第107話:邪獣対策真の切り札(ノーデ視点)
どもどもべべでございます!
今回はノーデさん回! 彼がここまで歩んだ道の集大成とも呼べる活躍です!
え? その割に扱いが雑? そんなー。
という訳ご投稿! どうぞ、お楽しみあれー!
肉眼で追えるギリギリのスピードで、木々が通り過ぎていきます。
あわやぶつかるという状態でも、私の心に乱れはありません。管理者様からいただいたこのフライングフラワーは、自動で障害物を避けてくれるそうなのです。それでいてこの速さ……どれ程の魔力を込めれば、数刻もたたずに大陸間縦断などという夢物語を実現できるフライングフラワーを生み出せるのか。想像もつきません。
それにしても、風を切る感覚というのはこんなにも気持ちの良いものだったのですね。
「もうドゥーアの土地に来てしまいましたか……間に合いそうでなによりです」
先ほどまではこのノーデ、邪獣の偵察に向かうために徒歩で移動しておりました。本来ならば馬を駆るのですが、なにぶん森の中では足で移動した方が速いのです。
ですが出発してすぐに、守護者様がものすごい勢いで木々をなぎ倒し、道を作ってくださいました。これ幸いとそのルートを使わせていただいていたところ、再度折り返してきた守護者様からお声がかかったのです。
その背には管理者様が乗っており、またキース様が蔦で括りつけられておりました。いつもの守護者様ならばありえないと言える、珍しい光景に目を見張る私に向けて、背の上の管理者様は偵察よりも大切な命令をくださったのです。
それこそが、邪獣こと茶渋様の足止め。
なんたる大役でしょうや。まさに騎士の本懐と、私は管理者様が与えてくれたフライングフラワーに乗り、北に向けて疾走を始め……今に至ります。サイシャリィの女王の能力を真似て作ってみたらしいのですが、機動力、速度共に流石の一言といえる一品です。
なぜ守護者様が自分にもこれを作らないのかと激昂してらっしゃいましたね。重量オーバーの一言で唸っておりましたが。
《《うぉおおおおお!!》》
《グルルゥゥアア!!》
視界に何かが収まる前に、血気盛んな雄叫びが聞こえてきます。
おそらくは、ドゥーアの防衛部隊。そして、その後に続いた咆哮は茶渋様でしょう。
フライングフラワーが失速を始めます。このまま現地に突っ込んだら、勢いで被害が甚大になるので嬉しい配慮。これが管理者様の運転だったらば、間違いなく交通事故を起こしていたという確信があります。
「これは……ヴァナもいたとは。それでもこの被害ですかっ!」
フライングフラワーの軌道を修正し、上空へ。全体を把握しようと木々の上へ出た私の視界に広がったのは、黒煙と人の群れ。そして巨大な獣でございました。
「撤退! 撤退だぁ!」
「さっさと逃げやがれ獣共! 死にてぇのか!」
「クッ、鬼なんぞに庇われるとは……怪我人を運べ!」
見たところ、ドゥーアとヴァナの混合部隊。動きのひとつひとつが洗練された兵達が、まるで一つの生き物のように獣へと攻撃を仕掛けています。
しかし、その背後は甚大な被害です。皆大なり小なり負傷しており、種族を問わず互いに肩を貸し合い、少しでもこの場から離れようと奮闘しているのが見て取れます。
おそらく、今戦っている方々は後から来た援軍なのでしょう。そして、先に戦い壊滅寸前になった混合部隊を逃がすためにその身を削っているのだと思われます。
「ガァァアアアアア!!」
「チッ……化け物が!」
「うわぁぁあ!? だ、駄目だぁ!」
「抜かせるな! 押しとどめろぉ!」
しかし、その血気も時間の問題でしょう。
少し見ていただけでも、獣……茶渋様の力は圧巻の一言でした。
彼らがいかな連携を見せ、死力を尽くしたとして、どれ程の時が稼げるか。はっきりと申し上げて、結果は火を見るよりも明らかでしょう。
むしろ、目立った死者が見当たらないというだけでも彼等を称えたくなってきます。
「管理者様……貴女は、これを見越していたのですね!」
ここに来る前に、管理者様に聞かされた此度の作戦。
そして、私に課せられた使命。その真意にようやく気付けた私の胸は、大きく高鳴ります。
ここで彼等を救う事。それこそが、茶渋様を御救いした後にきっと響いてくるのです。
であれば、私に迷いなどございましょうや。
「う、うわぁぁぁ……!」
一人のヴァナが、か細い悲鳴を上げています。
その目の前には、仁王立ちした茶渋様が。あまりの体格差に委縮した彼は、怪我した足を抑えつつ必死に逃げようとしています。
このままでは殺される。そう判断した私は、フライングフラワーから飛び降り、彼と茶渋様の間に降り立ちました。
「誰か! 彼の保護を!」
「な……」
「グァァァ!!」
瞬間、振り下ろされる茶渋様の前足。
即座に抜き放った剣でそれを受け、勢いを殺しながら受け流します。
失礼、少々強がりました。受け流すなど、とてもとても。
剣が折れぬよう必死に角度を調節し、腕の骨を犠牲に攻撃を反らす事に成功しただけでございます。
「ぐぅ……! 重たいっ」
「お、お前、フィルボか? なんで……」
