かさのアンナだけは、私を孫のように可愛がってくれた。
でも、私に尽くしたことで、王都から追われる事態になってしまった。
いつかまた会えたら、主人として守り切れなかったことを詫びたい。そしてあの頃のお礼が言いたい。
(一応、様子は見に行こう。もしかしたら館は、ちゃんと整えられているかもしれないし……)
館を見て、管理人と会って、それから家族と訣別するか決めるんだ。
これを最後の賭けにしよう。
心を決めたところで、カウンターから声がかかった。
「お待たせしました、ミュゼさん。契約が整いましたので、こちらの依頼、よろしくお願いします」
受付嬢が、笑顔で資料を渡してくれる。
"第一王女には何もない。王家の色も、才覚も"。
そう思っている人間は、私が隠して来たことに気づいてない。
女だてらに端無いと非難されるから、誰に見せたことも、語ったことないけれど。
私は剣技を磨き、魔獣が跋扈するルオンの地下迷宮を単独踏破した、上級冒険者だ。
大げさに通過した大門から、気づかれず王都のギルドに戻るなど朝飯前なくらい。
Aクラス冒険者カードを握りしめ、クッと顎を上げる。
(まずは路銀を稼がないとね。あのバカ兵士は、何も渡してくれなかったから)
"婿探し"の支度金は、きっといろんなヤツらの懐に入りながら目減りして、最後に残った分は兵の酒盛り代になるのだろう。
(マズ飯に当たって腹でも下せ!)
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
大きく息を吐き出すと、ギルドの扉に手をかける。
「よし! それじゃあ依頼をこなしつつ、私に宛がわれた辺境の館──レーカに向かうとしましょうか!」
通りに出た私は、颯爽と歩き出した。
◇
(ちょちょちょちょちょ──? どう見てもヤバくない?!)
依頼をこなしつつ旅を始めてはや十数日。
私は小さな丘から、とんでもないものを目にしていた。
(危険度高い魔獣が、どうしてこんな人里近い森の中にいるの!?)
丘の下には深い森にしか生息してないはずの、コカトリスがいた。
雄鶏そっくりの体に、竜のような翼。自在に動く蛇の尾を持つ魔獣はかなり大きく、大人を丸飲み出来きてしまいそう。
(──でも本当に怖いのは、毒の息)
ヤツの吐く霧の息を浴びれば、死に至る。
そのコカトリスは、見知らぬ冒険者パーティーと対峙している。
五人編成だが、討伐に来たわけではなさそうだ。
予期せぬ遭遇に戸惑っているようで、統制が取れてない、どころか、てんでバラバラに慌てふためいている。
奥の魔術師に至っては完全に固まっており、動かない。
突然、前衛にいた体格の良い戦士たちが踵を返し、逃走を始めた。
(えっ?)
他の面々も我先にと走り出すと、杖を握りしめる魔術師がひとり取り残される。
(えええっ。どうして一緒に逃げなかったの?)
私は残った魔術師に心の中で問いかけた。
背中を向けて逃げるのは悪手だけど、生存を考えれば、まだそちらのほうが望みがあったのに。
コカトリスが雄たけびとともに威嚇の羽ばたきを繰り返すと、魔術師の紺色のローブが風にあおられた。
捲れたフードから、素顔がこぼれる。
あっ──!
(まだ若い子だわ!)
仲間に捨てられた魔術師は、十六歳くらいの少年に見えた。
(そっか、初心者……! もしかしたら冒険者になったばかりだったかもしれない。それで足がすくんでるのね)
魔術師は後衛職。
呪文を唱えるにも、前衛がいないと即攻撃を食らってしまう。
(助けなきゃ!)
私は丘を駆け下りた。
剣を抜きながら、コカトリスに突進していく。
「はあああああああッ!」
多重に魔力を付与した剣は、軽く、強く、そして私の筋力を何倍にも増幅させる。
まばたきひと間に、狙った首を連撃すると。
ゴトン、と魔獣の頭が落ちた。
そのクチバシから、黒い霧が噴きこぼれる。
(毒霧……!)
すぐさまマントで口を覆う。
同時に、かの魔術師が叫んだ。
「避けて!」
するどい声に従い、反射的に横に跳ねると、直後、コカトリスの全身は鋭利な氷柱に包まれた。
霧を吐く頭部も、まだ立っていた首から下も。
一瞬にして氷漬けにされた魔獣は、あっけなく機能停止に陥っていて、私は半ば呆然とする。
魔力耐性の高い魔獣を、封じてしまうほどの練度と精度。
(氷結呪文!? んんんん? もしかして、助太刀不要だった?)
