番外編 新しい彼女とのデート
綾乃は“普通”の感覚が理解できないことを悩んでいた。
そんな彼女は、一般的な普通に自分の感覚を寄せていくのかと思いきや……まったくの別方向に爆進し始めた。
「比呂くん、もっと経験を積んで自信を持てるようになってください」
と、恋人の公認を得た僕は、第二の恋人である城戸さんと二人きりのデートをすることになったのである。
……今でも信じられない。僕が二股をしているなんて。
しかも二人とも飛び切りの美少女だ。こんなただれた関係を結ばなくても、もっと高学歴で高収入で高身長の男子が相手をしてくれるはずなのに……どうしてこうなった?
「比呂先輩……待った?」
冬の駅前。悶々として頭を抱えていると、頭上から声が降ってきた。
顔を上げれば城戸さんが恥ずかしそうにこっちを見ていた。学校の時と違って、今日はしっかりメイクをしているみたい。
白のコートの下はニットと短めのスカートという組み合わせだった。黒のタイツが彼女の脚線美を美しく強調している。
城戸さんが頬を染めているのは寒いからだけではないのだろう。
「ううん、全然待っていないよ。おしゃれしてくれたんだね……すごく可愛いよ」
「う、うん……っ」
城戸さんが恥ずかしそうに目を伏せる。長いまつ毛がぷるぷる震えていて、リアクションまで可愛いなと思った。
「比呂先輩も……カッコいい……」
「あはは、ありがとうね」
綾乃の時も思ったけど、僕と城戸さんが隣り合っても釣り合わないな。もう少しくらいはたくましくなりたい。
心の中で苦笑いしていると、ぐいっと引っ張られる。
強制的に城戸さんと向かい合い、頬を彼女の両手で包まれる。彼女の手はひんやりとしていたけど、嫌じゃなかった。
「本当……だよ?」
「う、うん……ありがとう……」
澄んだ青い瞳で真っ直ぐ見つめられ、顔が熱くなるほど照れてしまう。
城戸さんのこういう素直なところが破壊力ありすぎる。嘘や冗談ではないと伝わってくるからこそ、心が悶えてしまうんだ。
「えっと、じゃあ行こうか城戸さん」
「……」
「城戸さん?」
デートに出発しようと歩き出すけど、城戸さんは立ち止まったまま動こうとはしなかった。
というか……むくれてる?
「ちゃんと……で」
「え、何?」
城戸さんはその長い手足で僕の肩を掴み、一気に距離を縮めてきた。
「あたしもちゃんと名前で呼んで。あたしも綾乃先輩と同じ……比呂先輩のか、彼女なんだからっ」
静かな声なのに、迫力がありすぎた。
僕に選択肢などない。この可愛いお願いに逆らえるはずがなかった。
「つ、紬……」
「うん……」
城戸さん……紬は、とても嬉しそうにはにかむ。表情に乏しい彼女を知っているからこそ、とてつもない衝撃を受けた。
「い、行こうかき……紬」
「うん」
まだ慣れない……この関係はあまりにも特殊で、普通じゃないから。
でも、僕たちはちゃんとした普通を知らずにここまできた。
だからこそ、こうやって繋がっていられるのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇
水族館にやってきた。
紬とのデートは落ち着いてゆっくりと……と、思っていたんだけど。
「けっこう人多いな……」
館内には人、人、人。想像以上の人混みに戸惑わずにはいられない。
勝手ながら、水族館はそれほど人が込み合うような場所ではないと思っていた。自分のリサーチ不足に反省ばかりが頭に浮かんでくる。
「比呂先輩……」
ちょんちょんと僕のコートを引っ張る紬。
反省するのは後だ。まずは紬を安全な場所へ避難させなければ! きっと綾乃もこういった僕のエスコート力を鍛えようと、今回の二人きりのデートを許可したんだろうし。
「人混みはつらいよね。どこか座れる場所で休もうか」
「ううん」
紬は首を横に振って、僕のコートの袖をちょこんと摘まんだ。
「手……繋いでくれたら、大丈夫だから……」
恥ずかしそうに、でも、勇気を振り絞った言葉。
「う、うん……じゃあ手を、繋ごうか……」
そんな紬の手を、僕だって繋ぎたい。
差し出された手を、ぎゅっと握り返す。
綾乃より大きい……だけど繋いでみると僕の手とピッタリだった。
