第96話:禁忌・後編(べアルゴン視点)
どもどもべべでございます!
さあ、後はクライマックスに突き進むのみ!
どうぞ、お楽しみあれー!
「……邪獣の討伐。大陸を五つに分けたあの獣を、滅する……それが、本当にできるのですか?」
『あぁ、出来る。いや、せねばならん。我はその為に100年待ったのだからな』
もはや、この空間で我のいう事を真っ向から否定できる者はいない。
チビ王も、エルフの女王も、若白髪も、その番も。全てが聞き入っておる。
関わらんようにしておるのは、デブとアースエレメンタルくらいのものだな。
『結界の中は外と遮断され、100年もの間炎に晒されていた。そのような環境では、その身に魔力をため込む事もできなかったであろう。いかな邪獣とはいえ、そのような状態で後れを取る我ではない』
新たな茶や建築技術など、ちんくしゃの持つ様々な異界の知識も吸収しておったからな。
長い年月と、ちんくしゃからの知識。これまでの蓄えによって力を増した我と、枯渇寸前の邪獣ならば、戦の行方は火を見るよりも明らかだ。
『まぁ、邪獣がなんらかの方法で、魔力を補充しているならば厄介だが……な』
「管理者様が、結界の内部に魔力を注いでしまう可能性がございませんか?」
ふむ、可能性があるが、それはないだろう。
『……チビ助。流石にちんくしゃを馬鹿にし過ぎておらんか? 奴が魔力を注げるという事は、結界の内部に干渉できるようになったという事だ。つまり、中の邪獣の存在を感知できておるはずなのだぞ』
「あぁ、まぁそうだよなぁ」
「そうですね。いくらここちゃんでも、得体の知れない存在に魔力を与えるなんてしませんよね」
うむ、そのような事をしでかすようならば、ちんくしゃは永久に誰かの介護が必要な状態だ。警戒心が無さ過ぎて絶滅する予定のげっ歯類並みだな。
「……えぇと……という事は、ですよ」
皆の会話を聞いていた若白髪が、おずおずと手を上げる。
「邪獣を退治する、という観点においては、我々は協力できる……そう考えてもいいのでしょうか?」
「会頭、それはあまりに短慮では?」
「なんで身内のお前が否定するんだよ……」
ふん、いかにもヒュリンが考える事だな。
共通の目的を作り、上位の存在に連なろうとする。それにより奴らは、隣国である獣人とも商業が可能なくらいに溶け込んでいる。
その結果獣人は、背後を気にせず鬼と殴りあっておるらしいな。
「短慮かはともかくとして、フィルボは守護者様の目的を邪魔する事はない……かな。邪獣には国を滅ぼされそうになった過去があるからな」
「んふふ、彼のおかげでエルフやフィルボの皆と仲良くなれたんだし、アタシとしては思い出深いんだけどね?」
「精霊様、アンタの感覚は根っこが人外だから賛同できない時が多いんだよ……」
「あ~、わかる。根っこが人外って厄介だよな! そこで寝てる妖精も肝心な時に話通じねぇんだ!」
ふむ、フィルボは我の邪魔をしないと。
ヒュリンもおそらく、全員が賛同すれば上層部を説得する為に動くだろう。その為のあの発言であろうが。
ならば、問題があるとするならば……
「「「…………」」」
「……はぁ、あまり急かされるのは好きではないのですが……」
『とはいえ、我は意志を伝えた。そして周りの賛同も得つつある。この場を丸く収めるためには、業腹だが貴様の意見も必要なのだ』
エルフが反対するならば、今後の憂いを断つ必要もあるからな。いつでも消せるように身構えておかねばならん。
逆に、もしエルフが協力を申し出るならば……ふん、使える間は滅ぼさんでおいてやろうか。
「貴方に聞きます」
『許す』
「邪獣を滅ぼし、目的を達成したとして……その後、貴方は何をするのです? ここちゃん……森の管理者さんを使って、何を成そうと考えるのです?」
ふむ?
