師匠
それからリシカとヒスクは、それぞれタマキとオーゲンに引きずりまわされることになった。まずヒスクはオーゲンに連れられて町の外に出て、武器の使い方を教えられていた。
「どうした! その程度の踏み込みじゃかすりもしないぞ!」
オーゲンはヒスクの槍の一撃を軽くいなして叱咤する。
「はい!」
ヒスクは槍を構えなおして、さらに激しく攻撃を繰り出した。だが、それもオーゲンの剣で全て弾かれてしまう。
「そんなものか、もっと体全部を使うんだ!」
「わかりました!」
それからはヒスクは大きく動いて、できる限り様々な方向から槍を突き出した。だが、オーゲンはその全てを身のこなしと一本の剣で捌いて見せた。そして、ヒスクの腹に一発前蹴りをくらわす。
「ぐっ!」
ヒスクはその衝撃に飛ばされると、うずくまってしまった。オーストンは剣を肩にかつぐようにするとヒスクの腕をつかんで立ち上がらせた。
「少し休むか。まあお前もだいぶ形になってきたしな」
オーゲンは剣を鞘に収めると、適当な場所に腰を下ろした。ヒスクも槍を置いてその側に座り込んだ。
「でも、オーゲンさんにはかすりもしません」
「こう見えても俺は強くてな。そこらの傭兵やら兵士やらなんかなら片手で何人でも相手してやれる。まあお前はとりあえず、とにかく一撃食らわして、相手をひるませてから逃げるくらいは出来るようになるのが目標だ」
「はい」
「逃げるなら見つからないのが一番だが、どうしてもそうは行かない時もある。それに、奇襲をかけたほうが都合がいいことも多い」
「奇襲ですか」
「そうだ、相手の数が多い場合は特にな。逃げてるだけじゃそのうち追い詰められる」
ヒスクはそれに黙ってうなずいた。
一方タマキとリシカは人気のない林の中にいた。そこでリシカは目を閉じて地面に座っていた。
「自分の力を怖がるんじゃない。落ち着いてその力をしっかりと把握するんだ」
タマキはそう言ったが、それから数秒後、リシカは息を一気に吐き出してその場に両手をついてしまった。
「どうだ?」
タマキの質問に、リシカは黙って首を横に振った。
「なにもわからないのか、例えば体の中に何か力を感じるとか、どこかにあの竜みたいな気配を感じるとか」
「それがよくわからなくて」
「痣が現れてから変わったことを注意して探ってみるんだ。あれはお前の中にいるような感じがしたからな、必ず何かあるはずだ」
「あたしの中の力」
「そうだ。一応自分で力を発動できるんだから、わからないってことはないはずなんだよ。まあいきなりそう言っても難しいのもわかるけど」
「わかるなら苦労しないけど」
「じゃあ少し練習してみるか。ちょっと待てよ」
タマキが指を鳴らすと、一枚のカードがその手の中にいきなり現れた。リシカはそれに驚いたようだったが、何も言わずカードだけを見ている。
「ほら、とりあえずこれを持ってみろ」
タマキはカードをリシカに手渡した。
「発動って言ってみろ。その感覚が役に立つかもしれない」
「発動」
リシカの言葉と同時に、カードが光って消えていった。
「自分の体の中に力が巡るのがわかるか?」
タマキの問いにリシカはうなずいた。
「何か、変な力が体に溢れてる感じがする」
「その感じだ。そうやって自分の中の力を感じ取るんだ」
リシカは目を閉じて数秒間じっとした。それから目を開けると、意外そうな表情を浮かべる。
「わかる、あたしの中にある力が。これが、あの竜?」
「初めての感覚ならたぶんそうだな。それを注意して探ってみるんだ」
リシカは再び目を閉じて、深く内省し始めた。数分後、その目が開かれた。
「なんとなくわかってきた気がする。それで、これをどうすればいいの」
「力を絞って出すようにできればいいかもな。昨日みたいなやりかたじゃ制御できないし、不安定ですぐに消える。まあ慎重に、まずはイメージだけでやってみるんだ」
「イメージと言われても」
「そうだな、雑巾でも絞るのを想像してみたらどうだ。それで指先一本ぶんだけ、力を取り出すイメージだ」
「指先一本ね」
リシカは右手を目の前で広げ、その人差し指をじっと見た。そのまま数分間経つと、その人差し指の先に黒いなにかが現れた。
「そのまま、そこで維持するんだ」
「くっ」
リシカは顔をしかめて歯を食いしばった。だが、その黒いものは数秒で消えてしまった。それからリシカは多少青い顔になって肩を落とした。
「できたじゃないか」
タマキはそう言って水筒をリシカに差し出した。リシカはそれを受け取ると、勢い良く水を飲み、大きなため息をついた。
「でもこんな程度じゃ何の役にも立たない」
「最初の一歩っていうやつだな。そのうちもっとうまくできるようになるさ」
「そのうちじゃ、駄目」
リシカは顔を下に向けてつぶやく。
「焦るのは禁物だぞ、暴走したところで俺がまた止められる保証もないんだからな。でも、いつ暴走するかはわからないから、うまく制御できるように、多少は焦らないと駄目か」
「一体どっちなの!」
「両方だ。まあ、そのためにはちゃんとした目標があったほうがいいな。何かないのか?」
「別に、何も」
リシカは顔を横に向けた。
「それじゃ、例えばヒスクのためとかか。お前にとってはずっと唯一の味方だったんだろ。あいつを守るために、そのためだけにその力を使えるようになればいい」
それを聞いたリシカは正面からタマキの顔を見た。その表情は冗談を言っているようには見えかなった。
「それで、いいの?」
「いいんだよ。リシカ、その力はお前のものなんだ。別に無理に善いことをしなくちゃいけないってわけじゃないさ、邪悪なことでなければな」
タマキの言葉に、リシカは数秒間うつむいてから、顔を上げる。そこにあったのは、何かを少しだけ決心したような、小さくとも強い芯が感じられる引き締まった顔だった。タマキはそれを見てうなずくと、一発手を叩く。
「さて、続けるぞ」
一方その頃、その町から遠く離れた上空に真紅の巨体を持つ竜の姿があった。その背中には豪奢な服を身にまとい、竜の背中にまたがる一人の若い男の姿と、それにしがみつく冴えない雰囲気がある男装をした若い女の姿がある。
「殿下、もう少しゆっくりお願いします!」
「何を言う、それでは目当てのものを逃してしまうぞ! さあ、行け! レッドバーストドラゴン!」
男の声に真紅の竜はよりいっそう速度を上げる。
「待っていろ、強敵よ!」
「殿下あああああ」