自然と距離も近くなって、人混みにも押されて僕たちはくっつき合う。
「……」
「……」
胸が、ドキドキする。
──僕は、綾乃が好きだ。
それは紬のことが嫌いとかではなくて。同じような好きだけど、より好きな人を選んだつもりだった。
それが誠実な決断だと思ったし、今でもその考えは変わらない。
だけど、こうしてデートをしてみて……やっぱり紬への“好き”という気持ちは、確かなものだったのだと思い知らされる。
綾乃のことは好きだ。でも、紬のことも好きだ。
恨むよ綾乃……後戻りできなくなったら君のせいだからね。
「……」
水族館の青白いライトに照らされている紬を見上げる。色合いがそうさせるのか、彼女の銀髪が幻想的に輝いていた。
ただ水槽の中の魚を見て回っているだけ。特別な会話なんてなくて、手を繋いで身を寄せ合っているだけなのに……。
「……っ」
とてつもなく、好きという感情が溢れてくる。
◇ ◇ ◇
水族館を一周するのがあっという間だったように感じたけれど、終わってみるとけっこう時間が経っていた。
人混みを抜けても、僕と紬の手が離れることはなかった。
この温もりが離れるなんて想像できない。そう思えるくらいに、紬との時間に満足感を覚えていた。
「楽しかったね」
端的な一言が紬の口から零れる。
人によってはぶっきらぼうに取られるかもしれないけど、その言葉に込められた感情が僕にはしっかりと伝わってきた。
「うん、楽しかった」
僕は笑顔で頷く。感情を表すのが苦手な彼女の分まで、心の底から笑ってみせた。
「~~っ!」
紬の顔が真っ赤になる。色白だから変化がわかりやすいな。
「えっと……比呂先輩、これからゆっくりできるところにでも……行く?」
紬が僕の耳元で囁く。なぜか心地の良いぞわぞわとした感覚が身体を震わせた。
何この感覚? 綾乃に襲われた時みたいな感覚に似ているような?
「あーっと、ずっと歩きっぱなしだったもんね。カフェにでも行って休憩しようか?」
「カフェじゃなくて……そこに休憩できるところがあるよ」
さっきからなんで耳元で囁いてばかりなの? 声色もなんだか甘いし……。ふ、普通にしゃべってくれないかな……へ、変な気分になってしまうっ!
平静を保とうと、紬が指差した建物に目を向ける。
「え……」
その建物の看板に、確かに“休憩”という文字があった。
「あの、紬さん?」
「ん」
「僕の見間違いでなければ……あれはラブホだと思うんだけど」
「そうだね」
いや「そうだね」じゃなくて! 平静な顔してどこに誘ってんの!?
「~~っ」
……いや、全然平静じゃなかった。紬は顔から火が出るんじゃないかってくらい赤くなって、視線があっちこっちを向いていた。
めちゃくちゃ緊張してる……。それでも意志は固いのか、握る手の力は僕を逃がさないとばかりに強かった。
「比呂先輩……綾乃先輩とは行ったんでしょ?」
「いや、ラブホには行ってないけど……」
「でも、したんだよね?」
「……はい」
どうしよう……いつになく紬の圧が強い。
どうせ綾乃が全部話しているだろうし、嘘をつくことすらできない。なんで後輩にそういった事情まで問い詰められなきゃならないんだ?
「あたしも比呂先輩の恋人……だから、する権利がある」
決意の込められた表情だ。そういう顔はもうちょっと別の場面でするべきじゃないかな?
「で、でもこういうのって大事にいかなきゃというか……もっと適切なタイミングってものがあるんじゃないかな?」
「大丈夫。いっぱい調べてきたから安全。絶対に後悔させない」
「そ、そんなこと言われても、心の準備が……」
「大丈夫大丈夫。先っちょだけ。まずはお試しで先っちょだけだから」
「それ紬の台詞として間違ってるよね!?」
ぐいぐいと引っ張られるままラブホへ。こんな時、覆しようのない体格差が恨めしい!
肉食系女子は意外と多いのかもしれない。少なくとも僕の女性経験では100%だった。
お読みくださりありがとうございます!
『昔弟子だった勇者が魔王を討伐して私を口説きに来た』という異世界恋愛ものの短編を投稿しました。こちらも読んでくださると嬉しいです!
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