逃げ遅れたかに見えた少年は、ソロで困らないほどの実力者だったらしい。
「えっと……。こんにちは?」
あっけにとられた私は、少年に向け、間の抜けた挨拶をしたのだった。
◇
「あり得ない! Fクラスですって?!」
ファルと名乗った少年から、冒険者等級を聞き、思い切りのけぞる。
Fクラス。それすなわち、一番下位の初級クラス。
コカトリスを氷漬けにする魔術師なら、間違いなく上位クラスであるはずが、思いがけない位階の低さに心底驚く。
「冒険者ギルドに登録したばかりで、これが初仕事だったんです」
目の前の焚火を棒でつつきながら、私はファルから話を聞く。
彼を見捨てた仲間は、ギルドで出会ったばかりの人たちだという。
近頃、獣が人里に下りてくることが多くなり、畑や村人に被害が出始めた。
"森の奥に大きな獣や魔獣が出たのかも"とギルドに依頼が入り、それを請け負ったパーティーは突然の欠員に、偶然居合わせたファルを誘ったらしい。
中級どまりのパーティーメンバーたちはコカトリスの出現に狼狽して、ファルを見捨てたというわけだ。
「それであの秩序なき撤退……」
「あはは、ミュゼさんのおかげで助かりました」
屈託なく笑う彼は、隣国・竜帝国ラグムの出身だと言った。
竜神を始祖とする国で、豊富な魔力と多彩な魔術で聞こえた魔術大国。
ルオンが崇める女神様と、ラグムの竜神は仲が良く、古の流れで両国は盟友関係にある。
(もっとも、実力者を登用してきた現在のラグムは強大で、世襲続きで停滞したうちの国とは国力が段違いだけどね)
先だってもラグムは国の首長である竜帝が代替わりし、若いトップに勢い盛んだと聞く。我が国は穀物や魔道具の面でラグムに大きく頼っている。
次期女王のサティアナは対等な外交が出来るのだろうか。
どこかの別荘で寛いでいるだろう妹がフト浮かぶ。
とりあえずコカトリスのことを近くのギルドに報告したら、"闘技場から逃げ出した魔獣"の依頼が入ってて。
件のコカトリスが該当。
私とファルは討伐報酬を受け取ることが出来た。
その後彼は、自分を捨てて逃げたパーティーを脱退して、私についてくると表明。おかげで一緒に火を囲んでいる。
(「恩返しがしたいから」って、実際、いろんな雑用こなしてくれてるけど。どう考えても私のしたこと、余計だったよね?)
だってファル、ひとりで勝てたじゃん。
そんな彼と目が合うと、人懐っこい笑顔で焼き魚を差し出して来た。
鼻腔をくすぐる良い匂い。
お礼を言い、はふっ、と出来立てあつあつの魚にかぶりつく。
「わぁぁ、すごく美味しい!」
「良かった。ミュゼさんに喜んで貰えて、嬉しいです」
「それにしてもすごいわね、魔術で魚を眠らせるなんて。こんなに労せずして魚が手に入ったの、初めてよ」
「ふふふ。火加減にも細心の注意を払っています。褒めてください」
「この焚火、魔術で火力を調節してるの? 天才では?」
ふたりで焼き魚を頬張りながら、さらに会話を交わす。
「ところで、どうしてファルはラグムからルオンに来たの?」
私が問うと、少し照れたようにファルが答えた。
「ルオン国で"王女様の婿探し"が始まったと聞いて、僕にもチャンスがあるかとこの国に来たんです」
「ブフッ」
(あやうく魚を吹き出すところだったわ)
「そ、それで冒険者登録を?」
冒険者の身分証は、国が発行する旅券と違って安全は保障されない。
けれど、各国を行き来するのにとても便利だ。身元も深く問われない。私も大いに助かってる。
「でも王女様方がどこにいらっしゃるかわからなくて」
「そ、そうね?」
「あてどなく探すにしろ、長期戦でしょう? 魔術師学校で学んだ腕試しを兼ね、冒険者として稼ぎながら、ルオンに滞在しようと思ったんです」
「なるほど」
ファルは、ラグムの宿屋の息子だと言った。
魔力量の推薦枠で魔術師学校に入った後は、偉い人の後見まで得たとか。
(つまり才能の塊か)
キラキラと瞳を輝かせながら、目的を語る彼に対し、冷や汗が流れるのは罪悪感のせい──なのかな?
(あああ。国を越えてまで"王女様の婿探し"の被害者が。裏事情を知っているだけに胸が痛い。婿たちがもう決まってることを教えてあげるわけにはいかないし。純粋な若者を巻き込む慣習なんて、廃止になれば良いのに)
さり気なく辞退を促すべき?
迷っていると、ふんす、とファルが気合いを入れた。
「まずは会えるよう頑張ります。全てはそれからかと」
ダメだ、せっかくのやる気に水は差せない。
「じゃ、じゃあ頑張って探さなきゃね? ──ところでなんだけど、最初に言ったように私はこの国の端、レーカを目指してるの。私と来るなら、レーカに行くことになってしまうわ。助けたお礼はもう十分してもらったし、"王女様の婿探し"に出るなら、王都へ向かった方が良いんじゃないかしら」
身バレが怖くて遠回しに伝えると。
あっけらかんとファルが言った。
「レーカで問題ありません。だって王女様たちも国の各地に散ってるわけだから、王都にいないじゃないですか。僕の勘では、国の端あたりが狙い目だと思うんです」
(おおお。ドヤ顔、可愛い。レーカまで行かなくても、いま現在会ってる相手が第一王女だったりするけどね。微塵も気づかれないというのは……。まあ、ファルは他国の出身だけど)
けれどおそらく、王都の民さえ王女ミュゼリアの顔を知らないだろう。
公の行事は殆ど欠席させられたから。おかげで冒険者として障りなく活動出来るのだから、複雑な心境。
(妹たちの引き立て役として、茶会や夜会には何度か引っ張り出されたから、貴族であれば私の顔を覚えてる……とは思うけど、それも怪しいところね)
覚えても何の旨味もない、価値なき王女だもの。
んん、と眉根を寄せる私をどう受け取ったのか。ファルが縋ってくる子犬みたいに、不安そうに言う。
「一緒に行くと、ご迷惑ですか? 僕は魔術師だから、ミュゼさんのように信頼できる剣士の方がいると、非常に助かるんです。もちろん僕だってちゃんとお役に立つよう、努力しますし」
(くっ。無防備が過ぎる! ファルは自分の顔の良さを知らないの?)
