過去
リツキさんが戻ってきた!?
慌ててまた隠れると、コツコツとヒールの足音が聞こえてきた。
足音がちがう……。
偵察機の隙間から覗いていると、豊かな胸が上下に揺れ、スカートのヒップラインが見えた。スクエア型のレンズの奥から、一瞬、強い眼光が重なった。
目が合った?
いや、気のせいかもしれない。意に介さず、まっすぐ向かっている。
――っていうか、また盗み聞きするのか。
足音が止むと格納庫に声が響いた。
「トネリコの位置情報からここに来たわ。そしたら、リツキさんとすれ違ったのだけど……。タイミングが悪かったかしら?」
相変わらず返事がない。
衣服の擦れる音が聞こえる。なにか仕草をしたんだろうか。
「もしかしてひめゴト? この唐変木に恋焦がれるなんてどうかしてるわ」
まったくその通りです。
「まぁ、彼女たちフェアリーの性分もわからないでもないけど。それについてはあなたも理解しているんじゃない?」
ミレイヤさんは独り言のように話を続ける。
うぅ、ミュートさんの反応がすごく気になる。
「フェアリーは大なり小なり、自分を異端、あるいは人間でないと感じている。だから先輩のあなたを兄のように慕うのは仕方ないのよ。それはあなたもわかっているんじゃない?」
返事はない。
スパイダー型AIがカタカタと動いている音が聞こえた。
「ねぇ、本当のことをいっていいんじゃない? あなたは外から来た人間だって」
「!」
一瞬、物音をたてそうになった。
嘘、なんで、フェアリーじゃないの?
答えない。否定しない。いつもの彼だけど。だからこそ私は肯定と受け取ってしまう。
フェアリーの呼称は、番号にもじった名を自分でつけている。99番だからツクモっていうふうに、私はいうようにしたんだ。
ミュートさんは無口だからミュートだとおもっていた。
でも、実際はちがっていた。番号が元からないから、名乗っていたのか。
おもえば、はじめてトネリコを脱出したときトライズを0番機といった。あれは管理している探査機とは別に、私物だから番外なのだと勘違いしていた。
実際は、名無し【ゼロ】で合っているのだ。
「BHFP――ブラックホールフロンティア計画が始まったとき、ノルン以外に、試験運用のため実在の人間を送り込まなければならなかった。選定していたとき、軍の管理下であなたを見つけたわ。親を知らず半ば実験で生まれたゆえに、最適だと政府は判断した。それで勧誘して、ここに来たのではなくて?」
ミュートさんは相変わらず答えない。
「あなた自身、自分の生まれを苦しんでトネリコに答えを探しにきたみたいだけど、ここはあなたのヤドリギではなかったの?」
頭の整理がつかないまま話が進んでいる。
ミュートさんがNo.10なのは嘘なのか。
だとしたら、ツーカ隊長より年上ってこと?? たしかにツーカ隊長より老けているとおもったけど。
嘆息した低い声が聞こえる。
「深海にいって少し変わった……」
「へぇ」
意味深に相槌を打つミレイヤさん。
まるで動じていなかった。すべて知っていたのか。査察官だから事前に調べていたのか。
「あなたの半生には同情するけど、看過できない立場であることも理解してね。次に身勝手な行動をすれば殺されてもおかしくないわよ」
ふん、と否定するように鼻を鳴らす声。
――そこからは無我夢中だった。
「なんで!」
気づけば身体が動いた。飛び出した私は興奮で息が苦しくなる。
「なんで――」
黙っていたの?
無茶をするの?
声に出そうとした途端、こちらを見て微笑むミレイヤさんが映った。
はめられた!
彼女は端末で私がいることを把握していた。目が合ったのもそうだ。わかった上でミュートさんの過去を暴露したのだ。
くそ、バカだ。こんなのに引っかかるなんて。
「悪いわね、ツクモちゃん。私は穏便にすませたいの。あなたが彼を縛ってくれれば、政府の心配は減る。先の大戦で首脳部は慎重すぎているからね」
ミレイヤさんが、いつの間にか手にしていた指し棒を短くする。
「ミュートくん、彼女を大事にしたいなら無茶をしないことね。彼女の任期が過ぎればあとは自由にしていいわ。それほど大した時間ではないでしょ」
そう告げると、私にウィンクして格納庫を後にする。
「え……あ……」
何か話そうとしたけど言葉がでなかった。
ミュートさんも罰が悪そうに視線を合わそうとしない。
「その……ごめんなさい!」
力いっぱい頭を下げた後、一目散に逃げた。隠れていたことを咎められるのが怖かった。
嫌われたらどうしよう。
そしたらミュートさんの船に乗れない。私一人でピアートに行かなきゃならない。ミュートさんを巻き込んだから政府に目をつけられている。
もう話すのはやめよう。
それでいい。
一人でいくと決めたら、途端に胸の中で冷たい風が吹いた。




