別離
翌日。私は日常を取り戻した。
定時の起床に、共同食堂にて日替わり定食の食事。それが済むと分析室のデスクへいく。刺激的な日々が嘘のようにおもえた。
仕事の合間に、ぼんやりと考えてしまう。
この日常がずっと続くのだろうか。
私の夢はほとんど叶ってしまった。
海を戻し、光を与えた。あとはピアートの生まれ変わった姿を見ればいいだけである。
ここでは一日が1年になるので、現地の復興を待つだけである。それが何日後になるか、想像したところでわからなかった。
仕事の合間にミレイヤさんに呼ばれた。以前のような敵愾心はなく、血の繋がらない姉のように感じている。人工太陽計画の成功と、ピアートからの帰り道でお茶会などをよくやったからかもしれない。
「失礼しまーす」
ミレイヤさんのオフィス兼寝室に入ると、ノート型の端末にキーボードで何かを打っていた。彼女はモニターから顔を上げると、一瞬、唇をへの字に曲げた。
「なんでポニーテールなの?」
「いえ、あ、そのイメチェンです。ずっと同じ髪型だと飽きるので」
嘘だった。もしかしたらミュートさん会うかもしれないので、週に1,2回はこの髪型にしている。
「ふーん」ミレイヤさんの眼鏡の奥が訝しんだ。「研究ばっかりで外見は気にしないって聞いたけど……。まぁいいわ」
内心胸を撫でおろした。これ以上言及されたら、今度こそ死んでしまう。
「要件ってなんでしょうか?」
「液体コアによる人工太陽だけど安定したみたい。これで恒久的に光を当てられるそうよ」
「さすがです!」
浮かれる私に、ミレイヤさんは一瞬顔をしかめた。
へ? なんか気に障ることいったかな?
「正直、ピアートはここから大変になるわ。そこで一つ訊くけど、あなたは民衆をどうおもう?」
「はい?」
「国家って意味よ。惑星で自給自足ができれば人口は増えるし、人が増えれば組織やシステムができあがる。君主制か大統領制か知らないけど、リーダーが誕生して、平和的かつ生活を豊かにするために政治が発生するのよ」
国の成り立ちについて先生にも教わったな。
「それって私に関係あるんですか?」
「当たり前でしょ、あなたが始めた物語なんだから」
そんなバカな!
「私はそろーっと顔を覗いて少しお手伝いしただけです。あとはケインさんやナグ君が――あ、ケインさんはもういないんだっけ――とにかく現地の人が幸せになってくれたらそれでいいですよ」
ミレイヤさんは額に手を当てて嘆息した。呆れたとでもいいたけだ。
「いい。幸せの価値は十人十色なのよ。より豊かになりたい人もいれば、人並みに暮らしたい人だっている。そのためには税金を徴収して分配する必要があるし、富や権力の大きい人たちが、身分の低い人間を虐げるわけにはいかないの。あなたはその地獄の釜を開けたのよ」
「そ、そんな酷い言い方……」
私が悪いことをしたみたいじゃないか。
茫然とする私に、ミレイヤさんは疲れたように笑った。
「ごめん、悪気があっていったわけじゃないの。でも、そういう側面があるってことは認識してほしかったから」
私は胸の前で腕を組んだ。
「私はどうすればいいんですか?」
「あなたが興味なければ、現地に任せればいいんじゃない? まぁ、ここを引退して普通に暮らしたければ、ピアートに土地と一軒家くらいはもらえるわよ。それくらいのことはしたんだから」
「うーん……」
まるで想像できなかった。
そもそも、私はトネリコで残り1年の刑期がある。いきなり土地と家を渡されても、生き方なんて決めてなかった。
「ねぇ、ミレイヤさん、みんなどうやって将来を決めているんですか?」
「それは全人類の命題よ。ツクモは優秀な科学者の遺伝子を持つデザイナーベイビーだけど、その才能を伸ばす生き方をしたら、自ずと未来が定まってくるわ」
「SEED……どっかのロボットアニメみたいですね」
こういうセリフがでてくるというのは、彼に感化されたかもしれない。
「茶化さないの。まぁ、誰かが自分の生き方を決めてくれるのは楽よ。このトネリコだって組織だし、それぞれの妖精にロールを与えられている。だからみんな自己肯定感をもっているわ。そもそも、決断するってのは覚悟が必要なのよ。ツクモは子どもだからわからないだろうけど」
考えもしなかった。
私が政府に従わずにここをでていったのは、先生のいうとおり反抗期だったからなのか。
――だけど、ミュートさんはどこかの軍からブラックホールへ自分で選んできた。
ミレイヤさんも。
私は、私の生き方を考えなきゃいけないときが来ているのかもしれない。
深刻そうに俯いていると、ミレイヤさんが手を叩いた。
「休憩終わり! 政治のことは私がやっとくからツクモは業務に戻りなさい」
「はーい」
一礼して踵を返す。
悩んだところですぐに答えがでるわけでもなさそうだ。
「ツクモ」
不意にミレイヤさんから呼び止められて足を止める。私は振り返ると、
「なんでしょう?」
「……あとのこと頼んだわよ」
微笑むミレイヤさんに、私は首を傾げるのだった。
一か月が経過したある日のことだった。
私宛の電子メールを確認するなり、業務を放り出して駆け出した。
みんなは仕事に集中しているのか、廊下に人気はなく、息を切らしながら最短距離で走っていた。