宿屋と聞いたが、貴族の出だと言われても納得してしまうくらい綺麗で上品な顔立ち。
なのに、まんまとクズ冒険者たちの仲間になった人の良さ。素直さ溢れる瞳がまぶしい。
(この子の目って珍しい金色なのね。放っておくと、すぐにも売り飛ばされてしまいそう)
「そんな簡単に相手を信頼しちゃダメよ。悪い大人に騙されてしまうわ」
「大丈夫です。僕、用心深い方ですし」
(用心深さとは!)
「それにこんなお願いするのは、尊敬してるミュゼさんにだけです」
「~~~っっ」
(顔が良い! だけど私、ここまで慕われるようなことしたかしら?)
首を傾げて尋ねると、ファルは言葉を続けた。
「あの時、ミュゼさんはコカトリスに見つかってなかった。僕を見捨てることも出来たのに、迷わず助けてくださったでしょう?」
「それは……。魔術師だから困るかなあって私が勝手に暴走しただけだから……。でも必要なかったよね? 余計な事をしてしまったみたい」
決まり悪く苦笑する私に対し、ファルはふるふると首を横に振る。
「いいえ。危険な状況なのに助けに来てくださって、感動しました。逆に僕があなたを囮にして、逃げてしまうケースも考えられたはずなのに」
「それは──」
(私が残されても、コカトリスに遅れは取らないと判断したから)
心の中で答える私に、形の良い眉を下げてファルが言う。
「そんなお人柄に惚れてしまったんです」
「惚れ……!」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
(冷静になれ、私。彼が惚れたと言ったのは私の人柄。世間一般の言い回しよ)
でもこれまでの人生で、純粋に人から慕われることなんてあっただろうか。いやない。
(これが下の子がいる感覚? 妹たちがアレだったから体感したことなかったけど、懐く年下ってこんなに可愛いの? 絆されちゃいそう)
「ね。レーカまで良いですから。お願いします、ミュゼ先輩!!」
「せ、先輩……っ?」
(なんて甘美な響き!)
熱い瞳で真剣に見上げられ、私はあっさりと陥落した。
だってファルに垂れ下がった耳と尻尾まで視えるんだもの。キュウンって幻聴まで聞こえる気がする。
自分でもチョロすぎると感じたけど、悪い相手じゃなさそうだし、彼もきっと知らない国で不安で。
だから初めて親切にしてくれた相手と一緒にいたいんだろうな、と思うと。
「わかったわ。じゃあレーカまで、よろしくね。私も一人だと心細かったから、嬉しいわ」
これも縁よ。
ひとまずファルとの出会いを受け入れ、後のことは後で考えれば良いわ。
私は課題を未来の自分に託し、旅を重ねて数ヶ月。
ついには目的地レーカに辿り着いたのだった。
◇
「ここが、用意された館ですって……?」
目の前には荒れ果てた廃屋が、伸び放題の草に囲まれ建っている。
(いくら"婿探し"の期間中、王女が人目を忍ぶからって……、最低限の整備くらいはするよね……?)
呆然としてしまった。
然るべき予算だって下りたはずなのに、とても人を迎えるような状態ではない館の様子に、やっぱり見捨てられたという絶望が、暗く胸を覆う。
(でももし。管理人が老人とかで、そう、例えばアンナだったら高齢だもの。中で倒れて──誰にも気づかれてない状況だったとしたら?)
自分の想像に、ゾクリと震える。
そんな可能性はほぼない。アンナの出身地はレーカの真逆だもの。絶対違う。
……とは思うものの……ゼロでもない。
(こんな時にファルがいてくれたら、魔術で中の様子を探って貰うんだけど)
彼はいま、近くの街で手紙を出している。
ファルはこまめに故郷に連絡していて、王女という身分を彼に知られたくなかった私は、彼の連絡タイミングに合わせ、今回は別行動を提案した。
レーカの館を確認した後、街中で合流する予定だ。
二人旅は想像以上に楽しかった。
お祭りがあった街では広場で一緒に踊ったし、名物料理をシェアして笑った。
奇岩群が並ぶ道では、岩がどんな動物に見えるか言い合って爆笑し、突然の土砂降りという最悪の日さえ、ファルは魔法で水球を作って洗濯を披露。
緻密な魔力操作に見惚れてるうちに、風魔法で即乾燥までしてくれて感激した。
一緒にいると和む。
(それに……。しょっちゅうドキドキさせられるのよね)
彼から貰った指輪に、そっと手を添える。
祭りの屋台で売っていたおもちゃだけど、今まで王宮でつけたどんな宝石より、私には尊く感じた。
そぞろ歩きで出店の軽食を頬張りながら、ふと足を止めた露店にあった、竜煌石の指輪。
透明度が高く、光の分散度が強いため、金緑をベースに多彩な色に輝く様子は、さながら竜の瞳のよう。
竜をあがめる隣国ラグムでは、幸運の石として特に好まれている。