邪獣を滅した後、か。……そうさな。
様々な事を考えてはいたな。奴を滅した後は、我もまた眠りについて一生を過ごそうとも思っていたし、この大陸を離れる事も視野に入れていた。
一昔前は、奴が望む形でこの大陸を正していこうとも思っていた……もはやその思想は捨て去ったがな。人類はあまりに愚かしい故に。
……しかし、そうだな。ちんくしゃが来てからこの一年で、それらの考えも改まってきたな。
今、我がしたい事。それが何かと言われれば……
『茶だな』
「……は?」
『ちんくしゃと2人、茶でも飲みつつ楽隠居。それも悪くないと、考えておる』
うむ、しっくりくるな。
あれと共にというのが、これほどまでに自然なものかというのがかなり癪だがな。
『あれは、こと茶に関してはこの大陸全ての生命を凌駕しておる。あれと共にあれば、邪獣という目標を失った後であろうと飽きる事はなかろうて。……共に居て、退屈をしないというのもあるしな』
「……おぉ」
「あらまぁ」
ん?
なんだ、こやつら。呆けた顔で見おってからに。
アースエレメンタルのニヤケ顔が、なんとも不快でしかないな。
「……つまり、守護者様は」
皆を代表するかのように、若白髪の番が手を上げる。
「管理者様を好いておられる、と考えて良いのですね? 苦楽を共にする、夫婦のようでありたいと」
『…………』
む……う。
ふむ、むむ……うぅむ。
『そうさな……』
ちんくしゃを好いておる、か。
あ奴は、出会った頃からどうしようもない奴だった。
貴重な知識は茶にしか利用せず、我に対して劣情を抱き、それでいてチビ助などの他者にも移り気を見せる。
しかしその魔力、そして魂の輝きはどこまでもまっさらだ。好きという気持ちに嘘偽りがなく、奴の魔力が生み出す現象は美しく、奴の作る茶を呑んだ時には心が躍った。茶としては美味くはないが。
旧知の仲であったアースエレメンタルを救って見せ、フィルボを取り込み、ヒュリンとも関係を築いた。更にはエルフの里に殴り込み、こうしてありえないはずの会合を実現させた行動力は、舌を巻く他ない。
あれと共に過ごしたこの一年は、我が孤独に過ごした100年よりも濃厚なものであったのは事実である。
『……ふむ、認める他にあるまいな。我は、あれに対して種を超えた感情を抱いておる』
「おおお……!」
「ようやく言えたじゃない、べアルゴンったらぁ!」
「今夜はお赤飯ですね、守護者様!」
いや、盛り上がりすぎであろう……。
「なるほど……そういう事でしたらば、エルフとしても事を荒立て過ぎる事はない、と判断します」
『そんなものか』
「恋路というのは、邪魔すると馬に蹴られて死ぬものなのです」
……まぁ、恋だ愛だと声にするのはともかくとして、あれと共にある事に否定が湧かんのは認めよう。
ふむ、霊獣と妖精ならば子も成せるか? いや、そこは深く考えんようにしよう。可能だと判断されると、あれは間違いなく発情するからな。
「では、我々はここに来て、一つになる目的が出来たと考えていいんだな?」
「そうですね、デノン王。せっかくなので、管理者さんにあの獣を抑え込んでもらって大陸を平和にしましょう」
『馬鹿にしておるのか貴様』
「ふふ……では、改めて仲直りという事で、その証として一杯ご用意いたしましょうか」
『ふん、命拾いしたな、貴様ら』
チビ助に感謝しろよ。妙な騒ぎを続けるようならば、この場で全員のしておった所だ。
もう、この会合で我に逆らう愚者は出るまい。ならば、後は茶を飲むのみよな。
まったく、舌戦などという慣れぬ事は、今後やりたくないものよ。
「うぇへへ……」
……ちんくしゃの分の茶まで飲んでやろうか。呑気に眠りよって……。