第102話:犠牲者
どもどもべべでございます!
今回は、なんとこの作品で一番シリアスなシーンです。
心和ちゃんが、決意を抱くために必要な、犠牲が出ます。つらいですが……描写しなければいけないと思い、断腸の思いで書きました。
どうぞ、泣いてくだされば幸いです。
さて、大いに困った事になりました。
「まさか、茶渋さんが私に襲い掛かってくるなんて……この心和の目をもってしても、見抜けませんでした……!」
ふわりふわり、お母さんのおなかの中にいる胎児のような安心感。
温もりに溢れる空間を揺蕩いながらも、私は奥歯を噛みしめます。
あんなに優しかった茶渋さんが、まさかまさかの大混迷の末に爪を振るってくるなんて、誰が予想できましょう。
結界に閉じ込められていたのは、ああいう理由があったからなのですね。
「なんとか世間樹が守ってくれたので、事なきを得ましたが……さて、どうしたものでしょうか」
そう、私が今いるこの空間。ここは世間樹の中。
私がいつも夜眠っている寝室であり、快適な生活空間をお約束できる我が家です。
いつもはゴンさんと一緒にいたいので、大抵はお外に出ていますけどね。ぶっちゃけこの中にいた方が、魔力もほぼ無限湧きだし居心地ヤバすぎでヒッキー案件になるくらい最高マーベラスなのです。
なぜゆえにこの空間に私がいるかと申しますと……あの時、茶渋さんに襲われたのが原因ですね。
茶渋さんは解放された瞬間、まるで何かに塗りつぶされるように狂暴化してしまいました。
そして、私に向かってゴンさんばりのヘビーな一撃をプレゼントしてきたのですが……その瞬間、世間樹が生みの親である私を助けるべく、力を解放したようなのです。
といっても、私ったら一瞬で世間樹の中に転送されてしまったので、何をどうしてレスキューされたのかまったく把握できてないんですけどね~。
「とはいえ、ありがとうございました。世間樹」
私の言葉かけに、周囲の空間がたゆんで返事をしました。
この様子ですと、世間樹が被害を受けたような感じではなさそうで安心です。私達がいた所と世間樹は距離があったので、多分結界の近くに生やしてたご近樹越しに助けてくれたんでしょうね。
流石は世界樹一歩手前と言われた我が子です。まさか宿主を助けてくれる機能まで搭載していたとは、私も鼻が高いですよ!
「とはいえ、問題は茶渋さんですよね~。いったん外に出たいのですが……」
茶渋さんがどうなったのか、どこに行ったのか。それは世間樹ごしにはわかりません。
なので、一度外に出る必要があるのですが……なんでか、世間樹は外に出て欲しくないみたいです。
『………………(ぷるぷる)』
なんでそんな、生まれたての小鹿みたいな、怒られる前の子供みたいなプルプル震える波動を伝えてくるんです? というか感情表現豊か過ぎじゃないです?
もはや貴方、自我目覚めてません? ここに来て樹木関連の知り合いが増えすぎてきて、私としても嬉しい限りです。
「んもう、とにかく出ちゃいますからね~」
『………………!?』
あ、スカートのすそを世間樹がきゅっと握ってくる感覚がありますね。あまりの可愛さに空間ごと抱きしめてあげたくなりましたが、まぁ出ない事には始まりませんしにゅるんと出ちゃいます。
『………………!』
ここが世間樹の中だとしたら、目の前に広がるのはゴンさん策の日本家屋と、じっくり栽培中の日本茶葉の木。そしてキノコ洞窟という住み慣れた我が家のはずです。
あのゴンさん結界から一瞬で私をここまで転移させた訳ですから、世間樹はやはり凄い子なのでしょうね~。
「……え?」
しかし、そこに広がっていたのは……見るも無残な光景でした。
一見すると、いつも通り。風通しの良い日本家屋に、世間樹の根元に守られた泉の清涼感が漂って清々しさを演出してくれる空間です。
ですが、一点。ある一点だけは、どうしても、どう見てもいつも通りではないのです。
「わ……私が楽しみにしていた……日本茶葉が……!」
私が普通に茶葉を生成しただけでは、どうしても出せない味の深み、そして雑味。
時間という流れに身を任せて、初めて生まれるこの美味しさを生み出すべく、何か月も前から栽培を始めていた、茶葉の苗木達。
その苗木が……凄惨な殺人現場の如く、枯れ果てていたのです。
「な、なぜ……一体どおじで……!?」
絶望に打ちひしがれながらも、必死に彼等に駆け寄って生命力を流し込みます。
しかし、一度死んでしまった命を覆せるのは……それこそ世界樹並みの奇跡の産物でなければ不可能な案件。
枯れてしまった彼らは、息を吹き返すことはありませんでした……いえ、今持っている世界樹茶を使えば可能かもしれませんが、それで蘇ったとしても、私の魔力で作った茶葉のように、味気ないものになってしまう事でしょう。
そう……彼等の命は、彼等の美味しさと共に失われたのです。
『………………』
世間樹が、後ろでざわめきました。
わかります。それはきっと、謝罪を意味するのでしょう。
つまり……世間樹は、力の解放を行うために、彼等の命を使ったのです。
私を、守る為に。
「あぁ……あああ、ああぁぁぁぁ……!!」
私は、無力です。
何が森の管理者でしょう。
美味しいお茶を作れもせず、我が子に手を汚させて守られるなんて、なんて不甲斐無いのでしょう。
きっと、美味しくなってくれる……美味しく飲めると、思っていたのに!
「うわぁぁぁああああああ!」
思い出が、まるで走馬灯のようによぎります。
毎日泉の水を上げて、太陽の下で瑞々しく成長していた茶葉たち。
数年後には別の畑に移されて、また数年をかけて美味しい茶葉を作ってくれるはずだった彼等。
しかし、その夢は今、泡沫が如き儚さで消えました。
私のプロジェクトは、今崩壊を迎えたのです。
『……ちんくしゃ……』
私の背後から、声がかかりました。
「うっ、うっ……」
『それは……よもや、茶葉か……』
「うえぇぇ……ゴンさぁぁぁん!」
私は、彼の首元に抱きつき、その毛皮を涙で濡らしました。
いつもはゲンコツの一つでも落とすはずの彼も、息を荒くしつつ素直に抱きつかれます。
おそらく、全力で走ってきたのでしょう。とても熱いその体は、毛皮の下にたくさんの汗をかいています。
彼の走った道は、一直線に木々をなぎ倒した跡により見て取れました。
しかし、冷静になろうと状況を見る私の理性は、深い悲しみに塗りつぶされていきます。
『そうか……あの聖なる気は世間樹か。貴様を守る為に、こやつらを使ったのだな』
「うわぁぁぁん!」
『誇らしくはある……褒めてやりたいが、貴様の哀しみも理解する。茶を失うのは辛いことよな、ちんくしゃよ。……よい、我の元で泣く事を許す』
その後、ゴンさんは私が落ち着くまでの間、ずっと抱きしめてくれました。
世間樹も、私達の元に、ずっと風を送ってくれていました。
この日……私は、この世界にきて、一番……泣いたのです。