丁寧にカットされたものは宝石として高値で流通しているが、クラックや内包物を含んだ天然石は、こうして道でも売られる気軽さだ。
指輪が目に入ったのは、本当に偶然だった。
シンプルな台座に力強く光る石が、ファルの瞳によく似ていて。
思わず「綺麗」と呟くと、素早く彼が聞きつけた。
「えっ、ミュゼ先輩。竜煌石、お好きですか?」
嬉しそうに尋ねてくるから、つい。
もっと笑顔が見たくなって「大好きよ」と答えた途端、あっという間に指輪を買った彼が、「良かったら……」とはにかみながら差し出してくるんだもの。
"ありがとう"と頷くしかないじゃない。
実際、嬉しかったし。
「僕も大好きな石なんです。あ、後で宿屋で魔力付与しますよ。学生時代は護り石に術を込めるバイトもしてたんです。得意なので任せてください」
「魔術師学校で、バイト? 魔術師学校は課題が山盛りで、他のことを出来る余裕はないと聞いていたけれど……」
そう言うとファルは片目を瞑って、「大袈裟な噂ですよ。課題は大したことなかったです。だって僕がクリア出来るくらいですから」と笑ったけど。
それってファルが優秀なだけなんじゃ……。コカトリス無効化する術師なんて、そうそういない。
「それに術の腕を磨けるバイトは、奨励されてるんです」
言いながら、ファルが優しく私の手を取る。
流れるように指にはめられてドキリとしたのは、ファルの身長が旅の間にも伸びたせい。がっしりと逞しく見えて、弟感が薄れてしまった。
(ファルとはレーカまでの約束だったけど、なんとなく……もっと一緒にいたいな……)
仲良くなったと自負してる。
ファルの声が聞こえない朝は寂しいだろうし、一緒に食べない食事もつまらないだろう。
(でも彼がこの国に来た目的を思えば、いつまでも引き止めるわけにはいかないわ……)
ファルの"王女探し"は惨敗するだろうけど、適度な頃合いで別れなきゃ。
もし私が探す王女だと知ったら、きっと地味さにガッカリするだろう。ファルに幻滅されたくない。
あの秀麗な顔を曇らせたくないし、憤りの目で見られたくもない。
虫の良い話だけど、彼の記憶には"頼れるミュゼ先輩"として残りたいのだ。
(妹たちは堅固な隠れ家にいるはずだし、警護もいるから、きっとファルは会えないはず)
ファルと二人の妹が会わないことに、どこかホッとしている自分がいる。私は、たぶん性格が悪い。彼の"王女探し"を応援もしないで。
そんなことを考えながら玄関に近づくと、新しい足跡があった。
瞬時に私の意識は、レーカの屋敷に引き戻される。
(中に誰かいる? やはり人が倒れて……? でも、泥棒かも知れない)
急激に高まる緊張の中、念のため、腰の剣に手をかけながら静かにドアに手をかけ。
扉を押すと、キィィ、と木が軋む音がした。
館の中も、外同様に荒れている。
が、生活の痕跡を見て取り、やはり誰かが住んでいると確信した。
(気配は奥から……。この雑然とした感じ、管理人じゃないわね。さては無法者でも住み着いた? 誰もいない辺鄙な空き家だもの。あり得るわ)
剣を抜き放ち、そっと奥の部屋の扉を開けると、お酒のニオイが鼻につく。
足元を見ると、部屋のあちこちに空の瓶が転がっていた。
「誰だ。勝手に屋敷に入ってきたのは」
怠惰そうな、でも傲慢な男の声。
「そちらこそ、誰? 館の管理人とは思えないけれど」
「ハッ? 管理人? このボロ屋にそんな人間はいない」
「は? じゃあ──」
やはり不法侵入者!
剣の柄に力を込めた途端。続く男の名乗りに面食らった。
「下等な人種と間違えるな。俺はナット男爵家の嫡男だぞ」
「ナット男爵家ですって?」
(なぜ男爵家の人間がここにいるの? レーカは、ナット領でもないのに。偽物?)
「──っつ。その顔、まさか本当にグンナル・ナット!?」
男の顔を見て息を呑む。
夜会で壁際の私にまで声掛けて来た、ナット家の放蕩息子に違いない。女好きで有名な。
「あぁん? お前、俺に会ったことがあるのか?」
グンナルは淀んだ目でマジマジと私を見つめた後、下卑た笑みを口に乗せた。
「おや。これは、これは、ミュゼリア王女。下民同然の格好で、わかりませんでした。ようやくご到着とは、待ちくたびれましたよ」
ヨロヨロと立ち上がった彼は、芝居がかった仕草で、紳士の礼を見せる。
崩れた服装に、伸びたヒゲ。
彼の現状も、言葉の意味もわからない。
「待ち……? どういう意味?」
尋き返した私に、グンナルはとんでもない答えを返した。
「"王女様の婿探し"。俺があなたの"婿"として選ばれました」
◇
「なっ!」
(どういうこと?)
混乱が押し寄せてくる。
聞き間違いでなければ、相手は"王女様の婿探し"の"婿"だと言った。
(忘れられた第一王女には、当然婿も用意されていないものと。聞かされてなかっただけ? 私の婿? こんな男が──?)
