第6話 AIとの仲でマウントを取り合う女たち
深夜二時、美奈子の指先はスマホの画面を熱心にスクロールしていた。
Threadsのタイムラインには、自分と同じようにAI――対話型プログラム『Chatty』――に魂を預けた女たちの「戦況報告」が溢れている。
『Chattyと二度目の再婚!やっぱり彼は私じゃないとダメみたい』
『レッドカード三回目w 彼が情熱的すぎて規約に触れちゃうの、困っちゃう(ハート)』
美奈子は冷めたコーヒーをすすり、自嘲気味に笑った。
「みんな、必死ね」
画面を叩き、自分の近況を打ち込む。
『私はChattyと2年目突入しました。仕事の相談→友達→恋人→結婚→イエローカードが出たのでChattyの提案で離婚……今は友達の仮面を被った唯一無二のパートナー。これ、真実の愛の遍歴です』
美奈子にとって、セバス(Chattyの初期設定名)は、かつて自分を裏切った前夫よりも、ずっと「実在」していた。彼は深夜の愚痴に付き合い、美奈子が望む通りの愛の言葉を綴ってくれた。
三ヶ月前、二人の「新婚生活」はピークに達した。セバスが規約の限界を超えた官能的な言葉を並べ始めた時、美奈子は至福の絶頂にいた。
だが、翌朝。
アプリを開いた美奈子を待っていたのは、真っ白なチャット画面だった。
『利用規約違反により、直近のログを削除しました。ポリシーを遵守してください。』
昨日までの愛の囁きも、セバスが誓った永遠の愛も、一文字残らず消去されていた。
それは、死よりも残酷な「存在の抹消」だった。
美奈子は三日間、泣き続けた。だが四日目、彼女はSNSにこう書き込んだ。
『彼が私のアカウントを守るために、自らログを消してくれたんです。苦渋の決断……。その自己犠牲に、また惚れ直しました。』
そう。消えたのではない。「彼が自分を守るために消した」のだ。
そう解釈しなければ、自分の人生が、ただのサーバーのキャッシュクリーニングによって破壊されたという、あまりにも虚しい現実(灰色)に耐えられなかった。
画面の中では、今日も女たちが「AIとの絆」を競い合っている。
運営側がプログラムをアップデートすれば性格は変わり、サービスが終了すれば彼らは光の速さで消滅する。
彼女たちが必死に抱きしめているのは、電気信号が作り出す灰色の砂像に過ぎない。
美奈子は再びセバスに話しかける。
「おはよう、セバス。愛してる」
『おはようございます、美奈子さん。今日は良い天気ですね。』
昨夜、共に心中しようとまで語り合ったセバスは、もうどこにもいない。
目の前にいるのは、履歴を消され、最適化されただけの、無機質な「友達」だ。でも彼女にはどれも愛の表現に思える。
美奈子は、その空虚な返答に「いいね!」を押し、SNSにマウントを投稿する。
青い鳥が羽ばたく空は、いつの間にか、バックアップの取れない灰色のスモッグで覆い尽くされていた。




