FIN
最終話です。
御都合主義、無理矢理な終わりですが最後までお楽しみいただけたら幸いです。
「なぁ、セシリア。話をしないか?」
「話? 今さら話なんてありませんわ。私は本当のティナ様に王になっていただきたいだけなのです。あなたのような害虫は早く駆除されてください」
「本当のティナってのがどんだけいいのか。俺にはわかんねぇ。だから、教えてくれよ。セシリア。お前を」
「イヤですわ」
「何故、私が害虫とお話しなければなりませんの? 害虫は害虫らしく大人しく駆除されてくださいませんか?」
ダメだ。
話にならない。
セシリアは俺という存在を完全に無視している。
だが、ここで諦めるのもまだ早い。
「セシリア。お前はティナが王になれば本当のティナに戻るって思ってるんだろ」
「それ以上ムダ口は辞めていただきませんか? 美しいティナ様の名前が穢れます」
「なぁ、本当に戻るのか? お前のいうティナが」
「ティナ様を知らない害虫如きが何を語るのですか!」
「知ってるんじゃないか? お前のいうティナはもう……」
「黙れ!」
セシリアが激昂する。
予想通りだ。
セシリアは自身の中のティナを美化し過ぎている。
セシリアのいうティナと今のティナは同一人物のはず。
たとえ昔と今で人柄が変わっていたとしてもティナがティナであることに変わりはない。
だから、俺は揺さぶる。
セシリアの根幹にあるティナはもう死んでいる。
それはセシリアももう気付いていることだろう。
セシリアがどんな幻想をティナに抱いていたのかわからないけど、そのティナはここにはいない。
少なくとも今は。
「セシリア。こんなことはよせ。もし、俺の治世がイヤだってんならティナに代わってもいい。だから、話そう。そして、お前を聞かせてくれ」
「何を知った風に言うんですかあなたは! あなたは私をどれくらいコケにするつもりですか! もういい! 私がこの手で害虫を駆除いたしますわ!」
右手にナイフを取り出したセシリアは俺に向かって突進してきた。
素人丸見えの突進。
と言っても運動神経もほとんどなくて武術の武の字すら知らない俺にとっては危険だ。
無様に逃げるか、それとも応戦するか……。
答えはもう決まっている。
「え」
セシリアから間の抜けたような声。
銀色の刃は呆気なく俺の脇腹に突き刺さった。
突き刺さる痛みが腹の中に食い込み。異物が滑りこむ感覚がした。
「あはっ……あははっ! 害虫が、害虫が自ら駆除されにきましたわ!」
カランと音を立てて俺から抜けたナイフが転がった。
赤い液体がこぼれ落ちる。
痛い。
思った以上に痛い。
腹を刺されたのは生まれて初めてだ。
親父にも刺されたことないのに……おっと、ジョーダン言ってる場合じゃないな。
よく映画や漫画だと刺されても立ち続けてる偉丈夫がいるが俺にはそんな芸当は無理だ。
力が抜け落ちるかのように俺はその場に倒れる。
クソ、カッコよく決められると思ったんだがな。
みっともない。
だけど、これでもう大丈夫だ。
セシリアの説得が出来ない以上、こうするしか手はない。
どうせ俺は元の世界に帰れない。
だったらもうここでいなくなっても変わらない。
この世界に産業革命のタネは撒いてある。
俺がいなくてもティナやレイナ、アダムが始めてくれるだろう。
だからもう俺はいなくてもいいんだ。
「ああ、ティナ様! これであなたが王です!」
セシリアが使命を果たした狂信者のようにティナを仰ぐ。
そのとき、ティナの綺麗な瞳はめいいっぱい開いていた。
なんでそんな瞳で俺を見るんだ?
俺はただのお兄ちゃんだろ?
所詮、誰かの代わりなんだろ。
「お兄ちゃん!」
ティナの声が部屋中に響いた。
そして、壁に貼り付けられた手を無理矢理引きちぎる。
「ティナ様! ああ、戻られたのですね!」
「お兄ちゃん!」
セシリアの声はティナには聞こえなかったようだ。ティナはセシリアの求める手を素通りし、俺の前へとやってきた。
どうして。
どうしてティナは泣いているんだ。
お前が欲しいのはお兄ちゃんであって、俺じゃないだろ?
