1.88 無償の愛を注ぎ損ねたその過去を打ち消すかのように
最近の悩みとして、自分が後六人ぐらい欲しいと思うことが多々あります。お仕事や人付き合いは自分がやるので、趣味する人、作業する人、あいに溢るる執筆する人、あいに溢るる執筆する人二、あいに溢るる執筆する人三、予備、が欲しいです。
14話「無償の愛を注ぎ損ねたその過去を打ち消すかのように」
九時十分。
「ここだよ」
遂にハヤタさんのお家に到着した。かつて魔王城へと歩を進めた時よりも短い時間と近い距離、そして寄り道も殆どしなかったはずなのに、何故かすごく疲れた。絶対演技のせいだ。
(初めまして。貴女がサク先輩、ですね。俺はフ……き、キシです)
(へっ……?……ひぇ!?……イケ美女の騎士様……!?)
途中、何受から離れた位置でサクさんと合流した際、サクさんがフルキさんを見て変な事を口走ってたけれども。
「でっ……」
「かっ……」
そしてハヤタさんのお家を見て、僕と思わず声が漏れ出た。ハヤタさんのお家はトータルビューティサロン、と言っていたので店舗兼住宅なのだろうとは予想していた。そして目の前に広がるハヤタさんのお家であろう建造物は大きさが少し規格外だった。
大きな長方形のような形をした四階建ての建物で、目視なので詳しくは分からないが、横幅は五十メートル、高さは二十メートルはありそうだ。大きさだけなら体育館と言われても……言われても尚納得がいかないほど大きいな。一階と二階部分の壁は入り口から見て左側が大きな窓が並んでる部分、左側が逆に窓が全く無い部分の二つに分けられている。窓の無い部分には小さな立方体がいくつも並んでおり、そっちには小さな窓が設置されている。そして二階と三階を境に壁の素材が変わっていることから、恐らく三階と四階が住宅なのだろう。
「トータルビューティサロン……と聞いてはいましたが……そういえば店名を聞きそびれてましたよね……」
「そういえばそうだったね」
「……」
圧倒され沈黙を続けていた僕達だったが、軈てトヨさんが呟くようにハヤタさんにそう聞いた。その言葉に、その場にいた全員が口を開けたままハヤタさんへと視線を向け続く言葉を促した。そしてハヤタさんは口も目も閉じ、直ぐに開いた。
「スターソラピー……」
一言だけ呟き、再び目も口も閉じる。逆にハヤタさん以外の全員は口も目も更に開かれた。
「マジで、スターソラピーなのかしら……!?」
「いやまぁ、何か見覚えある場所通ってるなとは思いましたが……俺も偶にお世話になってる場所ですねここ……!」
「流行りに疎い僕でも聞いた事ある……よー……」
「俺でも噂は聞くから、相当な大御所セラピーなんよなここ」
スターソラピー……数年前に突如現れ、土の国の東部を中心に瞬く間にブームの波を生み出し、今ではテレビのCMや街中の広告……どころか幾つもの番組で何度も特集されていたベンダーだ。癒しと美をテーマに様々な施術を行っており、最近ではサロン以外の試みにも挑戦したいと意気込んでいた。何で? 後は創設者であり店長でもある……ハジメさんだったかな? という人の施術が凄いというのは聞いたことがある。身体の造形を思い通りに変えられると言われている。
「見てあの団体! 絶対旅行者!」
「いえ、この世界には空間スキルがあるのであのキャリーバッグは武器かアクセサリーだと思われます」
「仮に旅行者だとしても何でサロンにまでキャリーバッグ持ってくるんだよ」
