第103話:豆電球
どもどもべべでございます!
さぁ、果たして邪獣はどれ程の被害をまき散らすのか!
そして、心和ちゃん達は蹂躙されてしまうのか!
乞うご期待!
私は、泣き続けました。
失ったもののあまりの大きさに、涙が止められなかったのです。
私の涙はゴンさんの毛皮に降り注ぎ、濡らしてしまっています。悪いとは思っていても、止まらない……むしろ、こんなに優しくしてくれるゴンさんなんてレア過ぎてもっとマーキングしたくなってしまっている私がいます。
胸板は堪能したので、今度はお腹周りをモフモフして……
『邪念を察知!』
「あんぎゃああああああ!?」
あぁっ! 少しでも邪な事を考えたが故にジェントルゴンさんがいなくなってしまいました!
優しい抱擁から情熱的なベアハッグに移行だなんて……ご褒美からご褒美! すっかり涙も跳んで行ってしまいますとも!
「はへぇぇぇ……」
『まったく、たまに優しくしてやればすぐこれだ。貴様はもう少し己を見直すべきだと思うぞ』
「ご、ご無礼いたしましたぁ……」
『……で、だ』
崩れ落ちた私の服をつまんで持ち上げつつ、ゴンさんは顔を近づけてきます。
鼻先に唇がくっついてしまいそうな距離……! ワクテカですっ。
『貴様、あの結界を解いたのだな?』
「んんん……!」
『タコかうつけ』
「あぁっ、あと少しだったのに! 離れないでください!」
『質問に答えんか!』
あ~、え~、結界。結界?
あぁそうだ、茶渋さんの結界ですね? えぇ、解きましたとも。
そしたらいきなり茶渋さんがドーンでばーん、世間樹がぱぅわーで日本茶があぼーんです。
悲しみしか生まないピタゴラ装置を生み出してしまった私の気分は、すっかり先立たれたお爺さんの遺影を眺めつつ縁側でお茶を飲むお婆ちゃん状態ですとも。
『やはりか……いや、それは良いのだ。しかし、貴様が中にいるあれに魔力を提供しておったのが予想外だったわ』
「中にいる……茶渋さんの事ですね?」
『その滑稽な呼称はまぁ、置いとくとして、あれは邪獣と呼ばれる存在だ。我は、あ奴にとどめを刺すために貴様と行動しておったのだ』
なんと、あの茶渋さんが邪獣さんだったのですか!?
たしかに、エルフの文献ではどこかに封印されていたと書いてありましが、まさかこの結界が邪獣さんの封印だったとは。
私は『やはり気づいておらなんだか……』と呆れるゴンさんから、今までの計画の経緯を聞きました。オベロン様のお力を借りて成り立った封印。邪獣の魔力を時間と共に枯渇させるアイデア。そして本当の意味で解放してあげる為の、死を与えるという選択。
そんな健気かつ息の長い作戦が、私が茶渋さんに魔力を与えたおかげでご破算になった事も聞かされました。
なんというブロークン。私ってば、テヘッじゃすまないミスをしてしまったようです!
「で、ですが、私がお話ししていた茶渋さんは、そんなにも邪悪な存在ではなかったのです……。むしろ、私の事を心配してくれるような、優しいお方だったのですよ」
『ふむ、結界の中で魔力が枯渇していたが故に、邪悪な気が薄れて本来のあ奴が出ておったのだろうな。
しかし、こうして復活を果たした今、今のあ奴は力の限りに破壊を振りまく暴風でしかない。……我が命を賭して、打ち倒さねばなるまいよ』
なんと。あの茶渋さんを……ゴンさんが命がけで!?
いけません。それはいけませんよ。
ちょっとお会いしただけでも、あの茶渋さんはとてもお強い感じに見えました。いくらゴンさんが最強無敵絶対不敗だとしても、どう転がるか……!
