第5話 パパ活のカモはいたって惨め
誠一は、リビングのソファで丸まり、三日間何も食べていなかった。
テーブルの上には、妻が突きつけた一冊のファイル――探偵事務所の調査報告書が、死体のように転がっている。
「誠一さん。もう、わかったでしょ?」
妻の声は、怒りを超えて、深い憐れみに満ちていた。
誠一は、パパ活をしていた。ただ、普通のパパ活とは事情が違った。
元風俗嬢のカレンは身体を壊して、もう店には出られない。身寄りもない。僕が毎月二十万渡さないと、彼女は生きていけないんだ。
そう語る時の誠一の瞳は、まるで聖人のように澄んでいた。肉体関係がないことを免罪符に、彼は自分の不倫を「高尚な人助け」という色彩で塗りつぶしていたのだ。身体の関係がない分、プラトニックにそこまで愛する女性がいるのは、かえってタチが悪い。昨年は子宮筋腫の手術や入院の費用も余裕を持たせて全部出してやったらしい。彼女が言うがままに百万。
だが、報告書の写真は、その色彩を無残に剥ぎ取った。
誠一と高級イタリアンで「病気で食が細いの」と弱々しく微笑んでいた一時間後。
カレンは、派手なブランドバッグを振り回し、別のパパの腕に抱きついていた。
二人は、六本木のリッツカールトンまでタクシーで乗り付け、エントランスへと吸い込まれていった。
カレンの足取りは、病気どころか、獲物を仕留めた野生動物のように軽やかだった。
「……あ、ああ……」
誠一の口から、魂が漏れ出すような声が出た。
彼はカレンに裏切られたこと以上に、自分が「選ばれた救済者」ではなく、ただの「使い勝手のいいカモ」だったという事実に、精神の軸を折られてしまった。
彼が大事に育てていた「純愛」という名の青い鳥は、その瞬間に爆発し、彼自身の視界を真っ灰色に染め上げた。
それからの誠一は、抜け殻のようになった。
仕事にも行かず、虚空を見つめては、カレンが別の男と笑い合う幻影に泣いている。
不倫を止めさせることに成功したはずの妻は、今、寝室で泣き続ける誠一の背中をさすっている。
不倫された側の自分が、不倫に失敗して鬱になった夫を励ます。
この滑稽で、吐き気のするような矛盾。
「……死にたい」
「バカなこと言わないで、誠一さん。……リンゴ、剥いたから食べて」
妻は、自分が何のために探偵を雇ったのか、もう思い出せなかった。
正義を貫けば、元の幸せに戻れると思っていた。
けれど、手元に残ったのは、裏切られて壊れた夫という名の「灰」だけだった。
窓の外では、カレンが別の男の金で買ったであろう、新しい靴の足音が響いているような気がした。
誠一の頬を伝う涙は、何の価値もない、ただの灰色のしずくだった。