しかしルルの指摘もあながち間違いではない。事実、旅行者もかなり多い。何ならこのサロン目当てに外国から、特に美に深く拘っている人が多いという姐の国から訪問する人が多くいるらしい。この前テレビで見たのはこのサロンの為だけに土の国へと引っ越したという人もいるとか言ってたな……お金持ちと言うだけでは片づけられないほどの行動力だよ……
「うわぁ……ハヤタ先輩って転生したら勝ち組系の人間でしたか……」
「キシさんも何受ナンバーワンの人と親しくなかったっけー?」
「ミカ君も何受ナンバーツーに育てられてたじゃんさ」
「勝ち組しかいねぇ」
「ワンツーフィニッシュならぬワンツースタートか」
「は?」
建物、というものは基本的に道に沿うように造られる。しかしこの建物は違う。王城とや大きなショッピングモールと同じ様に、道の真ん中にドンッと置かれるように造られている。僕達はこの大きな建物の入り口ではなく、大きく回り込み、建物の真後ろに向かう。後ろから見て右の角のすぐ近くに、表の大きな出入り口とは違い一般的な住宅の玄関と同じ大きさの扉が設置されていた。当たり前だが、皆前にある大きな出入り口を利用しているため、こちら側は人影が少なく感じる。
「そういえばサミュ兄って」
「死没してる。今は一人で暮らしてる」
「……ごめん……」
「そんな思い詰めた顔せんでも。この世界ではそんなん日常茶飯事だって分かってるだろ」
ハヤタさんがこの中で唯一親の素性が分かっていないトヨさんについて聞いたが、食い気味に、そして淡々とトヨさんが答えた。まさか既に落命しているとは思わなかったのだろう、ハヤタさんはバツの悪そうに視線を逸らした。
日常って……この世界での当たり前だとしても、慣れる方がおかしい……いや違うか。気にしないで欲しいと、そういう願いからの言葉なのだろう。今のハヤタさんには特に敏感な話題なのだから……
すると突然トヨさんが周囲を見渡した。
「と、もう着いたから演技は大丈夫だろ」
「疲れた! あぁ疲れた!」
「態々私を前に持ち替えて吸わないですっごいこそばゆい」
恐らく周囲の安全を確認したのだろう、すぐに呪いにも似た制限を解除する宣言をした。その言葉と同時にどっと疲れが全身を駆け巡り、僕は膝から崩れ落ちながらルルのお腹に顔を押し付けた。
良い匂い。美味。眼福耳福鼻福肌福。このままルルに全てを委ねたい。
「まぁ俺が吸音結界魔法使ってたから別に演技する意味無かったんだけどな」
「え?」
「は?」
「何だこの人?」
ドガッ
「やぁやぁやぁ皆さんこんにちわっ!」
「んほぇ!」
等と玄関前でうだうだしていたら、インターホン等の合図を送っていないのに突如目の前の扉が開かれた。それと同時にどデカい挨拶が響いた。
「おっとぉ。聞いてはいたけど大所帯だー! というかなんか増えてないかなー?」
「……」
「それはそれとしてうひょー! キラキラ煌めく若者達がたくたくさんさんだぁ!」
「……」
「お茶菓子その他諸々提供するから入って入ってー」
全員が黙りこくった。恐らくナキハ君とカオルさん以外の皆が同じことを考えているのだろう
「ほっらほらほら。ボーっとしてないで行こうよー」
「……ぁ、今のはハヤタさんか……」
「俺の見間違いでしょうか。今ハヤタ先輩が、たった数秒間だけですが二人いた気がしませんでしたか?」
「奇遇だな。俺も今、三卵性の三つ子だったけかと考えていたところだ」
やはり同じことを考えていたのだろう。フルキさんとトヨさんが夫々声を上げた。
今勢い良く扉から出てきてすぐさま中へ戻っていったハジメさんと思われるこの人物……拾い子のはずだから血は繋がっていないんだよね?
