001 ◆ 水無月現象
二〇三二年六月一日。梅雨真っ盛りの火曜日、湿った夜。高校二年生となった俺、榊律は下校後、自宅で仮眠をとってから、深夜のコンビニで、ひとりレジ打ちなどのバイトに励んでいた。
深夜二時。肉まんを温めた直後、店舗の自動ドアの向こう――外灯の下に、ひとりの老人が立っているのが目に入った。こんな時間に老人がいるなんて、もしかすると徘徊しているのかもしれない。そう思い、自動ドアを開けて声をかけようと近づいた。老人は何か独り言をぶつぶつと言っていて、やはり徘徊者なのだろうと思った。
警察に連絡しようと考え、スマートフォンを取り出した。
「……あ、代わるわ」
老人がそう言ったその次の瞬間、異変が起こった。スマートフォンの電源はまだ残っていたはずなのに、まったく動作しなくなってしまった。さらに、店頭ディスプレイが消えていることに気づいた。そして、画面は謎の画像で覆い尽くされた。
この時、全世界で同時に異変が起きていた。
世界中のテレビ、PC、スマートフォンはもちろん、タイムズスクエアの巨大スクリーンやパリの街頭ビジョンなど、ありとあらゆる電子機器のディスプレイが、謎の化け物や巫女服を着た女性、あるいは「天使」と呼ばれて多くの人々がイメージするような存在で、画面いっぱいに埋め尽くされた。
スマートフォンも、その画像で覆い尽くされていた。俺はそこそこコンピュータに関するスキルがあったのですぐにわかった。
「あり得ない……」
スマートフォンは言うまでもなく通信している。しかし店頭ディスプレイは基本的にオフラインでネットワークに接続する手段がない。そこに画像を出力することなんて、どんなハッカーでも不可能な芸当だ。打つ手なし。お手上げ。
老人のいた方を振り返ったが、老人は消えていた。荒々しい気配とは裏腹に、どこか軽口を叩く余裕すらあったように思えた。
代わりにそこには「化け物」がいた。ただ、そこに立っていた。
俺は驚いて転び、尻もちをついた。声も出せない。それでも様子を確かめようと、周囲をうかがう。コンビニ店舗の明かりは消えていた。奥にオーナーがいるはずだったが、異変に気づいていないのか、周囲にほかの誰もいない。
化け物といっても、基本的には人のような形をしている。しかし明らかに人ではなく、何か鎧をまとったかのようなフォルムをしていた。額と目は青白く光り、人間でいう胸のあたりは透けているのか、そこも同じように光っている。
いちばんおかしかったのは、その化け物が何かを「使役」しているようだったことだ。龍の骨のような……そんなものが傍らに浮いている。化け物が化け物を使役している。何が何だか、ただの人間である俺にわかるはずもない。
そして。
その化け物が、静かに口を開いた。とはいっても口は動かさず、テレパシーのようなもので俺に話しかけてきた。