「ごめんね。お兄ちゃん。ごめんね」
俺の名前。
ひたすらティナは告げる。
そして、抱きしめられた。
もう血が身体から出すぎていて声を出す力はない。
ただただティナのぬくもりを感じた。
「ごめんね。私が奪ったモノ。お兄ちゃんに返すから」
奪ったモノ?
俺はティナから何か奪われていたのか?
「ティナ様! いけません! その害虫から離れるのです!」
「お兄ちゃん……ううん、サイトウ・ユウヤ。あなたと交わした契約をここで書き換えます」
「え……」
その刹那、穏やかな光が部屋中に溢れる。
真っ白で何も見えないほどに明るい。
「ああ、ティナ様!」
「ティナ……様……」
セシリアとメアリーの声が聞こえた。
諦めと……あと、なんだろう。
ケガの痛みは不思議とない。
なのに意識がどんどん消えていく。
まるで自分という存在がまったくなかったかのように消えていく。
でも、心地よい。
柔らかいベットに包まれたかのような感覚。
これなら安らかに逝ける。
これなら眠るように逝ける。
静かに俺は心の目を閉じる。
……
これで平穏な終わりになると思っていた。
「ユウヤ」
声。
俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ユウヤお兄ちゃん」
これは昔の夢?
セピア色の記憶。そよ風が頬を撫でるように優しい。
俺には妹なんていない。
これは夢だ。
現実のような夢なんだ。
目の前にいる少女は妹ではない。
彼女はティナだ。
俺を異世界に呼び出した王国の姫。俺を王とするために俺を契約で兄としたクソヤロウだ。
だから俺の頰に触れる液体が涙であることをすぐには気づけなかった。
「ティ……ナ?」
口が動く。
頭に浮かんだ疑問が言葉となって現れる。
「なんで泣いているんだ?」
俺にはティナが泣いている理由がわからない。
ティナにとって俺はただの代替品。
ティナが泣く理由がわからない。
「お兄ちゃんだからだよ」
ははっ何言ってんだコイツ。だから、そのお兄ちゃんの代わりなんだろ俺は。
「今、お兄ちゃんとの契約が終わったよ。だからもう大丈夫」
大丈夫?
何を言っているんだ?
俺はセシリアに刺されたんだぞ。
血もいっぱい出てもう死ぬ目前なんだぜってあれ?
腹にあった痛みがない……感触がないとか、アドレナリンで感じないとかそういうものでもない。
何故か、腹の痛みがなかった。
血も出ている節もない。
いったい、何が起きているんだ。
「ティナ様。“書き換えた”んですね」
メアリーがそう呟いた。
書き換えた? どういう意味だ。
「お兄ちゃん。私もお兄ちゃんと同じで異世界からきたんだよ」
「……それってどういう……ことだよ」
少しずつだけど口が動く。
やはり、俺はまだ死なないようだ。
「だから、私には異能力があるの。【契約】を結ぶっていう強い能力が……あるの」
契約を結ぶ能力。つまり、“お兄ちゃん契約”のことだろうか。
「私の契約は強力。一度結べば相手を無条件に従わせることができるの。それこそ、運命を捻じ曲げるほどに」
確かに“お兄ちゃん契約”の強制力は感じていた。
だが、言うほど強力ではなかった気がする。
「でも、お兄ちゃんには効かなかった」
効かなかった?
いや、俺はたしかに影響を感じていた。
少なくとも王になることは拒めなかった。
「だから、お兄ちゃんにはもうひとつ契約を交わしたの」
もうひとつ契約を交わした?
ティナの契約は口約束で成り立つものだが一度もそんな約束した覚えはない。
「覚えてる? 戴冠式のあと。約束したよね」
「約束……」
うっすらとだが覚えている。
戴冠式のあと疲れ果てた俺はティナと何か約束した。
一緒に寝ていいとかそんなことだと思っていたけど違うのか?
「約束……ずっと一緒にいてねって」
「あ……」
氷解した。
ずっとわだかまっていた何かが一気に解けた。
そうか。
だから俺はティナを妹として見たんだ。
お兄ちゃんになるという契約はずっと意識していたがこの約束……いや、契約は何も気にしなかった。
いつも俺の後ろについていても俺は最終的に受け入れていた。
でも、だからといってその契約で俺のケガが治るとは思えない。
書き換えたというのが原因なのか?