似てるなんてものではなかった。見た目こそ確かに違ったが、ハジメさんの一連の行動……テンションとフレーズ、そして仕草に声の抑揚の付け方と、何処を取ってもハヤタさんそのものだった。物真似をしてると言われても信じてしまう程には。
「僕はペットは飼い主に似るのと同じ理論だと結論付けました」
「なるほど」
「天才なのです」
「拾い子のはずだから確かに一理あるな」
「皆して僕の事をカッコいい動物だと思ってたのかなー?」
「カッコいいを付けるあたりがハヤタだよな」
僕が予想した通り、一階と二階は全て施術スペースで三階と四階が住宅なのだそうだ。それ故にまず、扉に入ってすぐに小さな空間がある。そして左の壁には階段が、右の壁にはエレベーター……があったのだが……
「え……えぇぇぇ……」
僕達がハジメさんに案内されて乗り込んだエレベーターは、小さいままのミチルちゃんとナキハ君とカオルさんを除き合計六人が乗ってもまだスペースに大きな余裕があった。十五人……いや、二十人ぐらいなら余裕で乗り込めそうだ。全員が乗り込んだのをハジメさんはエレベーターの扉が閉まった後に階数ボタンは押さず、目を瞑り右手で空に何かを描いた。
「エレベーターインベーダー」
「どしたの急に」
その直後にエレベーターが上昇を始めた。今のがこのエレベーターを動かす鍵のような物だったのだろうか。数秒間の浮遊感の後にふんわりと停止をし、
ピンッ
と音が鳴った後、扉が開かれた。何故かエレベーター内の数字は四を示していた。
「どっぞどうぞー」
「お……おと、お邪魔します……」
「そんなかしこまらないでさ! ただいまで良いよ良いよ」
「流石にただいまはおかしいです」
僕達はハジメさんに促されエレベーターを降りる。すぐ目の前には階段がある。ここが玄関なのだろう。エレベーターを降りてすぐ右側の床には靴を脱いでくれと言わんばかりに一段、数cmだけ床が高くなっており、床の材質も変わっている。ハジメさんは靴を脱ぎその靴を虚空……ではなく大きな靴箱へと入れた。
「ぁ、え、その……すみ、ません……これ……」
「ん? あそっかそうだよね。これは空間スキルじゃないんだ!」
「ぇ、そうではなく……え、持ち運ばないのに靴箱を……?」
玄関の前には横に少し広い廊下が続き、数メートル先は部屋がある。扉が無いため中の様子が見え中の様子が少しだけ伺えた。
「そういえば仕事はー?」
「冬季休暇っ!」
「ふ……ふふふ、冬休みが、ああある、かい、あ、会社だったの……!?」
「ヘイルに囲まれて生きてた人が言うと重みが違うな」
「……じゃあ入り口にいた観光客っぽい人達は一体……!?」
コの字型に並んでいる大きなピンク色のソファが三つに、その後ろで変な形をした水色の座椅子、そして黄緑色のバランスボールが見える。多分、リビングに直接繋がっているのかな。
そう考えながら一歩、また一歩とその部屋に近づく。そして近づくたびに、僕はリビングだという可能性を徐々に消し去っていった。
「ここがリビングだよ」
「リビング……?」
「あの、え……ひ、ぇ……!?」
そしてその部屋に踏み込むころにはリビングという考えは完全に無くなった。横にも縦にも奥にも大きく広がる空間、この階層全ての空間を使用しているのではと感じられる。先程目にしたソファ達は玄関とは逆の方を向いており、その視線の先にある壁には大きく薄いテレビが設置されていた。が、驚くべき箇所は広々としたそのリビング空間だけではなかった。
「トレーニングルーム……もしかしてあれ……」
「何であそこだけゲームセンターみたいな施設あるんだ……!?」
「……室内プール……!?」
リビングにしてはちょっと多い……と言うか一般的な自宅と考えても不自然な設備がいくつも存在しているのだ。僕はこの自宅と呼ぶのを躊躇ってしまう程の広さを持つこの部屋を見渡し、慄き、そして無意識に口を開いていた。
「お! 気に入った? 気に入ったかな!」
「褒めれば良いのか怖がれば良いのか分かりません」
「良いねぇ嬉しい反応だねぇ」
嬉しがることなのかこれは……? 子供のように無邪気に質問したのを見るにハジメさんの趣味なのかな。趣味……だとしても……やり過ぎでは……?
