第112話:ご対面
どもどもべべでございます!
さぁ、ついにご対面!
どうぞ、お楽しみあれー!
ゴポリ、と。
口元から、空気が漏れます。
腕を動かすと、水をかく感触。いえ、粘度的には普通の水ではない様子。
視界は無く、狭いのに、どこか落ち着く。全身が水に浸かってるのに、温かく恐怖を感じさせない空間。
トクン、トクンと、耳を打つ音。
あぁ。
あぁ。
ここは、そうですか。
命が、生まれる場所なんですね。
おそらくは、心和の記憶。それも、本人ですら覚えていないであろう、古い古い体験。
そして今の状況は、その記憶が状態的に一番近い。だからこそ、このイメージが私を包んでいるのでしょう。
「茶渋さん」
呼びかけると、またも口から泡が立ちます。
なんという抱擁感。いるだけで安心し、眠ってしまいそうな空間。
ですが、えぇ、残念です。ここには、そんなに長くいられません。
「茶渋さん、お話ししましょう」
気配は、確かにあります。そちらに向けて、一歩。
その瞬間、黒いモヤモヤが私の周囲に漂い始めました。
これは……そうですか。穢れ、不浄ですね。
私という侵入者を排除しにきたか、はたまた最初からその気配の大本を蔽っているのか。
「何にせよ、邪魔ですね~」
この気配、本来ならばかなりの恐怖を感じる存在かもしれません。
言ってしまえば彼等は白血球で、私は体内に入り込んだばい菌みたいなものですからね。
ですが、今の状態ならば対処は容易です。
私が少し手を振ると、不浄のモヤは捻じれ、霧散していきます。大本はまだ断てていないでしょうが、少なくとも今、私の邪魔はできない状態にまで薄れていきますね。
何故、茶渋さんの中において、私がこんな力を発揮できるのか?
簡単です。だって茶渋さん、私の魔力を取り込んでパワーアップしていますからね。
いわば、今彼女の全身には、私と言う存在が満ち満ちている状態! それはこのモヤモヤだって一緒です。
つまり、私が私の魔力を、自由に使えない訳がないのですよ~。彼等の中に巡ってる魔力に介入して、体内から暴走させればこの通りなのです。
あれですね、アナフィラキシーショックって奴ですね~。
「さて、と……」
モヤモヤの邪魔がなくなったのを確認したら、後は茶渋さんの気配がする方向へ歩を進めるだけですね。
この空間、泳ぐという認識ではないみたいです。私ったら、初めて地に足のついた感覚で歩いています。
現実だと、どうにもくすぐったくて歩くことができませんからね。これもまた貴重な経験。
そんな場違いな事を考えながら、歩いていくと……空間が、一瞬にして切り替わりました。
先ほどまでの、安心感に満ちた場所ではない。かといって、けして危険に満ちた空間でもない。
そこは、庭。丁寧に切り揃えられた生垣や、手入れされた花壇。そして優雅な噴水などが存在する空間。
これは、茶渋さんの記憶なのでしょうか。少なくとも、私はこんな世界を知りません。
「……貴女が、茶渋さんですか?」
その庭には、2羽ニワトリが……じゃなくて、一人の女性がいました。
テーブルと椅子が置かれている場所に、座っている彼女。まるで、西洋人形のように美しい彼女。
白銀の長い髪、白磁器のように美しいお肌。銀色の瞳に、許されざるバスト。
一枚の絵画のように美しい彼女は、白いドレスを身に纏ってそこにいます。
まるで、世界から彼女だけが、脱色されたよう。
「……そういう君は、心和ちゃんかい?」
「はい。こうしてお会いするのは初めてですね~」
「そうだね。……初めまして、ボクが茶渋……」
いや、と、茶渋さんは言い直します。
「ボクが、邪獣だよ」
「…………」
おかけしても? と聞くと、彼女はニコリと微笑んで許可してくれました。なので、遠慮なく彼女の前に現れた椅子に腰かけます。
「さてと~、何からお話ししましょうか」
