ネガティブ‐シャルロットムーンの日常的鬱々哲学的な語り調
金髪が傷んでいる、もう嫌だ、死にたくなった。
足が痛い、身体中全部痛い、いろいろガタ付いていて悲しい、嫌だ、死にたくなる。
もういやだいやだ、誰か全部癒して、お願い、うるうる。
まあ、しょうがないのだ。
若い頃、余りに無理や無茶をしすぎて、マジシャンとしての技能を極めてしまったのだから、
その反動が来て当然、
これは代償だ、そうなのだと想っても、諦められないけれども、うるうる。
あーあぁ、わたしが壊れていく、
いやもう、壊れちゃったのかなぁ、とっくの昔に
別にいいけどね、虚勢であり、虚勢でない、
わたしは、この世界にほとほと嫌気が差しているから
早く死にたい、そう思える、
別に早くなくてもいいけどね、遅くても早くても、結局は同一なのだから、人生なんて面倒臭いんだよ
自殺志願者、そういう一面があるのだ、
死が救いになるのは、辛い人生を歩んで、初めて真に実感できる、そういう概念だと思う、
強がりのぽろぽろ、
悲しさが臨界を越えて泣いた、別にいい、
涙は最大限我慢しても、溢れる時は、泣いて良いときなのだ。
感情制御はお手の物、この涙は自分で流すべくして流したと、そう言ってもいいのだ、ぼろぼろ。
「大丈夫?」
彼は、彼だ、彼以外の、何ものでもない。
つまりは、恋人だ。
相互依存関係で、盲目的にお互いを愛する事を制約して誓った、絶対の絆を結んだ唯一の相手。
お互いが確信している、
お互いは相手を真に裏切れば、即座に即刻、その場で、殺されると、殺すと、
あるいはそれに準じる何かをされる、する、と、
それが契約であって、束縛であって、、、
それは、お互いを決定的に致命的に結びつける、私達はそれを知っているが故に、
これは、なにがあっても守り通される、
執着的に執念的に、発狂して死んでしまうほどに、狂気的な関係。
みながみな、普通にしていること、なのに、蓋を開けてみれば、とんでもないと思うよ。
「大丈夫だ、わたしは、なにがあっても、絶対に大丈夫なの、心配するな、でも、ありがとうね」
「可愛いな、可愛いなら、大丈夫だろう」
「意味が分からないよ」
わたしは彼が好き、心の底から愛しているので、
絶対に不可能だと思っていたのに、今、微笑むことができた、
凄いと思う、恋愛なのかどうなのか、この胸を一杯に満たし続ける、源泉は、何か?
彼も、同じ様に思っている、
わたしの事が、すごく凄く好きで、心の底から、愛していてくれる、
胸が苦しくて一杯になる、恋愛している、してくれている、
それが伝わる、
傍にいるだけで、デフォルトで精神的な接触度が高いレベルで推移する私達だから、
それがダイレクトに、摩擦抵抗無く、彼の真心、彼の感じている事が、ありのままに分かるのだ、
だからか、こんなに好きなのは、
何時でも、どんな時でも、心の底のそこで確信を持って、愛していると、そう思えるのは。
彼の為なら、どんな時でも、どんな風になっても、どんな煉獄の苦しみに焼かれた後でも、死ねると、
わたしは、なぜか確信に満ち溢れている、
彼も、同量、同量以上に、わたしが上乗せで美化している、それだけでも、いっさい関係が無い、
そう、わたしを在りのままに、思ってくれている、、のだ、
別に、無限大の愛情などと、幻想的にフィクション的に、定義されないもの、
特異点でも、ない、
ただこれは、彼に対する、盲目的な信仰、愛情の、なせる業、
彼も、わたしの為ならば、どんな苦難でも辛苦でも、乗り越えて、わたしを抱きしめてくれる、
優しくしてくれる、と、思っている、信じている、
から、わたしも、彼が思っている通りに、信じてくれている通りに、絶対にしなくちゃいけない、
