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僕が先に好きだったけど、脳破壊されて訳あり美少女たちと仲良くなったので幼馴染のことはもういいです  作者: みずがめ


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番外編 新しい彼女との進展と、それから

 心臓がドラムの連打のような激しい音を立てている。

 緊張して身体が強張る。もう自分の足で歩いているのか、紬に引っ張られているのかわからなくなっていた。

 辿り着いた部屋は、無駄に大きなベッドが鎮座した妖しげな空間。


「広い……ね。ははっ」


 特に意味もないのに笑ってしまう。笑ってでもいなければ間が持たない気がした。


「うん……あそこに冷蔵庫がある……。何か、飲む?」


 紬はコートを脱ぎながら、ぎこちない動作で冷蔵庫を指差した。

 その指は震えていて。緊張しているのはお互い様なのが伝わってくる。

 彼女の銀髪が照明を反射して、まるで物語のヒロインのような美しさを際立たせている。

 なのに場所とのギャップが激しすぎて、別の意味でのヒロインにも見えてしまっていた。


 ……僕と紬が訪れた場所は、いわゆるラブホテルと呼ばれる部屋だ。

 初デートの終わりに、休憩と理由をつけて来てしまった。……提案したのは紬なんだけど。


「紬……やっぱり、その……いきなりこんなところに来るのは……」


 部屋に備え付けられた冷蔵庫に向かおうとした紬に、震えた声を漏らす。

 この期に及んで、と思われるかもしれない。実際、当人の僕でも思う。

 ただ、こんな風に勢い任せというのは良くないと思うのだ。……本当にどの口がと思われるかもしれないけど。


「大丈夫、問題ない。この日のために動画で予習済み。だから……イメージトレーニングは完璧……だよ」


 振り返った紬は顔を赤くしながら、ぐっと親指を立てる。

 どこでそんな予習をしてきているんだっ!

