第95話:禁忌・前編(べアルゴン視点)
どもどもべべでございます!
しばらく深夜勤務が続きそうだぜぇ。
でもあたし、頑張る! 子どもたちのために!
ではではご投稿! どうぞ、お楽しみあれー!
室内が静寂に包まれる。
我の胸の中にいるちんくしゃが、湯気を出す蒸気音しか聞こえない。そもそも蒸気音が聞こえる段階で体温がどれだけ高いのだという話だが、ちんくしゃに常識を求めてはいけないので気にしない方向でいこう。
「邪獣を、滅する……そんな事ができるのか?」
『その為に準備を進めてきたからな』
植物の小さな体を抱きしめていると、自然とため息が漏れる。もはや隠す必要は、無いな。
『我は、百年前から不服であったのだ。かの者がただ1人、結界の中で眠りという名の苦しみに捕らわれ続けておったのがな』
そう、奴はそのような責め苦を味わうべき存在ではない。
全ての生命に、分け隔てなく知恵と感情を与え、生きる幅を広げてくれていた。それが奴の世界に対する貢献だ。
実りを安定させるために食物を管理し、種族が存続できるよう互いに協力する。知恵の生まれた生命は、皆それができるようになり、栄える事ができた。
『だが、知恵を持った生命は独占を学び、争いを学んだ。結果として、この大陸は戦乱の地と化した。……先住民のエルフにとっては、確かに災厄と呼んで良いのは認めよう』
奴は、それを全て、己の責と受け止めた。
自責の念に震え、のたうち……そして、狂った。
狂った奴は、己の生み出した知恵ある者を、淘汰せしめんと動きだしたのだ。
鬼を押し込み、獣を追い立て、小人を食らい、人を減らした。
結果、妖精王の目に止まり、討伐、封印の対象となった。
大陸1つを知恵者で満たした。それほどの偉業を成し遂げた奴の終着点が、焔燻る結界内での封印とは、世界のなんと残酷なことか。
『邪獣を封じ込めている結界は、我が妖精王オベロンと結託して張った結界だ。……あの時の我では、奴を他者の力を借りて封印する事しかできなんだ。我もまた、奴から知恵を受け取った者故に、力の差というものがあったのだ』
「……貴方の力は、知識を蓄える程に強くなるのでしたね」
「邪獣から知恵を授かり、知識を100年以上蓄えたからこその強さだったのか……」
「そんな守護者様でも、封印が精一杯だったなんて、凄まじい存在だったのですね」
チビ王が納得したように頷き、若白髪が戦慄する中、ようやくデブエルフがドアを開けて中を覗き込んでいた。
何事も無かったかのように入室。こやつの面の皮は大陸一かもわからんな。
「……精霊様、あんた知ってただろ」
「んぅ~、まぁ、そうねぇ。知ってたわよ?」
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
「だぁってぇ、べアルゴンが100年経っても成せない事よ? 無理だって高を括っても仕方ないと思わない? ……まぁ、アタシが途中で消えちゃってたら、土地が少し弱って復活の目があったかもだけど」
「無責任に消えようとしてたじゃねぇかあんた!?」
「いやぁん! その事はもういいじゃなぁい!」
アースエレメンタルにチビ王が食ってかかるが、エルフの女王が「許します」と頷いたせいで二の句を告げられなくなっておる。正論はチビ王にある分、不憫でしかないな。
「しかし、その結界が機能している今、たとえ守護者様でも邪獣に手は出せないのでしょう? どうやって結界を解くのでしょう。管理者様をご利用していたのはわかるのですが」
若白髪の後ろで、番の女が質問を投げかけてきた。
なるほど、もっともな疑問だ。我だけでは解く事の出来ぬ結界があるのでは、確かに我の計画は破綻だと言えよう。
『それを説明するのは、そうさな……我とちんくしゃの出会いから説明せねばならん。あ奴の出鱈目加減は、初めて会った時から相当なものだったからな……』
そこから、全ての者が我の言葉に耳を傾けた。
我から見たちんくしゃとの出会い……マンティコアとの闘いで負った、我の傷を一瞬で癒して見せた茶の力。凄まじい魔力。
そして、異界の小娘と精神が混ざり合った事により、異様な知識を身に着けた経緯。
妖精としての自然の在り方とは別に、様々な嗜好性を有した異常な精神性。
『我は、そこに目を付けた』
邪獣を封じた結界は、我が生み出した炎と共に機能しておった。
ならば、中の炎を消し去れば、多少なりとも中の邪獣が力を動かせるようになる。
その状態で、外からちんくしゃが結界を解除しさえすれば……邪獣を解放し、滅する事が可能ではないかと。
『まぁ、ちんくしゃの力をもってしても、オベロンの結界を破る事は叶わんかったがな。故に我は、ちんくしゃを言いくるめ、定期的にあの結界に挑むように促したのだ』
「無理だったんなら、何度やっても無駄じゃねぇの?」
『あのままではな。……だが、及ばずともちんくしゃの力ならば、いずれは達成できるという手応えがあった。後は、結界を維持する魔力を、じりじりと削ればよい』
「……それが、土地を枯らすという選択肢ですか?」
否。
土地が枯れれば、確かに結界は薄まるやもしれん。だが、それでは後に生きる者達が被害を被る。
そもそも、ちんくしゃが管理者としての活動をするのであれば、森は豊穣を約束されたも同然だ。永劫に枯れる事はないだろう。
『枯らすのではない。不浄を溜めるのだ。森が豊かになるのと、聖なる気が減るというのは矛盾せぬ。森が不浄に満ちれば、自然と結界は薄れるのだ』
「紛らわしいんだが? もうどうやってその、不浄を溜めたか教えてくれよ」
デブエルフめ。本当に遠慮がなくなったな。
本来ならば噛み殺すところだが、こやつがおらねばもうキノコ茶が飲めなくなる。それは避けたい故、大言は寛容な心で許してやろう。
『……ちんくしゃは、何を好んでおる?』
「「「「お茶」」」」
「守護者様を好いておられますね」
『……我はともかく、まぁ、正解だ。ちんくしゃは茶を好んで飲む。それしかいらんとばかりにな。それが不浄に繋がるのだ』
「……あっ!」
そこまで言って、エルフの女王が声をあげた。
どうやら、我の思惑に気付いたようだな。
「……まさか、【共食い】による禁忌……?」
『その通りだ』
共食い。同族食い。
それは、神々が忌み嫌う行いとして、禁忌とされている。
ちんくしゃは本質こそ妖精ではあるが、その体は植物だ。なれば、少なからず植物を食い続ければ、禁忌が蓄積していくのである。
『人が豚を食うのは禁忌とならん。しかし、植物が養分を吸い合うのではなく、植物自体の命を食うという行為は、禁忌となりえるのだ。それも、植物の化身が我が子を食らうとなれば別格よ』
ちんくしゃは、最初こそ植物の命とは関係の無い、葉や茎で茶を作り飲んでいた。
しかし、あ奴の茶に対する欲求は我以上。すぐに根や種を使って、命そのものを飲み込むようになった。
『土地が不浄となれば、魔も増える。コカトリスやビッグエイプ、ゴーストが増えたのは、ちんくしゃが茶を飲んでいたからという訳だ』
明かされる真実に、アースエレメンタル以外の全員の目が見開かれる。
それに合わせるように、意識の無いちんくしゃが「うぇへへ……」と笑ったのが、妙に気持ち悪かった。