架空の観測者と歪で不可思議な関係
「おまえって奴はっ!」
俺は妹を押し倒す勢いで、キスをした。
「おっお兄ちゃんっ」
柔らかい身体を愛おしく抱きしめる。
この凄まじいまでの、狂気、殺意も、俺への愛ゆえ、ならば、受け入れられる気がした。
いや、むしろ、無上にすべてを飲み込み包み込むような、大いなる奥深さが、この愛からは感じれる。
「ふぅ」
一分間くらい、イチャこらして、俺達は自らの置かれている状況を思い至り、冷静になった。
「まあ、過ぎた事だし、今回はもういい、次からは、できるだけ、、、するな」
それしか言えなかった、言う言葉がなかった、妹はこくんと頷く。
そして、改めて見て。
目の前の妹は、平気のへいさで、兄の命を保つ為とはいえ、常人では考えられない所業をしたのだ。
一千人の惨殺、それがどういう事実なのか、今だに想像がつく気がしない。
一人ならば、衝動的な勢いで、殺すことはできるだろう。
十人でも、何か大切なモノの為ならば、耐えられる範囲、手を下すこともできると思う。
だが、千人を殺しきるには、なにかしら、人間として越えてはならない一線を、越えていなければ不可能だと思うのだ。
生粋の、という、純粋ともいえる、なにかしら絶対に曲がらない信念、狂気を抱かなければ、成し得ない領域だ。
人以上の、なにか、を、俺はそこに感じずにはいられない。
そして目の前の妹は、そうなのだろう、、、そうなのだろうか?
千人も殺せば、殺人に慣れて、命を奪うことに何も感じなくなった、としても、不思議ではない。
つまりは、空想上のよくある殺人鬼などの、化け物の気持ちが分かるように、己の心境として理解できるのだ。
だからか、あの歪なまでに勢いのある、獣のような動き、反射神経、殺しの手腕。
妹の殺戮技術は、既に生粋のと、俺から見えて形容できるくらいには、研ぎ澄まされていたのだ。
ナイフ一本あれば、直感的に、相手の命を効率的に、合理的に、奪いきるまでの過程が、明瞭に想像できるようになっているのかも。
それ以上は、分からないが、だがそれは、酷く人間から外れたモノの思考としか、言いようが無いだろ。
「お兄ちゃん?」
「、、ああ」
俺が無言でいたので、妹は訝しがった。
素直に、近寄り難いし、触れ難い。
それは、禁忌で禁断の思いゆえだろう。
もちろん、初めから妹という存在だったから、そういう感触は既にあったのだ。
だからそれに加えて、この拒絶感というか、嫌悪、背徳と罪悪の気配は、俺にはより濃厚にみえるようになった。
でも、それゆえに、溢れ出る負の魅力、悲壮な感じのカリスマ性は増したのだ。
妹は影のある存在性を獲得した、一見して、なにか凄い感情を喚起させずにはいれない。
絶対に、無限に贖っても贖いきれない、罪を背負い、罰を受けるべき存在になった。
だからか、俺だけは、この庇護・保護欲の喚起させられる、
他ならない兄であるのだ、何時までもどんな時、状況でも、一心に愛し、一身を持って守ってやり続けたいと思うのだ。
妹の殺戮のお陰で、状況は変わった。
千人もの、NPCでない、プレイヤーキャラの殺戮行為は、凄まじい経験値という見返りが、あった。
今まで散々ぱら守ってきたものを犠牲にした、その見返りとして、相応しく等価かはしれないが。
「これで、レイジに届くかどうか、、、」
「大丈夫だよ、きっと勝てるよ」
あの獄悪非道、生粋の悪人、であるレイジは、
既に己の守る者のため、でなくても、嬉々としてプレイヤー狩りなど、とうの昔に手を染めていた悪事だろう。
やっと同じステージに立てた、ともいえない、遅れながらのスタート、
しかも、俺はまだまだ、プレイヤーを殺すことに躊躇いが十分にあり、無駄に殺せないというハンデがある。
しかし、シャルを一刻も早く取り戻すため、俺達は向わなければいけない。
今も、あいつにどんな目にあっているか、想像するだけで胸が張り裂けそうな思いなのだ。
そう、あの鬼畜外道以上のなにか、としか言えない、あのレイジに見込まれ、惚れられ、捕まっているのだ。
考えただけで、背筋がどこまでも冷たくなるし、
愛する恋人か、親友のような、シャルが、今もって、そのようにある、、、動かざるをえんだろうよ。
既に把握している、レイジのアジトに辿り着く。
森林の奥深く中にある、廃村のような場所の、それに見合った廃屋のようなところだ。
『ちゃらら、ちゃらら!!』
遠くから息を殺し、様子を窺っていると、無遠慮な音が鳴り響いた、焦りに焦りまくる。
見ると、俺と妹の持つ、タブレット、UM端末がガナリ立てていた。
「くそ、なんだ、この大事なときにっ」
画面上には、
『新機能、搭載のお知らせ。
毎度お世話になっております、運営です。
昨今、プレイヤーキルを厭わないプレイヤーの増加が顕著になってまいりました。
急激なプレイヤー人口の減少に、運営は早急の対処を現在もって行っております。
つきまして、全プレイヤーのNPCを含めない殺人数を広く公開し、
少しでも、事前の衝突回避を実現させたいと思います、
不都合を被るプレイヤーの方は、ゲームバランス調整のためですので、御容赦ください』
「お兄ちゃん、、、」
「ああ」
と、どうやら、一度接触し、記録したプレイヤー情報に、それが記載されるらしい。
カヤの情報欄には、1326人と、明確に記載されていた。
そして、そんな情報が、真底からどうでも良くなる様な、悲劇的な事実があった。
久方レイジ、104342人。
「うぅぅ、、お兄ちゃん、、、これって」
「ああ」
としかいえない、ぐぅっとも言えない。
これは想像の範疇外だった。
殺しているとは思っていた、俺達よりずっと前から、
だが、これは別格だろう、考えられない数だからだ。
これだけ殺していれば、どれほどの経験値が手に入るか、計算できないほどに。
俺は素直に、勝てないと思った。
実力が掛け離れすぎて、勝負にならないと思う。
たとえシャルのため、玉砕覚悟でも、これは挑むに値しないほどなのだ。
「出直す」
「う、そうだよね、これはしかたないよねぇっ」
微妙な反応だった、
そりゃそうだ、カヤはこの救出の件に、少なからずともならず、反対なのだ。