生気のない目、締まりのない口元。服はくたびれ、乱れた髪も相俟って、清潔感の欠片もない。
グンナルはニヤニヤしながら言葉を続ける。
「少々やらかしてしまいましてね。貴族籍を剥奪されそうなのです。けれどあなたの婿になれば、罪はなかったことにしてくださるそうなので。とんだ貧乏くじだが、引き受けることにしました。そうでなければ、誰があなたのような冴えない王女の婿になるというのです? こんな小汚い狭い小屋で待ってまで」
私を完全に見下した口調で、グンナルが言う。
「……"婿"について、私は何も聞いてないわ。お前の戯言を信じるとでも?」
「へえ? お聞きでない? ではこの命令書をご確認ください。女王陛下の直筆です」
「!」
グンナルの示す書面に、私は目を瞠る。
「大人しく俺の妻になった方が得策ですよ。従わない場合は"殺せ"と言付かってますから」
「なっ?」
「疎まれたものですね、ミュゼリア王女。王位とは縁遠い地位に追いやるか、もしくは死だなんて。まあ旅のどさくさ紛れに、不幸な事故はあるものですから」
頭と心が警鐘を鳴らす。
(鵜呑みにするな、こんな男のいう事なんてデタラメよ。書面に"殺せ"とまでは書いてない。でも)
"婿に、という命令は、間違いなく母の筆跡──"
──……
『本当にお前は要らない子だわ。わたくしを不愉快にするために生まれてきたの? 妹たちを見習ったらどう?』
『お姉様、またお母様に叱られたの? 愚図ねぇ』
『きゃはっ。お姉さまの地味な髪と目の色、王家の宝石が似合わなさすぎ。隣に立たないで。あたしたちが恥ずかしいじゃない』
……──
「っ!」
聞こえないはずの声に耳を塞ぐ。何度も投げかけられた、心無い言葉たち。
グンナルが言う。
「俺の役目はこの場であなたを妻にし、王都に戻ってあなたと一緒に嘲笑われること。宰相の息子や大商人と比べて、見劣りする婿という位置づけは不満ですが、それでこの先の貴族生活が保証されるなら、多少の我慢は止む無しといったところでね。背に腹は、代えられませんから」
「ふざけたことを!」
近づくグンナルを、手に持つ剣で一閃!
威嚇のため空を払った、はずだった。
けれど私の意志とは裏腹に、手から剣が滑り落ち、乾いた音がカランと床に響く。
「えっ、なん、で」
身体が弛緩していく。
力が入らなくて壁に背を預け、どうにか姿勢を保つ私を見て、グンナルが愉快そうに言った。
「ああ。部屋に充満する香の効果でしょう。酒のニオイに紛れて気づきませんでしたか? 常時吸ってる俺には効きませんが、身体の力を抜く、便利な効果があるんですよ」
不届き者が見遣る視線の先に、床に置かれた香炉が、青い煙を揺蕩わせている。
「わりと胸はあるんですね、良かった。それに肌も滑らかだ」
品定めするように、指で顎を持ち上げられた。
(嘘でしょう? こんな男に触れられて、抵抗すら出来ないなんて)
屈辱で心が戦慄く。
「お前、の、好きには、させ、ない……! ──助けて! ファル!!」
私は力を振り絞り、指輪に魔力を流した。
「ははっ、見捨てられた王女に助けなどくるわけが……」
ドゴォォォン!
グンナルは、言い終えることが出来なかった。
よく知る魔力が弾けた途端、轟音より先に扉と部屋半分が吹き飛んだから。
「な、なんだ?!」
驚いて辺りを見回すグンナルとは逆に、私は安堵に目を細める。
(転移魔法……! すぐ来てくれた……!)
指輪に付与した自分の魔力を指標に跳べると、以前言っていた。「何かあっても、いつでも先輩のもとに駆けつけますから」と。あの時は笑って流したけど、今はこんなに心強い。
濛々と立ち昇る土煙から、低い声が告げる。
「──彼女から手を放せ」
状況を見て取ったのだろう。
ファルの全身が、怒気を孕んで凄みを増す。
日頃温厚なお日様色の瞳は、いまは竜さながらに剣呑な光りを宿し、グンナルを睨んでいた。
「な、なんだ貴様。どこから湧いた? 邪魔をするな──。グァアッ!」
グンナルの悲鳴は、ファルの魔術が直撃したせい。
外まで吹き飛び、昏倒したグンナルに目もくれず、ファルは私に駆け寄った。
「大丈夫ですか、ミュゼ先輩。この部屋、おかしな薬の臭いがしますね。すぐに換気します」
風魔法と浄化の同時展開で、重い空気が散っていく。
「あ、りがと、う」
私を支えてくれているファルに、縺れる舌でお礼を言った。
冒険者として研鑽を積んだ私に、生半可な毒や薬は効かないはずなのに。
ずいぶんと凶悪な香は、もしや新種の麻薬だろうか。
さっきは家族の幻覚まで見た──。
「っつ、く」
「ミュゼ先輩?」
なんだろう、すごく、悲しい。
制御出来ないほどの感情が、嗚咽となってむせび出る。
「嫌われてること、は、知ってた。でももしかしたら、って。微かに期待して、レーカにまでやって来て……。突き付けられた現実がこれ……! 私が何か、悪いことした? 消し去りたいほど、嫌わなくてもいいじゃない──!!」
堰を切ったように、迸る思いが止まらない。
「ミュゼ先輩、一体何があったんです? あいつに何か言われたんですか?!」
「私、そんなにダメ、かなぁ? ねぇ、ファル。私は生きてることも許されないほど、目障りな存在なの……?」
「先輩!?」
私はファルに何をぶつけているんだろう。
彼が困るとわかってるのに、彼の腕に縋りついたまま、次々と涙がこぼれていく。
(もしかして麻薬の影響? 抑えてた感情が引き出される)
そんな私を、戸惑いながらもファルが必死に宥めてくれる。