 紬が予習しているのを想像して、僕自身が猛々しく荒れ狂いそうになる。……あくまでイメージです。

 やや前屈みになった僕を、紬がふわりと抱きしめる。


「……っ」


 彼女の柔らかさと温かさを感じて、興奮するよりも、心が落ち着く。

 好きな女の子の胸に抱かれているのに……なんだか不思議な感覚だった。


「比呂先輩、こっち」


 紬はベッドの端に腰かけると、僕の手を引いて隣に座らせた。

 熱が伝わってくるほど密着した太ももの感触が、ズボン越しでも生々しく感じられる。

 彼女の大きな胸が、ニット越しでも呼吸に合わせて上下しているのが間近で見えて、僕の視線は行き場を失う。


「比呂先輩……綾乃先輩とは、こんな風に?」


 いつものことだけど、紬の言葉数は少ない。

 だけどその言葉が、初めて僕と綾乃が夜をともにした日のことを聞いているのだと、顔に熱が集中するほどに確信できた。


「いや……こんな、ロマンチックじゃなかったかな……」


 綾乃とのデート。雰囲気はロマンチックにしたつもりだ。

 けれど綾乃の攻めに翻弄されたことを思えば、こんな風に落ち着いた空気ではなかったのは確かだった。


「じゃあ……自分から?」

「告白は……ね。でも、そこから先は綾乃のペースだったというか……気づいたらそうなっていたというか……」


 なんか責任感のない男みたいだ……。

 自分で言ってて落ち込みそうになる。

 そうやって俯きかけた僕の顔を、紬は両手で挟んで上を向かせる。

 紬の顔が近い……。女子の中では高身長の彼女は、とても小顔だ。そして綺麗すぎるほど整っている。

 そんな綺麗な顔が、恥じらいと期待で歪む。


「じゃ、じゃあ……あたしのペースでも、い、いいよね……?」


 紬の青い瞳が、潤みを帯びて僕を射抜く。

 あれだけドキドキしていた心臓が、この時だけは止まっていたように思えた。


「……」


 彼女の顔が近づいてくる。

 キスをされると思って、反射的に目をつぶる。

 しかし予想していた感触は来なくて。代わりに肩に重みと熱い吐息を感じた。


「さっき言った……先っちょだけ。約束、守るから……」


 耳元で囁かれて、腹の奥底から熱いものが込み上げてくる。


「……それ、物理的に無理だと思うんだけど」


 彼女の背中に手を回す。


「やってみないと……わからないよ?」


 彼女も僕の背中に手を回した。

 抱き合っているからこそわかる。

 紬の身体は小刻みに震えていた。

 強がっているんだ。彼女も僕と同じ……いいや、僕以上に緊張している。


「それとも、比呂先輩……意気地なし?」


 挑発的な言葉とは裏腹に、不安を押し殺すみたいにぎゅうっと僕を抱きしめる力が強くなった。

 したいと思う一方で、怖さも感じている。

 そう思うと、僕の緊張がふっと和らぎ、代わりに愛おしさが込み上げてきた。


「……わかった。紬のペースに合わせるよ」


 紬と同じくらいの力を意識して、抱きしめる強さを増す。


「……うん」


 すると、紬の力がふっと緩んだ。

 僕たちは抱き合ったまま、ゆっくりとベッドに倒れていく。

 互いのペースでいい。慌てる必要なんてないんだ。

 それが、僕たちの空気なんだから。


「んっ」


 見つめ合って、それが必然であるかのように口づけをした。

 良い雰囲気というものは、人に流れというものを演出してくれるものなのだろう。

 でも、そういうのも含めて、僕たちのペースというものが作られていくのかもしれなかった。



  ◇ ◇ ◇



「──で、どうでしたか? 紬さんとのデート……『先っちょ』の感想は」


 翌日の放課後。誰もいない図書室の静寂を切り裂いたのは、綾乃の楽しげでありながらも、冷徹な声だった。

 僕は手にしていた文庫本で顔を隠すけど、耳まで赤くなっているのは隠しようがない。


「な、なんでそれを……」


 この放課後の時間まで追求がなかったから油断していた。

 ていうか、二人きりになるのを狙っていたのか? 辺りを見渡してみたが、僕と綾乃以外の姿は見えない。

 本日は紬が用事で先に帰っていて、図書委員の当番である綾乃に付き合っていた。


「紬さんから報告を受けました。律儀な子ですね。『先っちょだけだから』って、最初はなんのことかわかりませんでしたよ」


 綾乃はニコニコだ。

 ま、まあ紬とのデートは綾乃の主導だったと言っても過言じゃない。

 そもそも二股を提案したのは彼女なのだ。きっとこうなることは予測していたはず……っ。


「でも、さすがに驚きました。まさか初めての二人きりのデートで、そこまで進んでしまうなんて……」

「うっ……」


 綾乃の顔が直視できない……。

 紬から誘ってきたこととはいえ、結局最後に選択したのは僕だ。

 綾乃だって、彼氏がいきなり他の女子とそういう関係になっただなんて、いい気はしないだろう。


「それで? 本当に『先っちょ』だけで済んだんですか。私の見立てでは、紬さんは肉食系女子なので、そんな生殺し状態で満足したとは到底思えませんけど」


「お前が言うな」とは、言ってはいけないんだろうなぁ。


「そ、それは……」


 綾乃から目を逸らす。さっきから彼女の顔をまともに見られていない気がする……。

 ……昨夜の光景を思い出す。

 最初は「先っちょだけだから」と言い張っていたはずの紬が、最後には泣きそうな顔で「やっぱり全部……お願い……っ」と、すがりついてきた、あの瞬間を……。


「ノ、ノーコメントで」

「あら、そんな可愛い顔をされると……私はわかってしまうって、比呂くんはよく知っているはずですよね?」


 綾乃の観察力の前では、僕のポーカーフェイスは無力だ。

 綾乃はクスクスと意地悪く笑い、僕の隣に椅子を引いて座った。

 彼女の黒髪から漂うシャンプーの香りが、昨夜の紬の甘い匂いとはまた違う刺激として、僕の鼻孔をくすぐる。


「比呂くんに自信を持ってくださいとは言いましたが、いきなり匂いを上書きされるとは思ってもみませんでした。私の教育方針は間違っていたでしょうか?」

「教育方針って……。これは綾乃が言い出したことだろ。そんなに心配なら首輪でもなんでもつけていればよかったのに」


 言い終わって、はっとする。

 思わず綾乃に目を向ければ、怪しげな目で僕を見つめていた。


「へぇ……首輪、付けてもいいのですか?」

「あ、いや……今のは口が滑ったというか……」


 失言というものは、本当に注意しなければならない。

 ふふっと笑い声がしたかと思えば、綾乃が僕の肩に頭を乗せた。


「なら代わりに責任を取ってもらいましょうか。今度は私で、経験を積んでもらいますよ……比呂くん♡」


 綾乃の細い指が、机の下で僕のものと絡まる。

 恋を知った松雪綾乃は、とんでもない小悪魔と化していた。

 僕の「普通」の日常は、もう二度と戻ってこないのだと確信した、冬の午後だった。



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