93 勇者が遺した者
『水竜 プリュトロム』とその他数十体の水竜との戦闘に勝利した勇者パーティーとオーバートロカム号乗組員達。
周りの皆んなが歓喜に沸いている中。
僕は船首まで移動し、エマさんの顔を伺いながら尋ねた。
「エマさん! これで僕達を海賊船に乗せて、ヒストア王国まで連れて行ってくれるんですよね?」
エマさんは、喜びながらも何処か悲しげで切ない表情を浮かべていた。
「うん、約束だからね。でも、ちょっとだけ寄り道しても良いかな?」
「ん? 何処に寄り道するんですか?」
ゼーレが疑問を口にした。
「まぁ寄り道と言っても、そこの島に上陸して、ちょっと調査するだけだけどな」
スズリは、孤島を指差しながら言った。
「あっ! ニヒヒ、もしかしてプリュトロムを倒したかったのって、あの島にある財宝目当てですか〜?」
僕は『海賊』、『竜が住処にしている孤島』、『調査』、と言うワードが頭に並んだので、期待も込めて少し意地悪な質問をした。
「ふふっ、君は海賊と言う者達の事をよく分かっているようだな」
エマさんは、フリントロックピストルに手を掛けて、悪そうな顔で不敵な笑みを浮かべた。
「あ、あのエマさん? 一応僕達勇者パーティーなんで、悪事は見過ごせませんよ?」
ゼーレは恐る恐る話した。
「ハハッ、冗談さ。まぁ私達にとっては、財宝と言えば財宝なんだけど……」
「と言うか、こんな孤島の財宝に持ち主は居ないだろうし、持ち主も売る人も居ない財宝を持ち帰ったって罪にはならないだろ」
スズリは気だるげな雰囲気で話した。
「あっ、確かに」
僕は、論破されて少しムカついた気分を押さえる事しか出来なかった。
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それから数分後。
ライム達は孤島近くにオーバートロカム号を停泊させた。
その後、他の乗組員達には別の仕事を任せ、エマさんとスズリ、そして僕達勇者パーティーだけで孤島に上陸した。
孤島は、大部分が大森林と勘違いしてしまいそうなほど草花や木々が生い茂っており、かなりの間、人や魔族によって手を加えられていない無人島だった。
ライム達はそんな無人島にあったいつできたかも分からない獣道の様な物を辿って奥地へと足を進めていた。
「何だこれ?」
ゼーレ達の目の前には、苔とツタがびっしりと生えており、所々穴が空いているボロボロな木造で2階建ての建物があった。
「造られてからだいぶ年月が経ってるわね」
レイラは建物に手を当てながら不思議そうに建物を見つめていた。
「エマさん。これって、家、じゃないですよね?」
ゼーレはエマに駆け寄り質問をした。
「えぇ、これは百年程前に建てられた遺跡よ」
「まぁ、ある意味家とも言えるけどな」
スズリは含みのある言い方をした後、ライム達を置いて遺跡の中へ入っていった。
「ん?」
ライム達は、頭にはてなを浮かべながら、エマさんとスズリの先導の元、遺跡へと足を踏み入れた。
ライム達は遺跡の2階へと上がった。
そこには一つの建付けの悪い木造の扉があり、それをスズリは力尽くでこじ開けた。
すると、そこにはボロボロの壁からまばらに日差しが指している小さな屋根裏部屋があった。
そしてそこには、半透明に透き通っているエルフの女の子が窓際に肘をつき、遥か遠くの空を見つめていた。
エルフの女の子は、日差しに照らされ眩く光る白のロングヘアに鮮やかなサンオレンジとブラッドレッドのオッドアイの瞳をしている。
背は中学生ほどで胸も控えめで、か細い体のラインだが、その身に纏うオーラは妙に妖艶で大人びており、それでいて何処か儚げである。
半透明の姿で儚げな雰囲気漂わせているエルフは、ゼーレが出会ってきた人物の中でも一線を画す存在感を放っていて、ゼーレ達は思わず息を呑み込んで見惚れていた。
「っ!」
エマは目を見開き、まるで死んでいたと思っていた家族が目の前に現れたかのように涙を流して感動していた。
「やはり、母さん達の推測は正しかったのか」
スズリは、神妙な面持ちで考え事をしながら小さく呟いた。
「私の名前はユニスです」
半透明の体をしたエルフの女の子は、大人びた低く落ち着いた声でライム達の方へ歩み寄り、軽く微笑んで自己紹介をした。
「私は一度死に、勇者の持つ魔法によって精神生命体として復活しているのでこの様な姿ですが、貴方達と話すことは出来るのでご安心を」
「ユニス……久しぶり」
レイラは杖を壁に立てかけ、涙を浮かべながらユニスへ一歩一歩ゆっくりと近づいた。
「レイラ、まさか貴方がここに来るなんて……」
ユニスとレイラは触れられぬ手を合わせ涙ながらに笑い合った。
「あ、あの〜、お二人はどういった関係性なんですか?」
ライムは慎重に言葉を並べて言った。
「あぁごめんなさい。私とハルカがまだ幼かった頃に、良く遊んでくれた近所のお姉さん。でも、ユニスが勇者パーティーに入ったきり会ってなくて。つい……」
「へぇ~、確かに。勇者パーティーに入ったっきり会ってないなら千年ぶりの再会だもんな。そりゃあ泣くか……」
ライムは首を縦に振りながら話していた。
「「……って、ユニスさんが勇者パーティー!?」」
ライムとゼーレは口を揃えて驚いていた。
「あ、あはは。そりゃあ驚くよね。勇者パーティーは千年前に魔王に負けてる訳だし」
