はじめまして……では無いけども。
青年こと渡は今更ながらにふと気が付いたことが有った。それは何かと言えば……。
「すまない……あなた達が自分の両親である事は何となく理解出来るのだが……どうしても名前が思い出せないんだ」
そう告げた渡を、両親は少し寂し気に見るも警察の人からも言われた「根気強く支えてやれ」と言う言葉を胸に、精いっぱいのやせ我慢をし渡と向き合った。
「渡が居なくなってしまった年齢や時を考えれば、それも仕方のない事なのかもしれないな」
「そうよね……少し残念だけど、今からは一緒に居られるから少しずつ覚えて行って貰えば良いわよ」
実に物分かりの良い両親である。
実際には渡がストレスで潰れない様にと言う考えの元で、その理由は警察に色々と渡の心は逃避してしまう程ひどい目に遭ったのでは? と言う半ば脅しの様な話からなのだが……まぁ、そもそも話自体は渡が言って居る事は全て本当なので、実に的外れと言う裏も有ったりするがソレは今は良いとしよう。
「自己紹介……と言うのも変な話だが、父の…………」
このように始まった、親子で自己紹介と言う不思議な光景。だが、それをしないと家族として再出発など不可能と言うもの。
お互いを知るために、この空白の約十年と言う時間を埋めるためにも、長い時間を掛けて会話をしていくしかない。そのための一歩が自己紹介と言うだけだ。
そんな訳で、渡の父である修一、母の奈々。彼等は渡と共に家のリビングで、お茶を飲みながら車の中で会話した内容の続きを面白可笑しく話していく。
面白可笑しく……まぁ、コレは仕方のない話。何せ真面目に話せば暗い話になってしまうのだ。折角戻って来た子との会話だ。態々気分を暗くして水を差す必要も無い。
しかし、やはり渡の話はとなると……内容がファンタジーだ。
余りにも理解不能で浮世絵離れしている。それこそ、ゲームの世界や漫画の世界の話をしていると言われていても可笑しくないほどに。
だが普通に考えればおかしな話では無いだろうか? 何がだと問われれば、そもそもの話。渡が行方不明になったのが十年前。
その頃の渡がゲームや漫画に精通していただろうか? いや無理だ。
では何処でその知識を得たのだろうか? 誘拐されている間にその様な知識を……と言うのは余りにもおかしな話。
体中に傷の跡が残るような生活だ。そんな娯楽要素を与えられる事は有るだろうか。
しかし、こう言った事に警察も両親も気が付く事が無かった。全ては酷い目に遭った渡が現実逃避の為に作りだした世界だ……と、そう判断してしまった。
少し考えれば可笑しいだろうと言う事に目を背けて。
ただ、その結果。渡の異常性は違う異常性として判断されたのだから、ある意味で言えば救いだったかもしれない。
異世界が有り、魔法と言うものが存在する。そのような情報が明らかになれば、人が、それも悪意の有るものが動けばどうなるだろうか。
とは言え、渡が何処でどう過ごしていたかの調査はこれからも続くだろう。
どれだけ調査しても、答えが出る事は無いのだが……それでも、墓穴を掘らないようにする事がこれからの渡に必要だったりするのだが、今はその事については横に置いておくべきだろう。
何はともあれ、再会した家族の会話は弾んだ。
両親である修一と奈々もまた、渡の話を〝嘘〟や〝妄想〟などと決めつけず、実際に遭った事……とは言い難いが、それでも渡の中であった事なのだと、そう考え楽しく……とは流石に言えないが、渡の話す内容を偏見無く聞き、時には質問すらした。
が、そのような時間は突如として終わる。
「ただいま、って、お客さんでも来てるの?」
挨拶と共に帰って来たのは……幼少時代に渡が消えた事により泣き叫んだと両親が告げた、渡の弟だ。
挨拶は基本です。古事記にも書かれて……(まて