53話 蕾···
ざわめきから逃げるように走り続けて
気がつけば、昨日の避難ポイントまで来ていた。
俺は近くの椅子にどさりと腰を落とす。
ノルとカイルも遅れて座り込み、肩で息をしながらテーブルに突っ伏すように肘をついた。
しばらく荒い呼吸だけが続く。
そして、
「……どういうこと?!」
呼吸を詰まらせるように、ノルが顔を上げると、まっすぐ俺を睨んでくる。
「どういうことって、何がだ?」
ノルの質問の意図が読めずに聞き返した。
「全部だよ!! 今見たこと全部!!」
「ルイの能力って、物を元に戻したり、坑道を補強したりするやつじゃなかったの?!」
「なのに……!」
言葉が追いつかないのか、息を荒げながら続ける。
「人の腕が……枯れ木みたいに……」
思い出したのか、ノルの肩が小さく震えた。
「それに! あなたの腕も!!」
「さっき、あんなに酷い火傷を負ったのに……一瞬で治ったよね?!」
「服まで一緒に……!」
口にするほど、その異常さを再認識していく様に、ノルの顔から血の気が引いていった。
「私が聞いたことある時間魔法って……こんなんじゃない……」
(へぇ……)
俺は内心で少し感心する。
この街、王都との行き来が多いだけあって、ノルでも時間魔法の話を知ってるのか。
「何を聞いたんだ?」
そう尋ねると、ノルは少し迷ってから口を開いた。
「王都に時間を……止めることができる魔法師がいるって……」
(時間停止……!)
思わず目が輝く。
(それ、めちゃくちゃ便利そうだな)
「"いるなら"中枢の中でも最上位クラスの役職ですよ」
横から、カイルが息を整えながら口を挟む。
「最上位? すげぇな」
「えぇ。まことしやかに囁かれているような噂話です。本当かどうかは……」
少し間を置いて、カイルは続けた。
「ですが、もし本当なら──最上位も当然です」
「たとえ一分でも時間を止められるなら、暗殺の成功率は飛躍的に上がる」
(こいつ、わりと物騒なことサラッと言うな……)
「機密情報だって、容易に盗み見ることができるでしょう」
「そういう能力のある者を国が抱えている。そんな噂が流れるだけでも政敵は疑心暗鬼に陥る心理効果がある。裏切り者のあぶり出しには効果的です」
「……もっとも、命の代償を伴う以上、そう簡単に使えるものではないでしょうが」
そして、カイルはぐっと身を乗り出した。
目が完全に“研究者”のそれになっている。
「それよりも─」
「僕が知りたいのは、ルイさん。あなたの能力です」
来たよ。
めんどくさい流れ。
「さっきの魔法はどういう原理なんですか?!」
「時間魔法ですよね?! でも、治癒魔法のようにも見えました!」
「それに、あれだけのことをして、なぜあなたは平然と動いていられるのですか?!」
止まらない。
完全にスイッチ入ってる。
(……こいつ、絶対記者とか向いてるだろ)
質問の圧に、俺のやる気はみるみる削られていく。
「あーもういいだろ」
面倒になって、ぶった切る。
「俺の寿命はお前らの想像を軽く超えるくらい長い」
「で、全部時間魔法だ。以上」
雑にまとめた。──そう言って話を切り上げた俺は、そのまま椅子から立ち上がる。
これ以上、ここで立ち止まって話してても時間の無駄だ。
「行くぞ」
短くそれだけ言って、視線を坑道の方へ向けた。
昨日の雨の影響がまだ色濃く残っている。
地面は水を含んでぬかるみ、踏み出すたびに
ぐちゃり、と嫌な音が足元から返ってくる。
靴の裏にまとわりつく泥。
重くなる足取り。
空気も湿っていて、どこか生ぬるい。
(……最悪のコンディションだな)
そんなことを思いながら、俺はそのまま歩みを進める。
背後で椅子が軋む音がした。
振り返らなくてもわかる。
ノルが立ち上がり、小走りに追ってくる気配。
ちらっと横目で確認すると、ノルは静かな顔をしていた。
さっきまで取り乱していたのが嘘みたいに、感情の波が引いている。
(……ああ、なるほど)
シルの“常識を捨てろ”という言葉に習ったんだな。
考えるのをやめたその表情は穏やかだ。
あいつなりの対処法を、そのまま真似たんだろう。
