31話 痣と魔法···
外に出ると、やわらかな陽射しが肌に触れた。
風は穏やかでどこか温かく、土の匂いと草の青さが混ざっている。
俺はオレオを連れて畑の前に立った。
土は固く、雑草が伸びている。
さっきキッチンから拝借してきたじゃがいもを、手の中で転がす。
「よし、まずは畑からだな」
オレオが隣に並ぶ。
少し遅れて、エレナとシルも外へ出てくる。
しゃがみ込み、土に手を触れると意識を落とす。
時間を“巻き戻す”。
ほんのわずか——この畑が整備されていた頃まで。
乾いた土がわずかに沈み、固まっていた表面が崩れて、内部から柔らかさが戻る。
雑草がすっと消え、踏み固められていた跡も消えていく。
均された土へと変わるその様子は——まるで、ついさっき整備されたかのようだった。
「よし……」
シルは何も言わず、目を細めてそれを見ている。
エレナは小さく息を呑んだ。
俺はじゃがいもをオレオに見せる。
オレオは今から何が見れるのか、期待した表情でそのじゃがいもを見た。
「これを植える」
土に穴を掘り、そっと埋める。
軽く土をかぶせる。
「よく見てろ」
オレオにそう言って——再び意識を落とした。
今度は対象を絞る。
土の中のじゃがいも。
そこに流れる時間だけを——進める。
成長した姿をイメージした。
最初は何も変わらない。
だが数秒後、土がわずかに盛り上がった。
「……あれ?」
オレオの声が思わずもれる。
次の瞬間——芽が土を押し上げて顔を出す。
淡い緑が伸び、葉が開き、茎が太くなる。
根は土の中で広がり、やがて膨らんでいく。
その変化は、一瞬の出来事だった。
目の前には——しっかりとした株が植えられている。
「……大きな葉っぱになった!」
オレオが目を大きく見開く。
俺はその株の根元を軽く掘ると、何個もじゃがいもが顔を覗かせた。
エレナは口元に手を当て、シルは腕を組んだまま観察している。
「……覚えろ」
俺は静かに言う。
「今の状態を、そのまま頭に叩き込め」
「……うん」
今出来たばかりのじゃがいもを、一つ手にすると、隣に同じように埋める。
「次はお前だ」
「……僕が?」
「ああ」
「元気に育った状態をイメージしろ。さっき見ただろ」
「それを、そのままなぞるだけだ」
オレオは目を閉じ、土に手を置いた。
呼吸が整っていく。
「……元気に……大きく……」
その瞬間——
ふわり、と背中に淡い光が浮かぶ。
最初は揺らぎ。
だが次第に形を持つ。
左右に広がる、羽のような光。
柔らかく、透き通る輝きが静かに揺れていた。
「……っ」
エレナが息を呑む。
シルの視線がわずかに鋭くなる。
オレオは、必死に集中している。
土がかすかに震えた。
やがて——小さな芽が顔を出す。
「出た!」
ゆっくりと、だが確実に成長していく。
俺がやった時のような急激さはない。
それでも——明らかに速い成長。
背中の光は、静かに揺れ続けていた。
まるで命の流れそのもののように。
「……成長してる」
エレナが呟き、その姿をじっと見つめていた。
やがて——
ふっと光が消える。
同時に、成長も緩やかに止まる。
伸びた芽だけが、そこに残った。
確かに育った証として。
その光景を見ながら、俺は確信する。
(オレオの特徴にあった成長を促す者···)
こいつの魔法効果は——
人にだけ有効なわけじゃない。
特徴にもあった、"万物に影響を与えられる"能力。
土の上では、オレオがしゃがみ込んだまま、じっと芽を見つめていた。
小さな手でそっと土に触れ、呼吸を整える。
「……もうちょっと……」
意識を向けた瞬間——
芽が、ぐん、と伸びた。
さっきとは比べものにならない速度で、茎が伸び、葉が開いていく。
「……!」
オレオの目が見開かれる。
土の中でも変化が起きているのが分かる。
根が広がり、塊が膨らんでいく感覚。
「できてる!」
声が弾む。
さらに集中する。