挫けちゃいけないと、絶対の強度で思える、
絶対に、彼の予測や期待、彼の思う、わたし自身で、常にわたし自身を在らせたいと、思う、願う、祈る、
絶対なんてモノが、この世に無くても、無いと確信の領域で、純粋で純然な理性が叫び訴えても、関係ない、
彼の為ならば、わたしはどこまでも、果てなく、愚者にも馬鹿にも、何にでもなる、
情動的に、感情的に、ただ在ること、生きる事を選択する、
そうでないと、彼に殺される、いまある愛情が、全部無くなってしまう。
だから、それは、続き続ける、ことわり、わたしの理だ、
永遠に循環する、常に頭上に頂くべき、輪廻の円環の理に、なる
彼の為に、すべて一から決めた、ただ一つの絶対的な理性、なのだ。
好きで好きで、すき過ぎて、この感情を抱いたまま、いつでもどこでも、死んでしまいそうなのだ、
本当に、
世界も、なにもかも、綺麗過ぎて、涙が出そう、
この、綺麗だと確信できる他者愛が、極まったとき、
わたしは、きっと
涙が枯れ果てるような、愛情の、真なる
自己愛に溺れきるような、嫌悪、に包まれてしまうだろう、
純粋な、拒絶感、に満たされて、
もう、なにもかも、心の底から、どうでもよいと、一言で断じて、切って捨ててしまうようになってしまう、
そうだ、この世界は、そういう風に、初めから、成っているのだ、
絶対の強度、など、無いから、
わたしの、本当に求めているモノは、手に入らない、
お互いが、お互いを真に想い合い、肯定できる、なんて幻想で、そんなはずは絶対にありえない、
彼が、そう、だと言えば、わたしは頷き、頷くから、
その返礼として、見返りに、
彼も、私が、そう、と言えば、頷くから、決して首を振ることなく、
たとえば、白いモノも、黒になる、そういうこと、
間違っているものを、無条件で盲目的に、肯定できてしまえるようになるのだ、
だから、本当に求めている、在ると信じているモノ、それは最後の最後まで手に入らないだろう。
でも、世界のすべては、思い込みで構成されているから、
私達は、最後の最後まで、それがあるんだと、頑なに執着するのでしょう、
ゆえに、いま現在、過去未来に渡り、ソレが在ると、お互いがお互いに嘘をついて、
肯定しあって、無条件に頷いて、
愚かに馬鹿に、錯覚しあって、生きていくしか、他になにも無いのだ。
そう、こんなにも倒錯的に、惨めに、醜く、生きる他に、術なし、
だから、どこまでも純粋で、狂気的に美しい、
どんなソレすら、どんな事でも肯定できるから、
永遠にソレは変わらない、わたしは肯定し続ける、受け入れ続けられる、
そうすれば、必ず反射してくるモノがあるから、し続けるから、
そんな確信で信頼信用できる、黄金の法則に絶対に守護された、
果てなく綺麗な、過ぎる、この世界に、わたしは涙が止まらないのだろう。
彼との、も、その延長線上の一点、
世界には、素晴らしいモノが溢れている、
世界の構成要素なのだから、それは当然だ、
その素晴らしさに、わたしは妥協して、生きる事を強いられるのだ、
本当は、こんなの求めていない、無上に解放され続けるような、
主体性に満ちた、どこまでも駆けて行ける、そういう風に、世界は無限に広がっていると、信じていたのに、
どこまでも檻のように、その檻を抜け出しても、新たにより頑丈な檻があるだけの、
わたしを妥協させ、満足させ、活力を奪いきる、この世界だ、
本当に、なにも求めている、求めていた、なにもかも、手に入らないで、終わってしまう、
絶無に終わってしまうのだろう。
いつしか、それすら、どうでも良くなって、しまう、
わたしは、そんな世界で生きているのだ。




