14,終
深夜にさしかかった十一時四十五分。なかなか戻ってこないオレたちを心配して、タクシーの運転手が二人プールまで走って駆けつけてきた。
「いやぁ〜。無事で良かったですわぁ」
「なかなか戻って来ないからぁ、心配したんだよぉ〜」
その後ろから、さらに制服姿の警察官が現れた。
「この間、事件だか事故だかがあったばかりだから呼んだんだわな」
「夜に中学校に集まるなんて怪しいなと思ったんだぁ」
どうやら運転手二人組が相談して呼んだようだ。
まぁ、自首しようと思っていたから、ちょうどいい。新幹線で見かけた女性のおかげで、守子も落ちつきを取り戻しているから問題ない。女性はやえ子と名乗り、いつもと違う様子の守子を心配して来たんだとオレたちに説明してくれた。
すべてが終わった。
ホゥッと息を吐いた途端、寒さを思い出した身体は震えだし歯がカチカチ鳴りはじめる。極めつけに身体中に藻が張りつき生臭い。
「風邪、引いてしまうよぅ」
「タオルも持ってきたから拭くといいわな」
タクシーの運転手たちが毛布をかけてくれた。けど濡れた衣服に体温を奪われてしまった後では震えは、なかなか止まらないし言葉も思うように出ない。
しばらくして焦れた警察官に「状況を説明してもらえますかな?」と問われ、冷えきった身体のままオレたち四人は視線を交わし無言で頷きあう。
そして自分たちの意思で二十年前のことからすべて話した。
数日後。
様々な思惑と事件が絡んでいたから、ニュースが流れはじめると途端に大騒ぎとなった。
竜志が……兄さまが助けてくれたことだけは言えなかった。まぁ、言っても信じてはくれないだろうからね。
〉〉〉14ノ裏ノ表。ゆっくりと……
五年後、2028年三月。
オレは過去の両親からの虐待のこともあって、わりとすぐに刑務所を出ることができた。オレを育ててくれた遠縁の親族は一度も会いには来なかったが、事件のことを考えれば、それは仕方ないことかもしれない。
模範囚だった洋二もオレのすぐ後くらいに出所した。
けどやっぱり感情のまま殺人を犯した守子は難しい立場のようで今も女子刑務所から出られずにいる。竜志の命日である今日、守子に会いに行くことにした。
「久しぶりだな守子」
「本当に久しぶりね。髪の毛、伸ばしたの?」
「変かな?」
「ふふふ! 似合ってるわ。それに綺麗になったわね。恋でもした?」
「いや、恋とは言えないかもな。相手が相手だし……」
「まさか洋二と付き合いだしたとか?」
「だから付き合ってはいない!」
「まぁ、いいわ。貴女が元気そうで良かったわ」
「守子も元気で良かった」
面会室でのガラス越しの再会、和やかなのはここまでだった。
「アタシにはやえ子がいるだけで今は満足なの。だからもう会いにこないでほしい」
昏い目でオレを睨む守子。一瞬にしてピリッと空気が張りつめる。
「なぜ?」
「そんなことも分からないの? 貴女がいると竜志を思い出しちゃうからに決まってるじゃない。しかも今日は竜志の命日。なんの嫌がらせよ!」
「……嫌がらせのつもりはなかったんだが。でも、まぁ、うん。そう……か………分かった。もう会いにはこない」
「じゃあね」
「うん。さよなら守子」
部屋を出ようとドアノブに手をかけた時。
「……ごめんね。竜志にもよろしく。それから洋二と仲良くしなさいよね」
守子の小さな祈りのような言葉が聞こえてきた。すぐに振り返ったけど、守子の姿はすでに面会室にはなかった。
◇
オレが身動きとれないあいだに、竜志と両親の遺骨を、いつでも行ける範囲にある都内の霊園に移し供養してもらっていた。実はあのギョロ目のタクシー運転手が刑務所に何度も会いに来てくれたうえに、お墓のことも含め色々と手伝ってくれたのだ。
「なんでこんなに親切にしてくれるんですか? オレって貴方に対してあまりいい態度とってなかったし会ったのも三回だけでしたよね?」
あまりにも親身になってくれるから不思議に思って理由を聞いてみたことがある。すると。
「いやぁ〜。お前さんが息子にそっくりなんですわ。少し前に病で亡くなったんだけどねぇ。生意気でヤンチャそうなところがねぇ。だから放っておけなくてなぁ〜」
白髪混じりの頭をポリポリ指先でかきながら、ギョロ目を懐かしそうに細めた。ただ懐かれただけじゃない。息子への愛情からだと分かってからは来るなとは言えなくなってしまった。そして今も交流が続いてる。
◇
今日、出所後はじめてお墓にいく。途中、ホームセンターで仏花と線香を買ってバスに乗る。二十分ほどで墓地に到着した。すると墓石の前には先客がいた。
「洋二、来てくれたんだ」
「はい。忙しくても、これからもこの日だけは何があっても竜志の眠るこの場所に来るつもりです」
「ありがとう。たぶん兄さま喜んでる」
「うーん……。それはどうかな?」
まだまだ寒い三月にもかかわらず、ほわっと温かい風が通りすぎオレの腰まで伸ばした黒髪を優しく撫でるように舞い上げ、そして。
【ゴ……メンネ……カ……ナ……】
懐かしい花の香りを含んだ風は、オレの頬をソッと触れ空気に溶けていった。
「……母さま?」
「何かいいましたか?」
「少し暑いなって言っただけだ」
「今日は暖かくなるそうですからね」
コートはそのままに、マフラーをとる。もう何も気にしなくていい。喉仏を隠す必要もないし、胸もほどよく膨らみ二十年以上来なかった女性の証も定期的に来るようになった。けど急いで変わるつもりはない。最初こそは両親からの呪縛だったかもしれないが、今はこの生き方が”オレ”だと思うしすべてだからだ。
「このあとの予定は?」
「ありません。どこか美味しいモノでも食べにいきませんか?」
「じゃあ、新しくできた商業施設行ってみたい」
「いいですね」
洋二がオレの手を握って歩きだす。二人でウィンドウショッピングのあとは夜景を見に行くことになった。
街歩きも平気になった。鏡の向こう側に兄さまを見ていたからだと知った。そしてたぶん兄さまも”オレ”を見守っていただけだったんだと思うから、鏡への恐怖はいつの間にか消えいった。
これからもきっとゆっくりと時間をかけて色々な大切なモノたちが戻ってくるはず……。




