第8話 追憶と泡影と
「どうしちゃったんですか露刺くん。あんなの、露刺くんらしくありませんよ?」
周囲を見回すと、雑多に積み上げられた機械の部品やネジやボルト類。
どうやら、何かの工場の倉庫みたいな場所みたいだ。
月代さんが俺に「女教皇」の能力を使い、俺を失神させた。
その後でここに運び込んだらしい。
「……俺にもなんでああなったのかわかりません」
俺はあのときのことを思い出す。
大好きなアニメである魔法少女カラフルコレクターの話をしていたら、解釈違いが発生した。
でも、月代さんの言うとおりだ。
何も「殺そうとする」ほどのことでは無いだろう。
だけど、何故かあの時は。
無性に腹が立って仕方が無かった……。
「……露刺くん。もしかしたらなんですけど、あなたにはきっと何かのカードによる影響があると思います」
「カードの影響ですか?」
「ええ。姿を見せないで、こっそりとカードを使った人が居るのかもしれません」
「……上手くいけば、俺たちは仲違いして潰し合う」
「そうです。露刺くん、その効果をあなたのカード効果で無効にできますか?」
「……やってみます」
俺は自分を対象にし、死神の正位置を発動する。
自身にかけられているカードの悪い影響を無効にしろと思いながら。
すると、俺の脳内でガラスが割れるような音が響く。
「ぐっ!!」
「露刺くん!?」
「……大丈夫です」
俺はゆっくりと息を吐く。
大丈夫だ。
頭の中で霧が晴れるように、思考が戻っていくのを感じる。
「やっぱり、月代さんの言う通り何らかのカードによる影響があったみたいです」
「もう、大丈夫な用ですね」
「はい。なんのカードかは分からないですけど、おそらく『考え方』に変化をもたらす効果だと思います」
「……あの、二瀬野とかいう人は『精神を破壊しろ』って言っていましたよね。だから、あの人以外の人物がどこかに居たんじゃないですかね?」
「……はぁ、本当に俺たちは」
殺し合いをしているんだ。という言葉を俺は飲み込む。
口に出してしまったら、それを否が応でも受け入れなければならない気がしたから……。
「露刺くん、聞いても良いですか?」
「……何ですか?」
「露刺くんが誰かに操られていたとしても、あんなに感情をむき出しにするタイプだとは思えないんです。あなたの過去に何があったんですか?」
「……」
その問いかけに俺は咄嗟には答えられなかった。
過去の心的外傷。
それを思い出すことは、自らの心を切り裂いて痛めつけることだから。
どうしても、答えたくなかった。
だけど、
「……あまり面白い話じゃないですよ」
俺は口を開く。
血を吐きそうな思いに駆られながら。
月代さんを見ると、黙って俺のことを見ていた。
ただ、俺が話し出すのを待っている。
逃げたい。逃げたい。逃げ出したい。
だけど、これはきっと、今はきっと、逃げちゃいけないときなんだろう。
「俺は昔から、女の子みたいな容姿を揶揄われていたんです」
幼少の頃に受けた傷。
それを思い出し、心がチクリと痛んだ。
「……それが原因で引きこもりになった俺。父が仕事のついでにアメリカへ連れて行ったんです。『環境が変われば、自分の息子は変われるんじゃないか』って思ったみたいです」
痛んだ傷から血が流れるように感じる。
塞ぎたい。
だけど、それはあふれ出す……。
「でも、言葉がわからない。食事が合わない。そして――何よりそんな自分が大嫌いになりました」
一度言葉を切る。
ここで沈黙を選ぶと、再び話すことは出来なくなりそうだ。
だから俺は続ける。
「そんな時に俺を救ってくれたのが、たまたま放映されていた日本のアニメだったんです」
「それが……」
「ええ。『魔法少女カラフルコレクター』です」
「そんな大切なアニメだったんですね……」
「あのアニメは、俺の心の支えでした。そのアニメに影響を受けて、コスプレを始めました。こんな情けないダメな俺でも、コスプレをしている間だけは『何かすごい自分』になれたような気がしたからです」
高校の授業で習った。
確か、同一視とか言ったはず。
それか、抑圧だったかな?