「おいっ、いいから退却しろ!」
「あ、あぁ……」
私の背後にいた方は、到着した健常者に庇われながら撤退出来たご様子。良うございました。
腕は……ふむ、素晴らしい。
間違いなく折れたのですが、もう繋がり初めていますな。
「初めまして、茶渋様! 私はノーデと申す者! 森の管理者、心和様の忠実なる僕にございます!」
「グゥァァァア!」
「っ、お会いできて、光栄の極み!」
横薙ぎに振るわれた丸太が如き一撃を、ギリギリで回避。
少しでも掠ればそれだけで肉が持って行かれるであろう爪が、私の頬を通り過ぎていきました。
「今はまだ、私の言葉は通らぬやもしれません! しかし、今しばらくお待ちを! ほんの少し我慢していただければ、必ず管理者様が貴方様を御救いくださいます!」
追撃を剣で受け止め、先ほどと同様に反らします。繋がったと思った腕が、また折れました。
持つ腕を変え、剣先はけして茶渋様に向けぬよう配慮しつつ、出方を慎重に伺います。けして殺気を出さぬよう、敬意を持って。
「グルゥ……」
あぁ、やはり。
管理者様の仰ることは、いつも微妙に正解の端っこを突いてきますね。
三度のやり取りの末、私に戦う意思が無いと察したらしい茶渋様は、動きを止めてジッと私を見つめております。
つまり、本来の茶渋様は戦いなど望まぬ性格であるという事。今は、その狂気に呑まれて破壊衝動を抑えられないのでしょう。
「と、止まった……」
「好機だ! 今押し込めば!」
「馬鹿野郎! まずは負傷者の撤退を手伝え! これだから鬼は蛮族だって言われるんだっ」
ふむ、後ろも無駄な血を流そうとは思っていないご様子。ますます好都合です。
「茶渋様! 管理者様からの寵愛を賜りこの地に再度の現界を果たした事、まずはおめでとう存じます! そして今後はきっと、管理者様が貴女様の身柄を欲する事でございましょう! なれば我らは同じお方の元に集う同志足り得ますれば!」
「……グルル……」
「どうか、御心静かに! 管理者様も、貴女様と卓を囲み、お茶を嗜む事を切に願ってございます! このノーデめの淹れた粗茶を味わっていただければ、これほどの喜びはそうございません!」
あぁ、しかし。
私の言葉では、あまりに軽い。
徐々にではありますが、茶渋様の牙が剥き出しに。爪が立って行くのが確認できました。
どうやら、彼女もなけなしの理性を焼きつかせて止まってくれているようですが……これ以上は、持たないご様子。
「その衝動を抑えきれないのですね? 心中察するにはこのノーデ、あまりに未熟! なれば言葉の代わりに、この身をもって御身に尽くさせていただきたく存じます!」
私はここで、彼女に対して剣を向けました。
管理者様の友人に対して、あまりに無礼な態度。しかし、今はこの無礼をもって管理者様への忠義を示しましょう。
「どうぞ、ここからはこのノーデのみに衝動をぶつけてくださいませ! 死なぬだけが取り柄の身、存分に力を振るっていただければ幸いでございます!」
そう、私は管理者様の所有物。
この身は管理者様がこの地を離れるまで、死ぬことはございません。
なれば、彼女の破壊の力を甘んじて受け入れる事こそが、なによりの一手。管理者様も、きっとそれを見越して私をこの場に寄越したのでしょう。
その信頼に応えずして、何が従者でございましょうや!
「グアアアアアアアアアア!!」
「その波動、了承と捉えさせていただきます! いかんせん攻めの刃は持ち合わせておりませぬ故、女性を待たせる形になるのが申し訳なく思いますが……ピット国、悠然なる大樹の騎士団、団長ノーデ! これより茶渋様に挑ませていただきたく存じます!」
名乗りと同時に、茶渋様が突っ込んできました。
あまりに単純な、質量による攻撃。これから始まる、時を稼ぐ為の暴虐の時間。
しかし、私の心は歓喜に打ち震えておりました。
「あぁ……管理者様! このノーデ、ついに管理者様の御心が理解できました!」
誰かに尽くし、味わう被虐。
そこにどれほどの至福があるか。管理者様はそれを常に味わっていたのですね。
巨大な塊が、私の体を弾き飛ばします。
あまりの激痛に、意識が飛びそうになりました。否、この一撃で死んでもおかしくはありません。
「は――――ははは! はははははは!!」
「ガァァウ!!」
ですが、えぇ、死にません。死ねません。
全ては、管理者様のため! 敬愛すべき精霊様のため! 愛すべき我が王デノン様のため!
あぁ、愛が止まりません!
「さぁ! さぁ! 存分に! えぇ、存分にどうぞ!」
その後。
私は茶渋様に永劫と呼べる時間の戒めを賜り、投げ飛ばされました。
ですが、えぇ、受け止めていただいた感触。あの柔らかな白銀の体毛を見た事により、確信いたしました。
私の無駄なあがきは、功を奏したのだと。
あぁ、茶渋様。その攻撃ひとつひとつに、悲しみを乗せていたお方。
ご安心ください。
御身は、その美しきお心は、きっと救われる事でしょう。
正気を取り戻した暁には、是非。冗談ではなく。
このノーデめのお茶を味わっていただければ、至上の喜びに存じます。