テレビやダイニングがあるこの部屋を左上に位置すると考えると、中央上には椅子や長テーブル等、ダイニングやキッチンで見られる家具達が置かれている。
「ここだけ見ると普通の自宅だね」
「綺麗な自宅だよねまだ」
「というか僕達端っこからこの建物に入ってそのまま真上に来たはずなのに……」
「……何で真ん中から出てきたんだろう……?」
右上には室内プールが設置されている。一般的な施設よりは狭いかもしれないが、個人用と考えたら寧ろ広すぎるくらいだろうか。また更衣室等はなく、プールサイドのような色違いで硬そうな床と大きな正方形の穴がそこにあるだけだ。プールから出たらびちゃびちゃの状態のはずなのに大丈夫なのだろうか。
「何かこう……目障りなのです」
「もう少し良い言い方は無かったのかしら……いやまぁ、確かにむず痒い気持ちはあるのは同感だけど」
「ムカついたから飛び込んでやるのです」
「……プールに入りたいならそう言えば良いと思うわ」
ザバッバァ
「……はい……った!? 服を着たまま準備体操もせずビート版も浮き輪も持たずサンオイルも塗らないで水分補給せず小さい体のままで!?」
「室内だからサンオイルは無意味なのです」
中央右には大きな扉が二つ並んでいる。恐らく個室があるのだろうか。中を見ると壁にモニターがあり、壁に凭れるように長い椅子が設置され、その目の前にテーブル、そしてテーブルの上には二台のマイクが置かれていた。カラオケルームだったようだ。
「自宅でこんな本格的なカラオケルームがあるんですか!?」
「何興奮してんだこの人は。歌いたいんか?」
「うっ……たい……たいです……」
「正直でよろしい」
「ではハス兄さんは何を歌いますか!」
「……切り替えが早いのも大変よろしい……」
中央左は、左上の部屋と左下の部屋とを夫々一枚の大きな壁で隔たれており、そこには「空き空間! 何か置く予定!」という張り紙がその空間の真ん中で宙に浮いている。
「ふ……える、のか……まだこっから……!」
「らしいのですよー。今家族皆で話し合いちゅっなのです」
「何だろうな逆に。これ以上不要だけど必要な施設って……」
「遊園地とかどうですか!」
「俺の家より豪華になるじゃねぇか!」
「魔王城を家呼ばわりするの面白いのでやめて欲しいですー」
左下には……農園……か? ガラス張りの個室になっており、何故か柔らかそうな土が敷き詰められ、そこから何かの作物の芽が出ている。そして壁には恐らくスプリンクラーであろう銀色の個体が設置されている。
「何でここに作物があるんだよっ!」
「落ち着けハス兄さん。まだ常識の範疇だ」
「家庭菜園の域は十分に超えてるからな? 割と広範囲に床に土敷き詰めてんだからな? 壁にスプリンクラーっぽいのあるからな?」
「ただ育てるにしては閉鎖的で太陽も届きにくい位置だな。人工光でも使ってるんかな?」
パッ
「うおおおおおぉ! 光った! 光ったぞハス兄!」
「予想が当たっただけで喜びすぎだろこの人。ミチルちゃんよりも精神年齢高いはずだろあんた」
中央上にはバーベルやランニングマシン、少し厚めのマットレスが敷かれている。 トレーニングルームらしきエリアになっている。少し遠いがバランスボールはこのエリアにあったのだろう。
「わ、私とは、む、無縁な存在、だ、だなぁ……」
「奇遇ですね。私もです」
「ぉ……ぉぉぉおお! に、のの、仲間ですねっ!」
「あ、でも昔少しだけバランスボールに乗ったことはありますね」
「んふえぇぇ!? ん! 敵! 裏切者! ムキムキ!」
「どこから突っ込めば良いの……?」
一番最奥の左上にゲームセンターに置いてあるような機器が並んでいる。僕はゲーム機の類には詳しくないのでどのようなゲームがあるかは分からないが、椅子に座るゲームや謎のマットレスの上に立つゲーム、直接モニターの触れるゲームがあるようだ。
「家庭用のゲームと違って、何処となく豪華な雰囲気があるわね。お金払って遊ぶからかしら?」
「少しでも煌びやかにして損をしたという感覚を軽減させる……確かに可能性としては十分ありますね」
「良いなこの光。俺の家に沢山飾ってインテリア兼光源になってもらいたいな」
「お前らゲーセンを舐めすぎなのです! んでぁ今度時間ができた時にでも三人をゲーセンに連行してやるのです!」
「対戦ゲームを選んで初心者三人を一方的に甚振る姿が想像できるなぁ」
「……何で皆ナチュラルに自宅内にゲーセンがあるのを受け入れてるの……?」
そして中央には透明な、ガラスとは少し違うような壁で囲まれている下りのスケルトン階段と、その隣に僕達が乗ってきたエレベーターとそれに続く廊下がある。今ここは四階なので、ここから三階へと行き来するのだろう。
「ここだけで一つの施設になると思うです……」
「スターソラピーパーク、的な計画は密かに進めてはいるよ。シンプルに敷地が足りないから難航してるけどね」
「本当に施術以外の試みを考えてたんですか……!」
「というかその情報を僕達に流すのは良くないのでは?」
九等分されたこの大きな部屋の壁には窓が無い。そして代わりと言わんばかりに天井全てが窓になっており、カーテン一枚を隔てて日の光が直接届いてくる。
「なるほど。だからここは四階なのです?」
「そそ。上からなら丸見えでも影響少ないからね。あ! これ押せば天井にシャッター出てくるよ! 見る見る?」
「興味ないのです」
「むぅ。辛辣ぅ」
三階に何があるかは分からないけど、確かに壁に窓を設置したら施術に来た人に丸見えになるもんね。まぁ上も上でフェザーが来たら丸見えだし、空を通る交通手段が増えたらより大変になるとは思うけど……ミラーレースカーテンとかマジックミラーとか使ってるのかな?
