十二月十一日
別に最近という訳でもないのだが。
物語を考える機会が増えている。
短編に関しては適当に思いつく一方、長編として考えた場合に締めはどうするか。そう考えた場合に設定資料だと言いながら書き留めている物の中でまともにあるのは十三作中二つだけだ。それも一から百を決めた訳ではなく、漠然とした着地点を決めただけなので形にしてみないと分からない。
結局、何を書きたいのかが曖昧なのだ。
昨日は勢いだけで二千字を書いて消した。別につまらない訳ではないけど「オチは」と考えて、そこまでが遠過ぎて萎えたのだ。個人的にはヒュージスライムみたいな作品が好きなのだが、あの作風で作品を書くのは中々に難しい。何より読まれないし。
いや、挑戦する前から望み過ぎだろうか。
行動し続ける事により得られる物もある。ただ俺はどこまで行こうと理由が内側にしかないので行動し続けるというのが難しいのだ。書いていると飽きにも似たような感覚に襲われる。面白くないと感じる部分を読者として感じてしまうのだ。
それは俺が中途半端だからだ。
設定だけではない。物語・演出・登場人物に至るまで俺は真面目に物語を書いていないのだ。はじまりしか書けていないのだ。TRPGで物語としての現実性を求めたらシナリオとして理不尽に感じる部分が生まれたのを思い出す。シナリオは現実的でなくとも不条理であるよりはマシなのだ。
詰め込み過ぎないこと。
答えとなる要素を描くこと。
そして、時間制限を設けること。
それだけでいい。
だからこそ、難しい。
何故なら、すべてを描いてなお。
読者の予想を越えねばならないからだ。
そうか、なるほど。俺に足りないのこれだ。長編を描いても規定通りにしか進まない物語しか俺は考えずに来ていたのだ。だから、短編を考えるのは楽でも長編を描いていると途中で飽きていた。そうか、事実ではなく決断を描く為に書くべきなのか。
それは盲点だ。