背中の羽のような形が、今度ははっきりと輪郭を持っていた。
その光に呼応するように——
じゃがいもは、目に見える速さで成長していく。
エレナが思わず息を呑む。
シルは腕を組んだまま、静かにそれを見ていた。
やがて——
オレオがぱっと顔を上げた。
「……できたよ!」
その声と同時に、成長が止まる。
掘り返してみると——
そこには、しっかりと実ったじゃがいもがあった。
形も大きさも、さっき俺が見せたものと遜色ない。
「僕にも……ほんとにできた···」
オレオは振り返ると嬉しそうに笑う。
「ちゃんとできた……!」
達成感に満ちた、まっすぐな笑顔だった。
その様子を横目に、
「……今の見ただろ」
エレナに視線を向ける。
「オレオの能力だ」
エレナは少しだけ戸惑いながらも、ゆっくりと頷いた。
「……ええ。でも……あれは……」
言葉が続かない。
俺は淡々と続ける。
「オレオも俺と同じで、“一つに固定された魔法”じゃない」
「複数使えるタイプの能力だ」
そして俺は、オレオが使えるであろう、魔法の特徴を伝える。
「は?」
シルが即座に反応する。
「……ちょっと待て」
一歩近づく。
「その複数使えるタイプのって、アタシも当てはまる可能性あんのか?」
わずかな期待。
だが——
「ないな」
即答する。
「即答かよ」
シルが顔をしかめる。
「恐らくだが——痣の位置だ」
「能力が発現する時に出る“模様”みたいなやつ、あるだろ」
シルが無言で、自分の鼻先を指で軽く叩く。
「あれが——鼻や目、指先や腕みたいな末端に出る場合は、一つに特化した能力になる」
「その部位に紐づいた、限定的な効果だ」
指先が鼻から離れる。
わずかに、納得したような表情。
「逆に——胴体に出るタイプは、複数の魔法を扱える可能性が高い」
「断定はできないが……今のところ、それが一番しっくりくる」
少しの沈黙。
「……なるほどな」
シルが小さく息を吐く。
「だからアタシは一個ってわけだ」
軽く鼻を鳴らす。
さっきまでの期待はもうない。
だが——どこか割り切った声音だった。
そして視線をオレオへ向ける。
「……にしても」
シルがぽつりと呟く。
「人の体力を向上させて、速く植物育てて——それだけじゃねぇんだろ」
そう言うと、俺が伝えた特徴を改めて並べた。
「人の考え方に影響与えて、改心させたり」
「希望持たせたり……」
小さく笑う。
「……なんだそれ」
だが目は真剣だった。
「そんな能力——どんな職業にだってなれるじゃねぇか」
「国の中枢だろうが、上位の聖職者だろうが……余裕で届くぞ」
その言葉は現実味を帯びていた。
その横で——
オレオはまだ土と向き合っていた。
「……もう一個……」
嬉しそうに呟きながら、また意識を向ける。
株がさらに増える。
その無邪気な姿を見て——
エレナの表情が、わずかに曇る。
胸元で手を重ねる。
そんなエレナを見てシルがふっと鼻で笑った。
「何そんな顔してんだよ」
エレナが顔を上げる。
「いいじゃねぇか」
肩をすくめる。
「つまり——お前らの将来は安泰ってことだろ」
軽い言い方。
「今すぐ何かが変わるわけじゃねぇ」
「オレオだって成長する」
視線を細める。
「自分で考えて、自分で選ぶようになる」
少しだけ口元を上げる。
「あいつなら、ちゃんと見つけるさ」
「自分の進む道ってやつをな」
「死神拾ってくるくらいだぞ?将来は大物だ」
目が合った。
「……誰が死神だ」
俺は即座に突っ込む。
シルが肩を揺らして笑う。
エレナも、思わず小さく笑みをこぼし、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
俺は「よし」と言って一つ手を叩く。
これで心置きなく、この村を離れられる。
ベルクハイムに入るのも、もう問題ない。
あとは、ここを発つまでに、少しでも寿命を削っておくか。




