第105話:ここから入れる保険があるんですか!?(第三者視点)
どもどもべべでございます!
ついに心和ちゃんが立ち上がります!
さぁ、ラストスパートだ!
邪獣が鬼獣連合軍と接触する、少し前。
サイシャリィの女王、ネグノッテは、自国に帰るために魔法を駆使していた。
草木を操り、巨大な葉に乗って森の中を滑るように進んでいくエルフというのは、非常に絵になる光景だ。緊急事態でさえなければ、この姿を一枚絵に残そうと思う者が多く現れる事だろう。
(邪獣がいつ何時、サイシャリィに襲来するかはわからない! 急がないと……!)
ピット国へは護衛を連れて馬車で向かったが、帰りにまで馬車を使うのでは時間がかかり過ぎる。
故に、ネグノッテは単身で帰還することを選んだのだ。美しい長髪が暴れ、頬を打つ度に痛みが走るが、意に介す事無く進んでいく。
「っ!?」
だが、その電光石火は減速を余儀なくされる事となった。
突如として彼女を追い越した白銀の影が、上空から飛来してきたからである。背後から断片的に、木々をなぎ倒す音が響いたかと思った瞬間の出来事であった。
「な……にを、しているのですか!」
ぶつかりそうになるギリギリで葉のボードを止め、目の前の下手人に対し声を荒げる。
今の彼女からしてみれば、それが邪魔をするというだけで激昂に値する存在に行く手を遮られたのだ。さもありなんと言った所だろう。
『ふん、我とて貴様の相手をするのは本意ではないわ。だが、ちんくしゃがどうしてもと言うからな』
国と国の境目を、まるでシャトルラン感覚で行き来するような化け物は、この大陸には片手の指程もいない。
その内の一匹、森の守護者べアルゴンは、流石に疲れを見せながらもネグノッテを封鎖していた。
ピットから世間樹のある森の中心へ走った後、ネグノッテを追うために更に走らされた彼の心中はいかばかりか。
『エルフ、今すぐにピットへ戻れ。貴様の力が、どうにも必要らしい』
「何を言っているのです? 邪獣がいつサイシャリィを襲うかもわからないというのに!」
『その邪獣を止める為に、ちんくしゃが貴様に協力を求めているのだ。……それに奴は北の鬼と獣に向かっておる。その間に奴を止める事が出来れば、エルフへの被害は皆無であろう』
「っ……」
パっと聞いた限りでは、世迷言だろう。
誰よりも邪獣の脅威を知っているネグノッテには、その言葉が信じるに値するものかがわかりかねた。
しかし、この熊は自分が邪獣を滅するとイキり散らしていた張本人。それが誰かの手を借りようと考えるとは、とてもではないが思えなかった。
ましてや、協力を申し出ているのが、あの規格外なドライアドならば話は大きく変わってくる。
「……ここちゃんの言葉ならば……少しは聞いてあげます。無視する方が怖いですし」
『賢明な判断だ。いざという時にあ奴の暴走を止めるというのが、我々が手を組んだ理由のひとつだからな』
かくして、エルフの代表は今一度、ピット国へ舞い戻る事となる。
国家間を短時間で何度も往復したべアルゴンは、この段階で疲労を訴えヤテン茶を要求。話し合いに設けられた建物にて休憩を始めていた。
そんな森の守護者を含め、この建物には先ほど解散した面子がまた逆戻りしている。精霊アースエレメンタル、デノン王。商人グラハム、ネグノッテ女王。ついでにキース。
全員が全員、邪獣対策に動こうとした所であのドライアドに集められたのであった。
「時間がありません。ちゃんと説明してください」
「そうだぜ管理者様。今は少しのミスで国が滅ぶ瀬戸際なんだ」
「それでも一同、貴女を信じてここに集まったのです。納得のいく議題をお願いします」
茶を飲む熊以外全員の視線が、会議室の中心にいる妖精に向けられる。
「あ、お時間でしたら多分、心配ないと思いますよ~。道中でノーデさんを見つけたので、ちゃんとお願いしておいたのです」
いつもと変わらぬ呑気な声色。浅い緑の肌。
体は空中を揺蕩い、葉を湛えた髪がふわりふわりとなびいている。
ドライアド、光中心和。たった一年という短い期間で、国家転覆未遂から邪獣復活まであらゆるトラブルを引き起こしてきた核弾頭。
だが、同時に数多の問題を解決してきた存在でもある。扱い一つで結果が大きく変わる、まさに世界にとっての劇薬がそこにいた。
「さて皆さん。なんかもう大変な事になっちゃいましたね。結界の中に邪獣さんがいたなんて、私もびっくりしています」
「いや、普通は気付ける……というか、気付けなくても怪しむもんじゃ」
「グラハムさんシャラップ! こんな時だからこそ、我々は互いに手を取り合い問題解決に挑むべき! そうですね!?」
「というか、ノーデにお願いってなに命令した? あんまり無茶な事させんなよ!?」
「あぁもう、時間がないんですよ? 良いから説明してくださいここちゃんっ」
ネグノッテ女王の一喝で、グラハムとデノンは口を噤む。
それにホッとした様子の心和は、一度ネグノッテに一礼して話を続けた。
「ゴンさん。やるやらないの問題ではない、正直なご意見をお聞きします。結論から言って、茶渋さんは倒せそうですか?」
「茶渋さん?」
「あ、邪獣さんの事です」
なんだそのネーミングセンス。と、キースが突っ込んだ。全員が同じ心境出会った事は想像に難くない。
『……我が命を賭せば、可能であろうな。だが、エルフを含む他種族がいかな抵抗を見せた所で、あれを倒すなど無謀も良いとこであろうよ』
この意見にネグノッテが激昂しかけるが、アースエレメンタルが頭を撫でて鎮静させる。
『今のあれは、ちんくしゃの魔力すら取り込んで力を増しておる。能力は全盛期かそれ以上。オベロンを呼んだとしても再封印できるか怪しいものよ』
「ふむふむ、つまり、茶渋さんはもう倒せないと見て良いわけですね。ゴンさんが死んじゃうなんて許しませんし」
『我はその覚悟もあるのだが』
「却下です」
むぅ、と熊が唸り、茶をすする。
それに反論するのは、デノン王。椅子から立ち上がり、真っすぐに心和を見つめる。
「じゃあ、どうするんだ? 勝てないし倒せないってんなら、俺らに国捨てて逃げろってことか?」
「いいえ、違います」
「結論から言ってくれ、管理者様。今ばかりはアンタのワガママが通る場面じゃないだぞ? 無茶な意見を通そうとする時、前置きが長くなるのがアンタの癖だ。俺らにどんな無理難題押し付けるつもりだ?」
流石はこの中でも、べアルゴンに次いで付き合いの長い男であると言える。
森の管理者の性格をよくわかっているからこそ、この次の言葉が荒唐無稽である事を覚悟しているようだ。
「んふふ。では、ささっと言っちゃいます」
心和は小さく微笑み、全員に視線を向ける。天使の様な笑顔に、悪魔のような強制力を含ませて。
「これより私こと光中心和は、茶渋さん……邪獣を正気に戻し、お友達になる事をここに宣言します! 茶渋さんの能力で【お茶至上主義生産体制】を築き、この大陸を平和で塗り潰すのです!」
アースエレメンタルが、腹を抱えて笑った。
デノン王の顎が落ちた。
グラハムの白髪が増えた。
ネグノッテの血管が切れた。
キースはどうやって逃げようか悩んだ。
そして、べアルゴンはただ、茶をすすったのであった。