表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/34

呪物の呪い

異能の治療師が、人の心に潜む闇を祓う現代ファンタジーです。

 お祓いが終わって目を覚ますと、隣で旦那も目を覚ましたところだった。


 しかし、この感覚は一体何なのだろう。


 まるで、生まれたての赤ん坊みたいに晴れやかな気分だ。


 いつもの目眩も、頭痛も、耳鳴りも、全ての苦痛から解放されている。


 隣を見ると、旦那も両手を見詰めながら微笑みを浮かべていた。


 何よりも不思議なのは、旦那を見ても、あの激しい憎悪に襲われないということだ。

 むしろ、その小太りな姿に愛情さえ感じてしまう。


 すると、あの治療師が声を掛けてきた。


「どんな感じですか?」


 いつもは、小声で感情を表に出さない旦那が、驚きを隠そうともせずに大声で喋り始める。


「び、びっくりしました!

僕達は、一体何をされたんですか?

まるで、生まれ変わったみたいに爽やか気分です」


 それを聞いた治療師は、微笑みを浮かべながらこう言った。


「それは良かった。

でも、治療は終わっていません」


 旦那が、「えっ!」という驚きの声を発した後に、「もう、これで充分だと思いますが…」と遠慮を口にしたが、それを聞き流した治療師がこう言ったのだ。


「僕と少し話をしましょう」


 私達が、訳も分からずに頷くと、それを確認してから治療師が話を続ける。


「これからお話することは、お二人のプライバシーに関わる問題なので、僕達は、絶対に口外しないと誓いますし、たとえそれが、社会的、道義的に問題のある内容でも、一切関知しません。よろしいでしょうか?」


 こう聞かれた私は、一瞬、躊躇いを見せたが、この治療師に、私の秘密が暴けるはずがないと高を括って、旦那と一緒に頷いた。


「日向蒼さん。

 貴方は、子供の頃、大変な苦労を経験されましたね。

 事業に失敗したお父様は、方々に多額の借金を残して自殺したので、お母様は、両親や親戚に助けを求めることもできずに、塗炭とたんの苦しみを味わいました。

 ある日、もう何も食べる物がなくなって、米櫃こめびつの隅に残った、ほんの一握りのお米で、お母様がスープみたいなお粥を作ってくれた時、貴方は…

僕は、お腹がいっぱいだからお母さんが食べればいい。

と言ったことを、覚えていますか?

 その素っ気ないけれど優しい言葉に、お母様は、涙が止まらなかったそうです。

 そして、五歳の子供を、ここまで追い込んでしまったことに深い衝撃を受け、お母様は、役所に助けを求めに行きました。

 そこから、何とか、その苦境を乗り越えることができたのです」


 私は、驚いていた。


 旦那を見ると、何度も頷きながら嗚咽を漏らしている。


 私は、旦那からも義母からも、そんな苦労話を聞いたことがなかった。


 しかし、どうして治療師はそれらの事実を知っているのだろう。


 事前に、探偵でも雇って調べたのだろうか?


 いや、そんな事にお金と時間を掛けても、彼らに何のメリットもないはずだ。


 それに気付いた時、私は、感動すると共に恐怖を感じていた。


 この治療師は紛れもなく本物なのだ。


 私達がテレビで観る偽者ではなく、本当に、穢れを祓う力を持っている。


しかし、私の驚きをよそに治療師の話は続いていた。


「その頃のトラウマから、貴方は、空腹になると当時の恐怖が蘇って、見境なく食べ物をむさぼる神経性過食症という、悲しい病に冒されてしまいます。

しかし、大学生になると専門医の治療によって完治したのに、二年前に再発してしまうのです」


 私は、その事実にもショックを受けていた。


 私は、てっきり一人っ子の我儘わがままで、食い尽くしを止められないのだと思っていたからだ。


「旦那様のご病気を、奥様はご存知でしたか?」


 私が静かに首を振ると、泣き続けていた旦那が申し訳なさそうに呟いた。


「もう完治したと思っていたんです。

それに、恥ずかしい病気なので内緒にしていました」


 旦那の告白に、「辛かったですね」と優しく頷いた治療師が話を続ける。


「発症すると記憶を無くしてしまう貴方は、自分が再発したことを知らずに過ごしていましたが、最近になって、再発したことを知りました。

それは、奥様の態度がよそよそしいことで、浮気を疑った貴方が、奥様のパソコンをチェックして、そこで、奥様がハビーデスチャンネルの利用者であると知ったからです」


 私が、ハッと顔を上げると、治療師が私の反論を目で制しながら、分かっているとばかりに優しく頷いた。


 私は、諦めてこうべを垂れてしまう。


 この人が本物の霊能者なら、既に、全ての悪事が露見している。


 今更、騒ぎ立てても始まらない。


「そして、優しい貴方は強い衝撃を受けてしまいます。

 奥様の投稿内容で、自分が、奥様やお子さんの分まで食べ尽くしていると知ったからです。

しかし、貴方は再発の原因を充分に理解していました。

 奥様は、妊娠したことを切っ掛けに、健康食に目覚めてしまい、貴方は、毎日の食事に強い不満を抱くようになったからです。

それが、再発の引き金でした。

 貴方は、自分の病気を奥様に知られることなく、再発の引き金になった食事内容を変えてもらおうと、ハビーデスチャンネルの利用者を装って、奥様に怨料理を勧めたのです」


 私は、その言葉に驚愕した。


 再び顔を上げた私は、思わず「韓流好き子…」と口走ってしまう。


 治療師と旦那が同時に頷いていた。


「あの料理は、僕が自分の病気を治すために君に勧めたんだ。

だから、君が罪の意識を感じる必要なんてないんだよ。

君は、何も悪くない。

悪いのは全て僕なんだ」


 私は、強く首を振りながら、「違う。違う。違う…」と子供みたいに何度も繰り返してしまう。


「貴方は何も悪くない。

悪いのは私なのよ。

私は、貴方のことを何も理解せずに、自分の考えを無理やり押し付けて、貴方を精神的に追い込んでしまった。

 それなのに、貴方を殺してしまおうと考えていたのよ。

 何て自分勝手なのかしら…」


 そんな私達の会話に、治療師が優しく割って入る。


「今回の件は、誰も悪くありません。

むしろ、二人の優しさが仇になったのです。

 そして、その優しさを歪めて、邪気に変えたのがハビーデスチャンネルでした。

 あのチャンネル内には、多くの人間の邪気が渦巻いています。

 強力な呪物と同じです。

悲しみ、嘆き、苦しみ、憎しみ、恨み、嫉妬…

そんな強力な邪気が、優しい人間まで取り込んでしまいました。

普通の人間は、誰も抗うことなど出来ません。

だから、誰も悪くないのです」


 その優しい言葉に、私の中にあった硬い痼りのような物が、「パン」という破裂音と共に粉々に砕け散っていた。


 そして自然に涙が吹き出してくる。


 子供を妊娠してから忙しくて、泣くことさえ忘れていたのだろう。


 私は今、四年分の涙を流している。


 旦那も隣で号泣していた。


 巫女に抱かれている莉子が、離れた場所から心配そうに見詰めているが、涙を止めることはできない。


 しかし、私は、旦那との関係が、これから新しく生まれ変わるという確信を持っていた。


 真っ暗なトンネルの中を、二人で長い間さまよってきたが、ようやく明るい場所に出てきたのだ。


 私は、旦那の手を強く握りしめていた。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