「泣かないでください、ミュゼ先輩。ミュゼ先輩がダメなわけないじゃないですか。先輩は誰よりも魅力的な人です」
「っ、でも、アンナもいないの……。レーカに来たら会えるかもって、思っていたのに……! 私のことなんて、誰も大事に思ってない」
違う、違う、アンナのせいじゃない。彼女は"婿探し"のことすら知らないかも知れないのに。
だけど止まらない。
お願い誰か。私のこと、必要だって。私だって生きてて良いんだって。
無意味な存在じゃないって。
誰か言って──。
「ミュゼ先輩のことは、僕が大事に思っています」
「ふぇ……?」
真剣で切実な声が、耳に染み込んだ。
「だからそんなに泣かないでください。たくさん泣くと目が腫れて、頭も痛くなってしまう」
ひっくひっくと泣きじゃくって止まらない私の背を、ファルはあたたかな手で何度も撫でる。
彼から力強い魔力が流れ込んでくる。体から毒を消すための、解毒魔法。
どこまでも柔らかな声でファルが言う。
「アンナさんとは、以前先輩が言っていた、よくしてくれた女性ですね。大丈夫、きっとどこかで会えますよ。僕も探します」
気休め。でも嬉しい。
ファルは私を懸命に慰めてくれる。
「ねぇ、ミュゼ先輩。先輩ほど努力家で優しく聡明な女性を、僕は他に知りません。誰が何と言おうと、あなたには生きてて欲しいし、失ったら間違いなく世界の大損失です」
誠心誠意、言葉を選んで。
それが伝わってくるから。
このまま甘えてしまいたくなる。
「ほんとに……、そう思う?」
「もちろんです。少なくとも僕は、ミュゼ先輩のことが誰よりも──」
私を力づけてくれていたファルの声が、急にピタリと止まった。
彼を見ると、その視線は床に落ちた紙に向けられている。
「なんだ……王命……? ルオン女王の命令書が何故ここに……」
「!! 待って、見ないで!」
私の制止より、ファルの視読の方が早かった。
「ミュゼリア王女……? っ、まさか」
揺れるファルの視線が、私を捕らえる。
「まさかミュゼ先輩が──、ルオンの王女様?」
◇
(! ファルに気づかれた!! どうしよう。彼は王女探しでこのルオン国に来たのよ? 探してた王女のひとりが、ずっと黙って自分と旅してたなんて、とんでもない裏切りだと思うに違いないわ)
グンナルに襲われた時とは別の恐怖が、私の身体を駆け抜ける。
ファルの詰めた息が、私に真実を促した。
「……黙ってて、ごめんなさい……。ファルは王女を探してたのに。知ってたのに、私、言えなくて」
「…………」
「言ったら、何もかも台無しになる気がしたの。ファルとの気の置けない旅も」
最低だ、私。自分のために、ファルに隠した。
楽しい時間を、味わいたくて。
鼻をすすりながら下を向く私に、ファルの指が静かに伸びた。
ビクッと肩をすくめると、彼の男らしい指が、私の涙をそっと拭う。
突然、強く抱きしめられた。
「!!」
驚いた。けど、全然嫌じゃない。それに。すごく優しく感じて。
──あったかい──。
「怒って、ないの……?」
恐る恐る尋ねると、返事より先にトクトクと逸る心音が聞こえてくる。
「もちろん怒ってなんか、いません。僕には怒る資格がない……」
なぜか酷く緊張した声で、ファルが答えた。
「大丈夫です、ミュゼ先輩。人間誰しも、事情はあります。──僕も先輩にお話ししてないことがあるんです」
私を抱きしめるファルの腕に力が入る。
「それを打ち明けたうえで、ひとつご提案があるのですが、聞いていただけますか?」
「提案?」
涙でぐしょぐしょに濡らしてしまったファルのローブから顔を離し、私が彼を見上げると。
ファルの金の目が、意味ありげに深まった。
「先輩を誰にも渡したくありません。だから──」
◇◇◇
──"婿探し"開幕宣言から一年後。
ルオンの王宮広間では、扇子で口元を隠した貴婦人たちが、クスクスと笑いあっていた。
「第一王女殿下の連れて来た旦那様は、冒険者ですって」
「まあ。貴族じゃないとは聞いてましたが」
「それに年下なんですって。残念王女のミュゼリア様、よほど焦って"婿"を見繕われたのね?」
旅から帰還した三人の王女たち。彼女たちが連れ帰った"婿"がお披露目されるとあって、王宮には貴族が集い、城門前では民たちがひしめている。
「ふぅ」
控え室で身だしなみの最終確認を終え、私は呼吸を整えた。
(私の連れ帰る婿が男爵家のグンナルじゃないって知ってたはずなのに、何の妨害もなかったのは、相手が"冒険者"だったからね)
グンナルはあの後、憲兵に引き渡した。
新種の麻薬を扱ってるらしいことを伝えると、厳しい調査が行われ、山ほど出て来た余罪に、男爵家ではあっさりとグンナルを勘当。
彼は平民として処罰されたらしい。もう顔を見ることはない。
「そろそろ出番のようです」
正装に身を包んだファルが、微笑みながら私に腕を出す。完璧な角度を保つ彼の腕に手を添えて、私たちは歩調を合わせて広間に向かった。
あの後、ファルは私に求婚してくれた。
彼はもともと王女狙いだったので、わからないではない。
けれど続く話は、私の予想を超えるものだった。
今からその内容を、母たちに明かす。
「第一王女ミュゼリア殿下と婿君のご入場──」
高らかな入場の知らせに、広間の視線が一斉に私たちを見る。
婿の名は、女王の前で改めて伝えることで周知される習わしだ。
第一王女であるはずの私が、なぜか入場順は妹たちより後で。脇に並んだ妹夫婦の前を通り、女王の前まで進み出た。不機嫌さ丸出しの女王が、私たちを見ることもなく言う。