「そうだね、積もる話はあったんだけど、今はそんな場合かな?」
「あ、やっぱりあんまり時間ないですか?」
「そうだね、今は僕の体が気絶してるから、こうして君と話ができるけど……」
ふむ、体が目覚めるとこの空間も維持できない、と。
彼女が言うには、本当ならばここにいる茶渋さんも、不浄が絡みついてとてもじゃないがまともな思考なんてできないでいたとの事です。
しかし、体が意識を失った事で不浄の拘束が緩み、先ほど一気に払われて理性が戻ったと言います。
あ~、さっき不浄を払いましたからね。ナイスです私。
「むぅ、ゆっくりお話しできないのは残念ですね~」
「そうだね、ボクも早いとこ自殺しないといけないし……」
「は?」
何言ってんでしょうこの人。
「いや、だって、せっかく拘束が緩んでるんだよ? だったら今の内に、ボクという存在を消してしまった方がいいじゃないか」
「するとどうなるんです?」
「不浄が、縛る存在がいなくなる。ボクという存在を暴走させて、邪獣が動いているんだから、ボクさえいなくなればこの肉体は暴れない」
……つまり、彼女が自ら消えてしまえば、もう邪獣問題は解決、と。
ふむ、茶渋さんが気絶した時点で、もう私達は勝利していた感じなんですね。もっとも、そんな事はさせませんが。
「早く消えようと思ってたんだけど、君の声が聞こえたからさ。せっかくなら、会っていきたいなって……」
「それは嬉しいですね~。じゃあ、せっかくだから一服しましょうか」
私は魔力を練り、イメージを膨らませます。
求めるのは、いつも通りのお茶。私が最初に作ったもの。
つまり、紅茶ですね。ゴンさんが最初にプレゼントしてくれた、あのティーセットも一緒に呼び出します。
ついでに、モヤモヤが戻ってきてたので、片手間でポイしておきました。
「ふ、不浄が一瞬で吹き散らされたんだけど!?」
「まぁまぁ、そんなことよりお茶にしましょう~」
「そんなこと!?」
お茶より大事なことなんてありますか?
その一言に、茶渋さんは必死な顔で首を横に振りました。よろしい。
ん~、しかしお茶の準備は出来ても、それを淹れてくれるノーデさんはいません。
仕方ないので、ここは助っ人を呼んでおく事にしましょうか。元々そのつもりでしたし。
「すみませんが、ちょっと繋げますね?」
「繋げる?」
「はい~。ここを、こうして~」
庭の空いている場所を見つけて、そこに一粒の種を植えます。
手で握るサイズの、大きな種。それを植えると、魔力が発生しました。
その種は、大きな大きな樹へと成長していきますが……やがて光に包まれ、一人の可愛らしい女の子へと変貌しました。
だいたい10歳くらいですかね。切れ長の瞳、泣きボクロ。低めの鼻に、黄色の肌。つまるところが日本人。黒いおかっぱ頭が可愛らしいです。
そして、そんな彼女がメイド服を着込んでいるのですから、もう完成度が高いです。大満足。
「ボ、ボクの中で、なにか別の存在が生み出されたんだけど……」
「まぁまぁ気にしない気にしない。早速ですけど、紅茶淹れてくれます~?」
「いきなり、ですね。わかりましたよ……」
私が出した要望に、彼女はため息をつきながらも応えてくれました。
うんうん、素直ないい子です。
「うぇへへへ……私、こうして茶渋さんとお茶を飲みたかったんですよ~。その前にあんな事になっちゃったんで、寂しかったのです」
「そ、そっか……じゃあ、この一杯を飲んでからボクは消えるとするよ。それまでは、君とお話しするのも悪くないね」
「そうそう、焦っても良い事ないですよ~。ゆっくり飲んでいっぱい喋って、気持ちをリセットしないとですからね」
さて、世にも不思議な空間で、お茶会が始まりました。
茶渋さんが自殺だなんて、絶対にさせません。不浄を根元から祓い、私の為に彼女を手に入れるのです。
んふふ、逃がしませんとも~。