「あ! 三階は普通の部屋がたくさんあるだけで面白いものはないからね。諦めてここで遊ぼ遊ぼ!」
「寧ろ三階の方が良いですね俺は。自宅とは思えぬ風貌のせいで精神が休まらないです」
確かに……この見渡す限り異次元でしかない空間にいるぐらいなら普通の部屋に案内された方が休まるかもしれないな……一部屋一部屋の特徴が大きすぎて休まらないよこんなの。というかそもそもの目的を忘れてるよね?
「んでんで。メールで言ってた人はどこなの?」
「買い物中。ママと一緒に行ってるから待っててね」
バササッ
「ひぇへっ!?」
「脱ぐな脱ぐな」
そう言いながら、ハヤタさんはトヨさんから飛び降り、真ん中のソファに着地する。着ていた着物とウィッグを脱ぎサクさんの腕の上に被せるように置いた。そして件のフリルレースリボン全部盛りの下着と全身の殆どを隠している包帯のみの状態になった。
「んみっ!? ぁ! じょじょじょじょじょじょ!?」
「上は……何も着てなかったんですね……」
「くっ! 俺の力が及ばぬばっかりに……! すまない!」
「及ばなくて僕は万々歳だよ本当に」
「その格好とその体勢でそのセリフは滑稽なのです」
「怪我人なのは分かりますが、友人達の前でリラックスできる神経が分かりません」
大きな動揺と大きな振動をしているサクさんをよそに、ハヤタさんはそのままソファの上で仰向けになり、ソファと垂直になる様に頭を下にして脚をソファの背もたれに置くようにして、ごろんと寝そべった。
いつもこんなだらしなく過ごしてるんだろうなぁとかいう情報よりも何よりも……着替えないの……? 何で友人達の前で下着一枚で過ごせるのこの人は?
「ほらほら皆も座って座って」
「んにしてもナキハ君がいたのは驚いたな」
「俺も。まさかハヤタ君を拾ったのがハジメ君とは思わんかったな」
「え……」
ハジメさんは、ボーっと立ったままになっていた僕達に対して余ったソファを指差しながら誘導した。それを聞き、トヨさんは未だ固まっているサクさんを膝の上に載せながらハヤタさんの隣に、ミチルちゃんとフルキさんは奥側のソファに座った。が、そのタイミングでハジメさんがフルキさんの胸……にいる、ナキハ君に声をかけた。
「パパって、ナキハ君とまさかの知り合いだったの……?」
「うん。昔少しだけ遊んだね」
「三十年前に少しだけだろ」
「三十年前……!」
三十年……ここ数日間、何回も聞いたその数字。その一単語だけで、僕は新たに一つの単語が頭に浮かんだ。僕はルルを手前側のソファにゆっくりと降ろした後その隣に腰掛け口にした。
ふっかこのソファ。数cmは沈んだよ?