ユニスは苦笑いを浮かべている。
「でも、何でレイラがここに来たの? 私がここに居ることは知らないはずだけど……」
「それは、こちらの二人についてきたからだよ」
レイラはエマとスズリの方を指差した。
「初めまして、ユニス様」
「初めまして」
エマとスズリは頭を下げて挨拶をした。
「ふ〜ん、この二人が……。レイラを連れてきてくれてありがとう」
ユニスは、エマとスズリににこやかな笑顔を向けた。
「いえ、勇者パーティーの皆さんと出会ったのは縁あってのことですので」
エマは恐縮そうな素振りを見せる。
「え! レイラが勇者パーティーなの?」
ユニスは驚きの表情を浮かべる。
「ふふん。私、今やエルフ一の実力者なんだから」
レイラは自慢げに言い放った。
「へぇ〜、泣き虫のレイラが、ねぇ〜」
ユニスは子供を見るような目をしながらレイラをからかった。
「ちょ、ちょっと……」
レイラはライム達を見ながら恥ずかしそうに慌てていた。
それから暫くの間、レイラとユニスは再会を喜び合い、エマとスズリの事、ライムとゼーレの事などを話していた。
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「……、久しぶりの再会を満喫させてくれてありがとう」
涙を拭きながら、レイラはゼーレ達の元に戻った。
「それで、レイラの話から察っするに、エマさんとスズリ君はヒストア王家の血筋を引いているのよね?」
「エマさん達がヒストア王家の血筋? 何でそう思ったんだ?」
ゼーレがユニスにそう問いた。
「何で? と言われても、レイラの話からも引っかかることがいくつかあったし……」
「なにより、私がこの島に居ることを知っているのは、ヒストア王家の血を引く者だけの筈だから聞いただけよ」
ここまで話したユニスは、真剣な表情を浮かべて再び話し始めた。
「私はかつての仲間、ヒストアと約束を交わしている。もし、その約束が部外者に利用されているかもしれないとなれば、私はあなた達の身分を知る権利がある筈……」
「私が精神生命体だとしても、あなた達をここで始末するぐらいは出来る……。だから、きちんと話して欲しい」
半透明な体ながらも、濃密な魔力を発していることがその場の誰しもが感じ取れた。
「……確かにそうですね」
「まぁ良いんじゃない? 別に勇者達に質問されなかったから言わなかっただけだし、『紡ぐ者』の皆んなは知ってることだ」
スズリは感心なさげにそっぽを向きながら言った。
「うん、そうだね……」
エマは胸に手を当て、決心したかのように話し始めた。
「ユニス様のおっしゃる通り、私達二人はヒストア王国王家、ヒストアの血を引いています」
それを聞いたユニスは胸を撫で下ろし、安堵のため息をついていた。
レイラは目を見開いて驚き、ゼーレは何が起こっているか分からず皆んなの顔色をチラチラと伺っていた。
「と言っても、ヒストアの名を使わせてもらってるだけの遠い親戚家系だけどな」
スズリが補足を加えるように話した。
「やはりエマさん達はヒストアの人間だったのか……。それに王家となると、クロエとも関わりがあるのかな?」
ライムは、ゼーレ達に聞こえない程の声量で呟いていた。
「話してくれてありがとう。あなた達が私がこの島にいることを知っている理由が正当である事が分かった」
「申し訳ありません、ユニス様。先に身分を明かすべきでした」
エマはユニスに頭を下げた。
「いや、謝る必要はない。元はと言えば私とレイラが再会の喜びを分かち合っていたから話せなかったんだもの」
「それで? あなた達は私の開放と、図書館にある秘密の部屋の鍵を貰いに来たのよね?」
「はい」
エマは真剣な表情で答えた。
「開放? ユニスさんはここから動けないのか?」
ライムが疑問を口に出した。
「ええ。もし、私が魔王軍に見つかっても絶対にここから離れられないように私自身を封印して、私の力を魔王軍に渡さないようにしているの」
「もし魔王軍達が私を殺す選択を選ぶなら、その時には私に尽くせる手はないから諦めて受け入れるしかないしね」
「へぇ~。まぁ確かに、万物を通さない壁を作れる力が魔王軍に渡ったらめんどくさいか」
その場に居る者は皆、ライムとユニスの話に耳を傾けていた。
「そうでしょ?」
「でも、だからと言って、他の仲間達では何十年、何百年とこの体を維持することはできない。この状態を維持するには莫大な魔力を必要とするからね」
「だから、当時の勇者パーティーで一番魔力量が多く、元の生命力も強い私が適任だったの」
「あなたが一つ前の勇者パーティーの中で一番私達のガイドにふさわしいのは分かったわ。でも、開放って具体的にどうすれば良いの?」
レイラが、自身とライム、そしてゼーレが抱いている言葉をユニスにぶつけた。
「開放は簡単よ。私がこの中の一人を選び、その人の魂の中に入れば良い」
ユニスが儚げな体でライム達に駆け寄り、上目遣いで話し始めた。
「だからお願い。この中の誰でも良いから、私に体を頂戴」
ユニスは屈託のない満面の笑みで突拍子の無い発言をした。
その様はまるで子供が親におもちゃをねだる様な純粋無垢な姿勢だった。
「「「は、ハァー!?」」」
勇者パーティーは、驚きのあまり大声で叫んび、その声はオーバートロカム号に居る者達にもやまびことして聞こえる程だった。