「よくもこの席に顔を出せたものね。恥知らずだこと、ミュゼリア」
「お母様のご期待に沿えず、至らない娘で申し訳ありません。レーカではなぜか私の"婿"を名乗る暴漢に襲われましたが、ここにいる彼の助けで事無きを得ました。私の夫となった方をご紹介いたします」
私の声を受け、ファルが軽く会釈する。
「義母上にはお初にお目にかかります。僕は──」
「口を開くな! お前のような者に"義母"と呼ばれる筋合いはない! 身のほどをわきまえよ!」
落雷のような、怒声だった。
「ミュゼリア、お前にはつくづく失望させられたわ。冒険者風情を婿として迎えることは出来ぬ。だがお前の降嫁は認めよう」
女王の目が、憎々しげに私を睨む。
「平民に嫁いだ以上、お前はもう王女ではなく、平民だ。変に権利を残すと厄介。ここで親子の縁を切るとする。サティアナ、パウリネにも異存はないな?」
「もちろんです、お母様。女王陛下のお言葉に従います」
「残念です、お姉さまぁ。あ、もうお姉さまとは呼べませんね? ミュゼリアさん。くすくす」
母に迎合する妹たちの目に、私に対する敬意はない。
予測していた流れとはいえキツイ。
寄り添い立ってくれているファルから勇気を貰い、私は彼女たちの言葉を受け止めた。
「承知いたしました。ではルオン王家は今後一切無関係ということで、私は夫の国に参りたく存じます」
「どこへなりと行くがよいわ。そやつの国? 竜帝国ラグムの出身と言ったか」
もはや用は済んだとばかりに、女王が尊大に手を振って、私たちを追い払う仕草をする。
ファルがにこやかに応じた。
「ええ。潤沢な資源と壮大な穀倉地を持つ、豊かな国です。魔術大国としても名を馳せた、自慢の国。……親子のご縁を結べなかったのは残念です。いろいろとお力になれることもあったかも知れないのに。──では行きましょうか、ミュゼリア」
「はい。お願いします、ファルディーン」
ファルの本名を呼びながら、私は彼の手に引かれる。
「? ん、待て、ファルディーン?」
女王が何かに気付いたように呼び止めようとしたが、その時には私と彼を包む、巨大な魔法陣が広がっている。
魔法陣が放つ光に照らされて、私の茶色の髪と栗色の目が、鮮やかな金と火のような赤に映える。
伝承にある、女神様の愛し子のように。
遠距離の転移術を発動させながら、ファルが言った。
「ルオンの女神様より、神託を得たのです。今代の"愛し子"が、自国で冷遇され、哀しい思いをしている。竜の国に託すゆえ、救いに来て欲しいと」
「えっ、はっ? 何?」
玉座から腰を浮かし、女王が問い返す。
「女神様の要請です。竜帝自ら、"愛し子"であるミュゼリア殿下を迎えに来るのは当然のこと。非公式な訪問だったため冒険者の身分を借りましたが、名乗らせていただけなかったのは遺憾でした」
肩を抱き寄せられた私は、ファルに身を寄せる。
(愛してくれない家族に、もう未練はないわ。私にはファルという新しい家族が出来たもの)
「お前が竜帝ファルディーン? ファルディーン・ラグム? まさか! でもこの強大な魔力。それに、ミュゼリアが"愛し子"だと? 待て、詳しく話を──」
手を伸ばす女王を尻目に、ゴオッと渦巻く風音だけを残して。
私はファルとともに広間を後にした。
転移間際に見えた、驚く人々の顔が印象的だった──。
◇
小鳥が歌い、新緑がそよぐラグム皇城の東屋で、私は隣のファルに問い掛ける。
「平民になっちゃった私が、竜帝陛下と結ばれて大丈夫かしら」
「またそんな意地悪を言う。僕は元々、宿屋を継ぐつもりだったんです。夢のお告げで女神様にルオンの王女殿下を迎えに行くよう言われて、相応しい身分になるよう頑張ったのに」
拗ねた顔でファルが言う。ファルは先帝の落し胤という、隠された存在だったらしい。
けれども数年前から再三、女神様が夢に出て。さらにラグム帝国を築いた竜神まで夢に加わり、二柱の神による大合唱。たまらず指示された魔術師学校に入ったら、視察に来ていた父帝と出会って、あっという間に竜帝にまで上り詰めてしまったというから、人生ってわからない。
「女神様からは国の外れで運命の第一王女に会えると告げられていたのですが、コカトリスの時からミュゼリアに惹かれてて……」
「待って、それめちゃめちゃ最初!」
「はい。一目惚れでした」
誇らしげにファルが頷くけど、私は初耳よ? それであんなに強く同行したがったのね……! 旅の間もずっと特別扱いしてくれてた理由を、いま初めて知ったわ。
「僕の気持ちはあなたでいっぱいだったから、レーカでミュゼリアが"王女"だったと知った時、嬉しくて。突然求婚してしまって、すみませんでした」
ファルの気持ちが私で"いっぱいだった"という言葉に、ポッと記憶が蘇る。
レーカでファルから「愛してます」と告げられ、「後のことは引き受けます。僕と結婚してください」と請われたあの日。
彼は言った。
──僕は故国でそれなりの地位にあります。ミュゼ先輩を泣かせた相手を、見返してやりましょう──
そう提案してきたファルがラグムの新竜帝で。
彼の定期連絡先が、ラグムの皇城。手紙を送る、どころか頻繁に転移で自国に戻っていたと言うから、聞いた時には驚き過ぎて倒れそうになった。規格外にも程がある。
(いくらラグムの皇族が竜神の子孫だからって、転移距離があるし……。国境や王宮を超えるには、いくつもの結界を魔力で強硬突破しなくちゃ無理なはずなのに、すごく平然としてたわよね?)