「でも、日本に帰国してすべてがダメになったんです……」
これ以上は辛い。辛すぎる。
でも、俺は変わりたい。
少なくても、そう思っていたはずだ。
そう願っていたはずだ。
だから、俺は、続ける。
「帰国して、中学に編入しました。でも、SNSに投稿していた写真を面白おかしく揶揄われたんです」
「……」
「アレは地獄でしたよ。『魔法男子』とか、『コスプレ野郎』とか。そして、それに尾ひれをつけて噂を広められる」
他人と違うものを叩こうとする。
それは叩かれる方も、叩く方も不幸なことだ。
叩かれた方だから分かるんだけど……。
「最初は耐えようとしました。でも、どれだけ耐えてもどんどんエスカレートしていく。――そして、ある日事件が起きました」
「事件、ですか?」
「男子トイレに連れ込まれたんです。俺は、必死に抵抗した。それを暴力事件として問題扱いにされたんです」
「……酷い」
「教師からしたら、面倒だったんでしょうね。一方的に俺が悪いことにされました。誰も俺のことを聞いてくれない。だから、俺は学校に行くことを辞めました。それでも、俺は誰かを信じたかった……。」
吐きそうだ。
でも、俺は、続ける。
こんな俺のことを知ってほしいから。
こんな俺でも誰かをもう一度信じたいから。
「そして、引きこもりになった俺を救ってくれたのが一人の女の子だったんです」
「もしかして、それが……」
「はい、名前を赤沢太陽って言います。俺は、太陽ねぇって呼んでいました」
「やっぱり、露刺くんがうわごとのように言っていた人のことですよね」
「……太陽ねぇは無茶苦茶な人でした。いきなり、人の部屋の窓を割って入ってきたんですよ。信じられますか? ペアガラスなのに」
俺はあの日のことを思い出す。
降り注ぐガラス片。
それが陽光を浴びて、綺麗だったのを思い出す。
……片付けが大変だったけど。
「で、なんていったと思います? 『少年! 新しいハンバーガー店が出来たらしいぞ!一緒に照り焼きハンバーガーでも食べないか!!』って。意味わかんないですよ」
「……なんというか、無茶苦茶な人なんですね」
「……でもそんな太陽ねぇのおかげで俺はまた、人を信じてもいいかなって思ったんです」
俺は心の中に宿った暖かなものを信じて、続ける。
「太陽ねぇは俺に言ってくれたんです。『人を変えようとするのは、とても難しいことなんだよ。でも、自分が変わるのは簡単なこと。自分が変われば、世界が変わる。過去は変えられないし、受け入れて進むしかない。それが生きるってことなんだから』って」
「……いい人なんですね」
「太陽ねぇのおかげで、俺はまた『カラフルコレクター』を見直すこともできるようになったし、少しだけ前向きになれたんです。……なれたはずだったんです」
俺はそこで言葉を区切る。
「でも俺はダメだった。ゲームマスターから女の子の姿に変えられて、その容姿を揶揄われた。その時にトラウマがフラッシュバックしてしまったんです。変わったと思ったのは俺だけ。本当の俺は何も変われていなかった……」
気が付くと俺は――泣いていた。
そんな俺を月代さんは優しく抱きしめてくれる。
「露刺くん。確かに過去は変えることが出来ません。でも、その赤沢さん? が言う通りに、未来は自分で変えることが出来るんですよ。露刺くんは未来を変えたいと思った。そして、そのために行動をしようとした。それはとてもすごいことだと思います。……私には出来なかったことだから」
月代さんが、声のトーンを落として続ける。
「露刺くん、あなたは家族を殺したことがありますか? 私はあります。私は――父を殺しました」
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カードが揃うまで、物語は止まらない――