四大女王あるいは黄金と銀の殺し屋‐共通的な設定等々
殺し屋であることだけが、取り柄と呼べる取り柄だった。
戦闘の熱、殺し合いによる凌ぎ合い、ナイフとナイフ、金属と金属の鍔迫り合い。
およそ戦闘狂と呼べる極致の果てで、掛け値なしに至高の悦楽と快楽を貪れる己に、誇りすらある。
自分は特別であり、気高く崇高で、畏怖されるべき強者である、
という自覚だけが、わたしが私と、真に真に真底から確信に満ち溢れて思える、思いたい、本当に唯一無二だった。
だから、そう、在り続ける為には、手段も選ばなければ、一切の手間隙労力、ありとあらゆる厭わない。
どんな事にも、絶対の強度で耐えられるし、我慢も果てなくできるのだ。
人間という絶対でない存在から飛躍し、人間を超越した存在、頂上に君臨するべきしてする絶対者。
それが、私の在るべき姿、その至高の一だと思うのだ。
極致の果てを超越し、完全なる存在へ、
トリップして、至り極まった境界線をすら越え、無上に昇華、飛躍し続ける、究極にして絶後へ、
私は絶対のイデアと一つになりたい、善でも悪でも、究極の何か、思想や価値観と一つに、従い続ける存在に、
モノになりたいのだ、人、などという、曖昧模糊とした、幾らでも不安定に揺れ動く存在では、いたくない
絶対に揺るがない、そうでなくても、そのような揺ぎ無いと、自覚的に思える覚醒した状態が欲しい、
人間的な、人間らしい、愚かしいほどに愚かな、果ての無い妄信、盲目状態というのだろうか?
絶対の確信という、、、に、
満ち溢れた、明確に明瞭に、斬新に革新的に瑞々しく初々しく、自負を抱えて生きたい
そのような生、生き方でないと、ただただ嫌で、嫌悪し拒絶的にしか、鬱々としか生きられないから
それを与えてくれるならば、どんな何ものにでも仕えよう、従おう、身を尽くそうと思うだろう