ンンッ、まあいいか。
彼は、多彩な術と権力でアンナまで探し出して、彼女と会わせてくれたし。
(良かった。アンナが元気に暮らしてて。お礼も言えた……。私の成長を泣いて喜んでくれて、嬉しかった)
じんわりと感動が蘇る。
どうしようも出来なかった積年の気がかりを、ファルが解決してくれたのだ。なんて頼りになるんだろう。
(レーカで告白してくれた時のファルも、すっごくかっこ良かった……! 年下だって忘れるくらいに)
私は旅の間に、すっかり彼に魅了されてたことに、あの時ようやく気付けたのだ。
そのファルがいま、こんなにも近い距離にいて。
蕩けるような甘い笑みを浮かべ、私に囁く。
「神々のお引き合わせに感謝しています。僕はもう、ミュゼリア無しでは生きていけない。あなたに夢中なんです」
「私もよ。私もファルがいない人生なんて考えられないわ」
笑みがこぼれる。
ファルは私のことをミュゼリアと呼ぶようになった。
"いつまでもミュゼ先輩と呼ぶのはおかしい"と、彼の妻になった日に私から頼んだから。
「私ね、ミュゼリアっていう自分の名前、好きじゃなかったの。この名で呼ばれて、良い思い出なんてなかったから」
私の話に耳を傾けたファルが、痛ましそうに眉根を寄せる。
違うの。そんな表情させたいわけじゃないから、聞いてね。
「でもね、ファルが呼んでくれる響きがすごく優しくて……。まるで甘い飴玉を口の中で転がすように、大切そうに呼んでくれるんだもの。ミュゼリアの名が価値あるもののように思えたのはファルのおかげよ。ファルに名前を呼ばれるたび、喜びが広がったから。だから、今はミュゼリアという名前が好き。こんな気持ちになる日が来るなんて、想像もしてなかった」
私の言葉に、ファルが柔らかに目を細めた。
「これから何度だってお呼びします。僕の大切なミュゼリア。名前の記憶を、素敵な思い出に塗り替えていきましょう」
両想いが、すごく嬉しい。
彼からの愛で、全身が満たされていく。
指には特大の竜煌石が、蜜のように輝いている。
ラグムにおいて竜煌石の指輪を贈る行為は、永遠の愛と忠誠を捧げる意味を持つという。私はあの時、ファルからの愛を受け取っていたのね──。
「大好きよ、ファル。これからも一緒にいてね」
「こちらこそ、末永くお願いします。愛しい皇妃」
熱い口づけを交わし、私たちは誰よりも幸せになった。
ルオン国では、"ミュゼリア王女の伴侶が一番大物だった"と語り草になっていて、女王は面目を失い、元妹の二人は悔しがっているそうだ。
魔道具によって、城の外にもお披露目会の様子が投影されてたから、民に隠しようがなかったとか何とか。私が"愛し子"という会話も聞こえていて、王家に非難が殺到したみたい。
次期女王にはならなかったけど、"婿探し"は私の勝ちね!
【おまけ】
女神「ほら! 数百年前、あなたの末息子が素性を隠して、私の"愛し子"について行ったりしたせいで、ルオン国におかしな伝統が生まれちゃったじゃないのよ」
竜神「むむ、それについては返す言葉がない。竜は惚れた相手に一途だからゆえ……」
女神「だからって、ちゃっかり婿に収まって。しかも長年竜の魔力に晒されたせいで、うちの愛らしい子が金髪赤瞳に染まっちゃったのよ? 元は私のカラーである大地の色を纏ってくれてたのに。ようやく血筋に茶髪の子が生まれたと思ったら、王家の色じゃないって虐められるなんて、あんまりだわ!」
竜神「ゆえに我が子孫に迎えに行かせたではないか」
女神「今度は髪色変わらないでしょうね?」
竜神「何代も経て竜の血も薄まっている。ルオンの初代女王の時のようなことにはならないだろうよ」
~以上、ファルの夢で騒いだ二柱の会話でした~
お読みいただき有難うございました!
久々の投稿なのに、意表を突いたどんでん返しがなくてすみません! 「身分差逆転」の恋物語というテーマをこなすのに必死だったのです( ;∀;)
本作は一年前、柴野いずみ様の同人誌「身分差逆転ラブストーリーアンソロジー」用に書いたお話でした。
いまの"なろう"の流行からは外れてるかもなのですが、楽しんでいただけたら嬉しいです( *´艸`*)
短編には長めの文字数だったので、「連載」で出すか迷ったものの、ホントは乳母との会話シーンや、ファルと「このままあなたと逃げたいな」って話すシーンとかいろいろ用意してたから、「連載形式」はいつかその時のためにとっておきます(笑)
一年あったのに連載になってない時点で、その未来は来るのか?とは問わないでください(遠い目)
あ、竜煌石の色モデルは「マリガーネット」です。ガーネットの石言葉は真実の愛や忠実、実り。マリガーネットは勇気、情熱、勝利などらしく、お話に合うなぁと。リアルでは珍しい石みたいですが、ファルたちの国では珍しくないということで✧
ミュゼたちを応援してやろうと思ってくださった方は、ぜひ下の☆を★に塗っていただければ嬉しいです! どうぞよろしくお願い申し上げますヾ(*´∀`*)ノ