『で、あろうな。貴様から魔力をもらったあ奴の力は、おそらく100年前と同等かそれ以上……我がここまでの間に力を培ったといっても、容易に勝てる相手ではあるまい』
「あぁ……そんな! 私のせいで……!」
『驕るなよちんくしゃ。貴様程度が責任を感じるなど、片腹痛い。これは我とあ奴の問題よ』
のっそりと立ち上がり、邪獣の気配を探るゴンさん。
とてもお強い邪獣さんは、たとえどれだけ遠くにいようとも大体の位置を掴めることでしょう。
『ふむ……あ奴は北へ向かっているようだ。よほど世間樹の聖なる力が厄介だったと見える。少しでも離れようとしておるわ』
「北というと……鬼人さんや、獣人さんがいらっしゃる土地ですよね?」
『そうだな。どちらも血の気が多い者ども故、多少は邪獣とやり合って時間稼ぎもできよう。その間に追いつき、叩く』
うぅん、まったく面識の無い彼等を利用する形になってます……ますます申し訳がない。
あぁ、邪獣さん……他者に知を与え、文明へと押し上げた貴女が、文明の破壊者として暴れ回るなんて! なんて呪われた運命なのでしょう!
「……ん?」
今、なんかこう……脳内豆電球が明滅したような……。
あぁ、なんでしょう。ナイスアイディアが出そうな気がしたんですが。首元まで来た気がするんですが……!
『ちんくしゃ。貴様はここにおれ。我が全てを終わらせてこよう』
「あ、ちょ、待って……」
あぁ、ゴンさんが行っちゃう!
待って、まってください!
あと少しなんです。本当に、あと少しなんです!
こんな魚の骨が喉に刺さった状態で送り出すなんて嫌です。出兵する夫を見守る妻ですらもう少しちゃんと気持ちの整理をしていることでしょう!
「ダメ、ダメですゴンさん! あと少しで豆電球が……!」
『訳が分からぬ。えぇい、涙の次は鼻水を擦りつけようとするな! 砂糖水だから我慢できていたが、樹液並みの粘液は流石に気分が悪い!』
いいえ離しませんとも!
このままゴンさんを行かせては、私もゴンさんも邪獣さんも後悔するという確信がありますもの!
まだゴンさんとにゃんにゃんもしてないのに、美味しいお茶も作れてないのにっ。
『いい加減にせんかぁ!』
「あぁんっ」
ゴンさんの腕が振るわれ、私は弾き飛ばされます。
うぅ、私はなんて無力なんでしょう。このままでは、ゴンさんが大変な事になってしまうかもしれないのに、何もできないなんて……!
「……お前ら、何やってんの?」
そんな私達に、どこか空気の読めない声がかけられました。
ゴンさんと私の視線は、きのこまみれの洞窟の方へ。そこには、籠一杯に詰め込んだキノコを運んでいる、キースさんがいました。
「え、なに、ケンカ?」
『何でもないわ。気にするでない』
「ふぅん?」
きょとんとしているキースさんのお顔は愛嬌がありますが、ちょっとした違和感です。
なにか、現状を把握してない感じがします。
『……いつも臆病に立ち回る貴様にしては、妙に冷静だな。外で何があったかわかっておらぬのか?』
「あ? いや、最近はキノコの世話で忙しかったからなぁ」
「えっと、魔力とか、感じられませんでした?」
キースさんは、会議なんてしてらんないって事で、私と一緒に帰ってキノコ洞窟の管理をしてらっしゃいましたね。
しかし、邪獣さんの復活や、世間樹の魔力は、洞窟にまで響いていたはずですが……。
「魔力? いや、この洞窟は変に高濃度の魔力が籠った原木あるし、魔力の塊みたいなぬいぐるみが封印されてるからな。キノコ達も魔力を吸って、洞窟の中は魔力がごっちゃごちゃなんだよな」
あぁ、それで気付かなかったんですね。魔力が魔力を相殺しあって、逆に凪になってるって事ですか。
「相変わらず繁殖も早いしよぉ。そろそろ手伝いを寄越してくんねぇか? 俺1人じゃ流石に手が足りねぇよ」
「うぅん、そうしたいのは山々なんですが……」
『今はそんな場合ではないのでな。我はもう行くぞ』
キースさんには悪いですが、確かにそんな状況じゃありません。
確かに人手が増えるのは嬉しいですが、邪獣さんが大暴れするとなると、その人手自体が減ってしまうので……。
「んんん?」
……そうですよ。
なんで、こんな簡単な事に気付けなかったのでしょう。
誰も、不幸になる事なんてない。世の中は、犠牲なんて求めていないのです。
「ゴンさん!」
『……なんだ』
「豆電球が……つきました!」
『「はあ?」』
ふふふ、見せてあげますよ、管理者の本気を。
作ってみせますよ! 最高のお茶を!