今のノルにとっては、それが一番だ。
こいつの目的は俺の能力の異常さを解明することじゃない。
鉱脈を一刻も早く見つける事だ。
問題なのはもう一人。
背後から足音が早まる。
「ルイさん!」
そう言って、横に並んだのはカイルだ。
しっかりと歩幅を合わせてきやがった。
(来るとは思ったが···)
横目で見ると、案の定、目が輝いてる。
完全にスイッチ入ったままの顔だ。
「さっきの話の続きなんですが···」
ほら来た。
「治癒魔法ではなく、時間魔法で肉体の状態を巻き戻していると仮定した場合、損傷部位の構造や人体の理解がなければ修復の説明がつきません」
「局所的な時間操作なのか、それとも対象そのものの時間軸に干渉しているのか···」
歩きながら、止まらない。
ぬかるみに足を取られそうになりながらも、足場の悪さなどまったく気にしてない様子で喋り続ける。
「それに、生体と無機物を同時に修復していた点も不可解です」
身振り手振りを加えて大袈裟に話す。
「通常の魔法であれば干渉領域に指定範囲が─、いや、そもそもルイさんは通常の魔法原則に当てはまっていない···」
(……元気だな、おい)
さっきまで息切らしてたやつとは思えない。
むしろ今の方が活力に満ちてる。
面倒くささに、思わず小さく息を吐いた。
「……なあカイル」
「はい!」
「足元見ろ。転ぶぞ」
「あ!」
言った瞬間、
ぐちゃっ、と派手な音。
「うわっ……!」
案の定、足を滑らせかけて体勢を崩す。
なんとか持ち直したが、ズボンの裾が泥で汚れた。
「……」
「……すみません」
ちょっとだけしょぼくれた声。
「それで、話の続きなんですが──」
全然懲りてない。
(まるで、水を得た魚だ)
「教えてください!」
まったく止まらない。
「昨夜、シルさんが言っていましたよね!」
「人の寿命や能力がわかると!」
「時間魔法とは、かけ離れた能力です。どうやってわかるんですか?! 自分の寿命も見えるってことですよね?!」
「魔法とは違い第六感のようなものなのでしょうか?」
(あーもう……)
完全に食いつかれた。俺はカイルの研究家としてのトリガーを引いてしまった。
放っておいたら永遠にこの調子で横で質問攻撃をされる気がしてきた。
「どうやって、って言われてもな……」
俺は軽く頭をかく。
「わかるもんは、わかるんだよ」
そして、少しだけ視線を上げて言った。
「カイル・ゼルフィナード」
ビクリと、カイルの身体が反応する。
教えた覚えのない名前を当てられ、その目を見開いていた。
「お前の情報も見えてる」
「能力は“魔手”だろ?」
その一言で、カイルの足が完全に止まった。
「……能力……?」
ぽつり、小さく呟く。
俺も足を止め、カイルを振り返る。
「ああ。“魔手(蕾)”ってやつだ」
(気になってたんだよな、これ)
「何かの……間違いでは……」
眉をハの字に下げ、弱々しい声で言う。
その違和感に、俺は眉をひそめ首を傾げた。
俺の疑問に答えるようにカイルが続ける。
「僕は……"能力なし"です」
「あるだろ。ちゃんとスキルに...」
そこまで言いかけて、気づいた。
(……蕾)
その単語が、頭の中で引っかかる。
(もしかして開花前ってことか?)
だから特徴にも、魔法効果らしき記載がなかったのか!
「……なるほどな」
カイルは眉をハの字に下げたままこちらを見ている。
俺はその顔に向けて
「お前には能力がある。まだ蕾で開花してないだけだ」
当然のように伝え歩き出す。
(遅かれ早かれそのうち開花すんだろ)
カイルは先ほどまでの興奮はなく、その場で立ち止まり手を胸に当てたまま俺の言葉を受け止めている。その後すぐに、慌ててノルの後ろをついて歩いた。
前方には口をぱっくりと開き、俺たちを待ち構えるかのように不気味に佇む坑道の入り口が見えてくる。
「ノル」
俺が声をかけると、ノルは頷く。
ぬかるみのない開けた場所を見つけると、その場で道具を並べ準備を始める。
俺とカイルはダグから受け取ったリュックからテントらしき物に手をかけ広げる。
宿屋に帰る事は想定していない。だからここで拠点を作ることにした。




