Act.11 八方塞がり
この物語はフィクションです。
運転の際は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
遥照山タイムアタックの課題が出てから4日目。明日はいよいよ締切日となる。
代車の乗り方や攻め方は、ここ連日の走り込みで身体に染み付くまで上達していた。だが、肝心の課題タイムを叩き出す事が出来ず、2人のステアリングを握る手に自ずと力が入ってしまう。
おそらく突破出来なければ、メカニック目線である熟哉のサポートを受けられず終わるのだろう。そんな予想が脳内を巡り、焦らずにはいられない。
ここまで来たら、比べるわけでは無いが、2人のうちどちらが先に突破するのかと言う目に見えない戦いにもなって来ている。気を抜けないのだ。
空の方は、先日遥照山からの帰りで神石高原町への国道登り道で、後ろからランエボに煽られた時のバトルを境に、かなりの成長を遂げている。
現にこの場を走っていることを活用し、バトルで得た左足ブレーキの精度を高める練習を敢行。ショートホイールベースを上手くコーナーで活用出来るかが、あと1歩の所まで来ていた。それを自分の技と出来ればタイム到達は目の前だ。
一方未来の方はと言うと、最初こそFFの扱い方をいち早く吸収し、コーナーを攻めるには?と言う是非をよく分かって走っていたはずだった。
ただし、そこから先の進展が驚く程なかった。走り方が分かったとしても、FRの様にアクセルで曲がってもくれないし、激しくブレーキングすればフロントに荷重がかかるが、フロントヘビーから来るプッシングアンダーに苦しめられるしで、中々思うように行かない。
アクセラの特性上、2,3Lと言う大きいエンジンに、本来1.2速はブースト圧を落とすセッティングをECU書き換えによってキャンセルしている。そのため、コーナー立ち上がりのアクセルオープンタイミングを誤れば、激しいトルクステア&ターボラグに足元を掬われるのだ。
どちらもBRZにはない挙動なので、身体に染み付いたアクセラの走り方と言えど、奥底にあるBRZの癖が邪魔してしまい、精度がイマイチ上がらないのだ。
日付も変わり、本日分の走行ノルマは達成。これ以上は明日に響くので、いつもこの時間に解散してそれぞれ帰って行くのだ。
空もビートに乗り込んで未来に別れを告げると、颯爽と去っていった。明日の最終日に全ての集大成としアタックする意気込みが良く感じられた。
未来も手を振って見送ってエキゾーストサウンドが消えたことを確認すると、自分の頬を平手で叩き、意気込んでアクセラに乗り込んだ。
すると、帰るための巡行スピードではなく、プラクティスでアタックするためのスピードで駆け下りて行く。
明日に響くのは百も承知。だが、この状態を指を咥えてただ眺めているわけには絶対に行かなかった。
空に変な心配も、ナイーブな面がある事も分かっていたため、この姿を見られまいと必死だったが、彼女が先に帰った今こそ、1人で走り込みするには良いタイミングだ。
「このまま終われるわけありませんわ。熟哉さまの期待を裏切るなんて許されません!」
気合いを入れ、ダウンヒルのコーナーに挑んで行く。
FF特有のプッシングアンダーを殺すように左足ブレーキを活用して行くが、フロントヘビーな特性上、少しでも荷重移動させるとフロントタイヤが悲鳴を上げてフロントから膨らんでいく。
かと言って左足ブレーキ無しで行くとトラクション不足と硬い足のせいで内輪が空転している。FFなのでFRやMRの様に強大なLSDを搭載出来ないので、差動制限は最小限に抑えたチューンをされている。それが足を引っ張り、硬い足で内輪が浮いてしまい、フロントに荷重がかからない中でアクセルオンではまるで加速せず、立ち上がりでアンダーが出る。
言ってしまえば、とてつもなく走りづらいFF車となってしまっていた。コーナーは曲がれるには曲がれるが、精度を求めると粗がチラホラあってタイム上昇どころの話では無いのだ。
しかし時間というものは残酷で、最適解が見つからない未来を嘲笑うかの様に刻一刻と過ぎていき、真上に見えていた月もかなり傾いてしまっていた。
車の時計を見ると午前3時過ぎ。それが更に焦りを生んでしまい、ブレーキングポイントを奥にしすぎてしまい、咄嗟に車の姿勢を変えようとサイドブレーキを引き上げ、スピンでクラッシュを防いだ。
未来もスピンなんて久しくしていなかったが、自らスピンを選ぶほどに追い込まれている現実を受け入れると、それに抗うかの様に目から大粒の涙が溢れ出てきた。
「どうすれば……分かんないよ…熟哉さまぁ」
月が山奥と言う舞台裏へ下がり、太陽が晴天という舞台に上がってきた。辺りはすっかり明るくなり、出勤の車で街はごった返していた。
そんな中、頬に涙の跡を残しながら重い足取りで神石高原町まで向かっているアクセラも。
あれ以降再び走り出す気持ちの整理がつかず、若干冷静を失いつつも、このまま走っても良い結果は出せないと判断。気は進まないが帰路に着くことを選択した。
GSガレージへ向かい、家へ帰るわけでもなく、一睡もすることも無く、気が付けば熟哉の元へ。
店には空のビートの姿がなかった。
「熟哉さまごきげんよう! 空さんは?」
「ん? あぁお帰り。月野さんなら福山用品まで部品取りに行って貰ってるよ。…何かあったんだな?」
未来の顔を見るや、事情ありきを察した熟哉。流石というか、敵わないなと改めて思った未来。
空はタイミング良くパシリに使われていると言うことで、心置き無く弱音を吐けた。
それを聞いた熟哉もなるほどな…と首を縦に振りつつ聞いてくれた。なので未来もこの5日間門外不出だった気持ちをスルスルと熟哉に打ち明けることが出来たのだ。
「なるほどな。ようやく気付いて、言ってくれたな」
そう言うと、スっと手が伸びてきて頭を撫でてくれた。
その瞬間、未来の心を縛り付けていた鎖が綻び、熟哉の胸に飛び込んで大泣きしたのだった。
熟哉は引き剥がすこともせず、ただ見守って泣かせてあげた。
「…何やってんですか朝から」
用品に行ったはずの空が何故かその脇で見てやがった!
「部品取りに行ったはずだろ!」
「ビートに財布忘れたんで取りに来たんですよ!そしたらこんな…!」
やっと場が落ち着いて、空も部品を取りに行かせるのをやめて、後で熟哉が自分で行ってくる事を選んだ。
ショウルームの応接デスクに3人で腰を下ろし、コーヒーをすすりつつ、未来の相談に乗っていた。
「未来さん…そうなら早く言ってくれれば良かったのに…」
「言い出せるわけありませんわ。貴方、余計な心配するでしょう?」
うんうんと熟哉も頷いていた。空は納得出来てないようだが、それを放って話を進めた。
「まず未来のアクセラだが、遥照山でのその燻りは、俺の計算通りだ」
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。