目的の場所につくと、ドアの前にある生態認証に手をかざすとドアがゆっくりと開く。隙間から身体をめり込ませて、オフィス兼寝室に入った。
ミレイヤさんはテーブルにドラムバッグを置いて、衣類や化粧品を詰めているところだった。
「行っちゃうんですか!」
私の発言に、ミレイヤさんは顔をあげた。
「もうメールみたの。随分早いのね」
「なに暢気なこといってるんですか! 私、何も聞いてないですよ!」
ミレイヤさんは大人の余裕そうに苦笑する。
「しょうがないわよ、ナグ君から要請があったんだから」
彼女からの連絡は、宇宙政府の代表としてピアートに向かうという内容だった。
『先に行ってごめん』と謝っていたけど、そういう問題じゃない。
私は感情の高まりが収まらずに声を荒げた。
「べつに宇宙の揉め事ならミレイヤさんじゃなくてもいいじゃないですか」
彼女は真顔で眼鏡を掛けなおすと、
「そういうわけにもいかないのよ。衛星オーリスの管理は宇宙政府だけど、現地民はそれを快くおもっていないの。自分たちでもできるって。けど、マントル内の舗装業務や、液体コアのエネルギーを屈折させる斜角レンズは、宇宙政府の技術なしでは無理なのよ。私は人工太陽創設のメンバーだったから、矢面に立てば彼らの留飲も下がるわ」
たしかに、頭脳明晰なミレイヤさんが現場にいけば順次解決するだろう。
この基地でも、一瞬にしてフェアリーズの信頼を得ている。ミレイヤさんがピアートにいけば百人力だ。
でも……。
「ミレイヤさんは人類の進化を見届けるためにトネリコへ来たじゃないですか。わざわざ過去を捨てたのに。その夢を諦めていいんですか」
彼女はウェーブのかかった後ろ髪を撫でて、腰に手を置いた。
「私は公僕よ。己の欲望より宇宙を守る義務がある。それにあなたの片棒を担いちゃったし、その責任はとる必要があるわ」
ぐぬぬ。また私が反論しづらいことを。
正直、私はミレイヤさんがそばにいてほしかった。
最初の頃はいざこざがあったけど、私の夢のために協力してくれて、一緒に成功を喜んだ。いまや仲間なんだ。その人と離れるなんてすごく嫌だ。
私も一緒に行きたかったけど、任期が残っている。
だけど――それまでにミレイヤさんが戻ってこなかったら? きょうが今生の別れになってしまう。
「嫌だよ!行かないで!」
やっと外宇宙の人と親しくなれたっているのに。こんなにあっさりといなくなるなんて。
気づいたら足が動いていて、ミレイヤさんに抱き着いた。
大きな胸に顔をうずめて泣き出してしまう。
そんな私をあやすかのように、ミレイヤさんの手が頭にのって撫でられた。
「心配しないの。2,3日後には戻ってくるわ」
嘘だ……。そんな保証どこにもないのに。
ミレイヤさんは私の両肩に手を置いて、まっすぐな瞳を向けた。
「私がいなくてもツクモは立派にやっていけるわ」
やっぱり……。彼女も覚悟しているんだ。
「どうしても行くんですか?」
「そうよ。私はあなたと違って大人だから」
ミレイヤさんは私の顎に手を顔をあげさせると、目頭の涙を拭いた。
「でも、ツクモはありのままでいなさいな」
「なんで?」
「宇宙にそういう子がいるほうが面白いでしょ」
答えになってないよ……。
また泣き出したかったけど、ミレイヤさんの優しい眼差しに涙がひっこんだ。
「ほら、早く準備を終わらせなきゃ。時間のロスはツクモがよくわかってるでしょ」
力強く頷くと、また頭をぽんぽんと触られた。
それでまた私の涙腺は崩壊した。
三〇分後、私たちフェアリーズは格納庫へ集合した。
指揮官であるミレイヤさんの見送りだった。
ツーカ隊長が謝辞を読み上げた後、懇意にしていたフェアリーが近寄って握手を交わした。何人かの男性は告白もした。男女ともに人気なのは間違いなかった。
出発の寸前、ミレイヤさんはある人を呼びつけた。
けだるそうに近づく私の相棒に、ミレイヤさんは微笑んだ。
「彼女のこと、頼んだわよ」
そのミュートさんは無言で肩をすくめた。
最後までその調子か!
ミレイヤさんが宇宙船のスロープをのぼって船内に入ると、私たちはすぐに格納庫を離れた。デッキの入口が開いて酸素が外へ流出するだろう。
残る側の気持ちってこういうことか。
小型端末で格納庫の様子をみると、政府専用の宇宙船が黒い渦の中へ飛び出した。デッキの入口が閉まり、酸素の流出が止むと、格納庫の上部にある危険信号が解除された。
ミレイヤさんはあっという間に消えた。
基地内はいっときの寂寥感があっただけど、業務にもどるうちにみんな平常へ戻っていった。ここでは与えられた任務がすべてなのだ。
私は仕事に没頭することで悲しみを紛らわせた。
――それから2,3日が経過した。
ミレイヤさんは帰ってこなかった。
淡い期待が沈んでいき、1週間後には諦念が支配した。
もう会うことはない。そう覚悟して日々の業務にあたった。
その後、2か月ほどが経過したものの、とうとうミレイヤさんは帰らなかった。
向こうの時間ではおよそ60年。長生きしていたとしても、よぼよぼのおばあちゃんになっている。ブラックホールまでくることは不可能だ。
私は、ウラシマ効果の残酷さを初めて思い知った。
人生からもっとも遠いところにいる場所。それが私たちフェアリーズだった。