「じゃあもしかして……ハジメさんは召喚者……?」
「召喚者召喚者。ハヤタ君や君たちと同じ」
「ハヤタきみって何です? 噛んだです?」
「確かにパソコンとかスマホとかだとちゃんと「くん」の漢字で変換されるけど!」
「そ……か……僕達と同じ召喚者だったんですね……!」
やっぱりそうか。じゃあハヤタさんが異様にこの人を紹介したがってたのはそれが要因だったのか。確かに同胞の先人であれば今の僕達の境遇も受け入れてくれるだろうし、この世界での生き方も教われるかもしれない。
初めて出会えた……ある意味で先輩と呼べる人物。驚きという感情とは少し違う高揚する何かに襲われた僕は、目の前の人物からどんな会話をすれば良いか分からず口を小さく開けたり閉じたりを繰り返してしまう。
「普通、森の中に赤ん坊なんて怪しいからね。僕みたいに事情を知ってる同郷とかじゃない限りは何の警戒もせず育てようとは思わないよ」
「……」
「……」
「……うっそぉ」
しかし続くハジメさんの言葉で、僕とフルキさんが黙った。どちらも拾い主が同卿ではなかったからだ。その同時かつ露骨な反応に、まるで僕達の心でも読んだのか呆れにも似た反応を返した。
「因みに何受ナンバーワンとナンバーツーなのです」
「ある意味普通ではないかぁ……」
「ヘイルって変人なほどトップに慣れる職業だったっけなぁ……?」
言い返したいけど言い返せない。実際にその素性の知れぬ赤ん坊を連れて帰っちゃったんだもん。普通じゃないもん。今思い返せば、実力と資産の両方に余裕があるからこその行動だったんだろうか。
「じゃあどうしよっかなぁ……帰ってくるまでその召喚された時のお話でもする?」
「あ、そ、そうですね。世界の心情を変えてしまうほどの過ちがどんなものだったのか……というのも、知る必要がありますので」
「まっじめだねぇこのcuticleboy。そこまでがちがちじゃなくても良いのに良いのに」
「……確かに僕の髪の毛はそこそこ特徴的ではありますけど……!」
そして始まる過去との謁見。それにサクさん以外の皆が身構え、少し前のめりになったという都合の良いタイミングで、
「と、その前に自己紹介が遅れ――
ガチャ
「ただいまー」
「あ、丁度帰ってきた。迎え行ってくるからちょっと待ってて」
玄関から大きな声……が……ぇ……れ……今……少し遠いけど確かに聞こえた、優しくて軽快な声って……
「ここから見える玄関に誰もいないって事は……一階の方の玄関の声と音がここまで届いたの……?」
「なるほど……音に敏感な創りをしてるからインターホン無しでも俺達に気が付けたのか」
「音に敏感って何……!?」
記憶の奥底で眠り続け、されど排除されることのなかった記憶。この数秒の間に湧き出てくるように、照らし合わせるように、僕の脳裏を埋め尽くしていったその記憶を抱きしめるように、僕は胸に手を当てた。
「どうしたの?」
「ぁ……や、その……」
「ん……?」
僕の僅かに変化した表情を唯一感じ取れたのだろう。ルルが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
何でここにいるのかは分からない。それでもこの耳に響いてきたたった四文字の言葉だけでも間違いないという確信がある。
「いやーどんなご友人を招待したのか気になるなー」
軈てすぐに声の主が四階に到達した。そして更に増えた声の情報に、確信と感涙の感情が溢れ出した。
「おかえりなさぁい」
「ぉ本当にいるー。心配したよホント。丸一日連絡取れないなんて初めてだったし、怖い怖いってなったよ」
この部屋に、二人分の匂いが新たに届いた。
ディトタッ
「マユカちゃん……?」
「ぇ……え……う、え……何でハヤ……ぇ!?」
その片方の人物が部屋へと突入した直後、ハヤタさんはソファから転げ落ちながらその人物の名を口にした。
「マユッ!? ま、マユァ! マユカちゃん!?」
「ほにゃ!」
カシャシャシャシャシャ
「衝撃受けてるです。激写してやるのです」
「言いながらやらなくてもいいでしょ」
「そ、そそ、んな連打、しなくてももも、長おお押おし、押しで連射づつっするのに」
ハヤタさんの普段は見れぬ狼狽した姿。それに乗じるように奇行を行うミチルちゃん。その勢いのある光景に逆に冷静になったからか、フルキさんは固まりながらも平静に対応している。が、そんな異常事態すらも見逃してしまう程、今の僕の視界は酷く狭まっている。
そしていよいよ、マユカさんを連れてきたであろうもう一人の人物がこの部屋に入ってきた。
「っ……!」
「レン……!?」
やっぱりそうだ……やっぱりそうだ。やっぱりそうだ!
答え合わせを完了させたと同時に、僕の頭の中で思い出が輪廻していく。あの優しさを、ぬくもりを、欲するかのようにソファから飛び出した。
ドグァッ
「おぐっ!? ぉ……ぇ……!?」
そしてマユカさんの後ろに立っている女性に、まるでタックルするかのように大胆なハグをした。
「ぇ……」
「え、レ、嘘……」
この感覚は……この匂いは……この抱き心地は……
何年ぶりだろうか。当たり前のように……いや、当時の自分は少し煩わしさも感じてしまっていたであろうのこの心地の良い感覚。何を口にしよう、どんな表情をしよう、そんな考えをぐるぐると駆け巡らせた。
「ご……めん……んさい……」
「ぇ」
「レン……」
が……本当に無意識だった。何を話そうかの答えを出していなかったのに、最初にこの言葉が……謝罪が、口から出てきたのだ。
違う。そうだ……そうだよだって……僕のせいで苦しめてしまったようなものなんだから……何をなんで、こんな浮かれた気持ちになって……
「え……抱き返し……?」
「えちょっと、流石にパパの前で堂々は……」
「……」
気が付けば目の前のその人は、無言のまま、僕の背中に腕を回していた。見えぬ箇所から突然現れた感触に、僕の肩はピクリと小さく跳ねる。
「レン……って、名前なのか……君は」
「っ……!」
その心地良さを数秒間堪能した後、まるでタイミングを見計らったかのようにハジメさんが僕に声をかけた。先程までのハヤタさんのような雰囲気とは全く違う、恐る恐ると、まるで僕から何かを探し出そうとするような感覚…… 臆病なリスに静かに触れようとするライオンのような繊細さで。
「あーっ、この数分間感じ続けてた違和に似てるけど全く違うこの正体、やっと分かった」
一歩一歩、ハジメさんが僕に近づいてくるのを感じた。そして僕たち以外の人は皆、何も分からぬままこれ以上邪魔をすることはできないと考えたのだろう、静かに見守っている……視界の端で、ハヤタさんがマユカさんの全身に蛇のように絡みついている。
「そっかなるほど……立派に成長したんだなぁ」
そこで漸く、僕は抱擁から離れた。期待にも満ちた感覚で体を半回転させハジメさんと向き合った。
「やっほ」
「ぁ……じゃあ、もしかして……」
「にっひひひ」
そして答え合わせをするように、僕はハジメさんの顔を見上げた。漸く二人きりの……一対一での対話を行えることを感じ取ったのだろう。ハジメさんは嬉しそうに、満面の笑みで右手を挙げていた。
否。この人はハジメさんではあるが、違う。そんな他人行事で収めてはいけない人物なのだ。
そう自覚したと同時に、謎の気恥ずかしさに襲われた。僕はこのハヤタさんに何故か似ている人物から逃げるかのように目を逸らす。
「君にとっては初めまして。僕にとっては十七年振り」
「ぅ……! ぁ……!」
が、まるで僕の行動を予想していたかのように僕の頭に優しく手を置き、撫でる。しゃがんで無理矢理僕の視界に入り込みながら微笑んだ。見た目のほんわかと緩い雰囲気とは違い、大きな手だった。
頭に広がった暖かな感覚を受け取ったと同時に、僕は無意識に涙を零した。
「君の……血の繋がったパパだよ」
第三章も真っすぐ進んで終幕し、いよいよ物語もクライマックスになりました。クライマックスの雰囲気は微塵もありませんでしたが……思い返せば第一章→第二章→第三章と重ねていく度、一章あたりの話数が減っていってますね……第四章はどうなることやら……
第四章は今のうちに宣言しておきます。良くも悪くも、大きな覚悟を持って頂けたらなと思います……というか恐らくあまり良い目で見られない展開になると思っています。なんせ今まで築き上げてきたものを壊すレベルのことを行うといっても過言ではないので……
兎にも角にもここまで読んでいただきありがとうございます。<(*_ _)>