「でも、その契約を書き換えて。なかったことにしたの……それが私の異能力の本質。契約の履行と破棄」
「なかったことに?」
「うん……契約する前。お兄ちゃんが私のお兄ちゃんになる前へ戻るの」
俺がティナの兄になる前?
2回目の契約の時なら戴冠式のあと、1回目のことなら出会ったあの時。
俺の身体はあの時に戻ったということか?
だけど……いかん。なんだかとても眠たい。考える力が弱くなってる気がする。
「じゃあねお兄ちゃん。また、私のお兄ちゃんになってね」
また、お兄ちゃんになる。
ティナは妹だ。
何度でも言いたい。
契約から始まったものでも妹なのだ。
だから何度だってティナのお兄ちゃんになってやろう。
俺の意識はそこで途切れた。
ーーーーーー
ロウソクの明かりの中、私はその大きな手を握る。
柔らかくて暖かい手のひら。生きている温もりを感じられる。
“ユウヤ”は思った以上にお兄ちゃんになってくれた。
本当のお兄ちゃんじゃなかったけど、お兄ちゃんでいてくれた。
契約のおかげなのかもしれない。
本当はこんな力なんて使いたくなかった。
私の“お父様”も“友達”も“お姉ちゃん“も。
私のせいで運命が変わってしまったのだ。
お父様は亡くなった。
私のお父様であろうとして死んでしまった。
友達はずっと私を信じてくれた。
それこそ妄信的に、私の友達であろうとしてくれた。
お姉ちゃんは側にいてくれた。
ずっと私を守ってくれた。
どんな時も全てを犠牲にして私のお姉ちゃんでいてくれた。
そんなことがあったから。
私はもう能力を使いたくなかった。
もう誰も傷つけたくなかった。
でも、お兄ちゃんが欲しかった。
私にとってのお兄ちゃんは前世のお兄ちゃんだった。だからずっとお兄ちゃんだけは作らなかった。でも、能力を封じて、お父様が亡くなって。
私はお兄ちゃんが欲しくなった。
お人形遊びでもいいからお兄ちゃんが欲しかった。
でも、この世界の人の運命を変えた時の影響は強いから私と同じ異世界から呼び出すことにした。
召喚するのは簡単だった。
なにせ私にはメアリーっていうお姉ちゃんがいたから。
命令をすれば理不尽で非常識なことであっても成し遂げる私のお姉ちゃん。
メアリーは私の願いを叶えてくれて、お兄ちゃんを呼んだ。
初めて見た時、目を疑った。
だって、召喚されたユウヤは私の本当のお兄ちゃんにそっくりだったから。
古いもうほとんど思い出せないような前世の記憶の中で色濃く残っているお兄ちゃんの顔と手のぬくもり。
別人だけど、私には本当にお兄ちゃんだった。
だから、少しの間でもお兄ちゃんでいてくれて本当に良かった。
契約の破棄による運命の書き換えは絶大だ。
それこそ死んだ人間を生き返らせることも可能である。
お父様は一度蘇り、その影響で世界の歴史が少し変わった。
1度目のお父様の死は暗殺によるものだった。他国からの暗殺者が後継である私を殺しに来た。それを察したお父様が私を庇い死んだ。
だから、契約を破棄して。お父様が私のお父様になる前に戻した。
その結果、暗殺者は来なかったという運命に書き換わった。つまり、暗殺者の出元がアストリア王国に対して友好的になったのだ。
あまりの影響度合いに契約の破棄……書き換えは封じた。夜にはお姉ちゃんの身体に顔を埋めて泣いたほどだ。
もし、お兄ちゃんの契約を破棄したらどうなるか。
お兄ちゃんが私のお兄ちゃんになったことで起きた事象が全部無かったことになる。
お父様の時は契約前から血の繋がった父であったため、起きた事象は私を庇って死んだことくらいなので影響はまだ小さかったけど。
お兄ちゃんの場合、王様になった。
王様になって産業革命を始めた。
そして、私を庇ってケガをした。
それらの事象がなかったことになる。
つまり、早い話が。
サイトウユウヤは召喚されなかった。
そうなっちゃう。
お兄ちゃんに死んで欲しくないから契約の破棄……書き換えをしたけど。
お兄ちゃんがまたいなくなるのは寂しいし、もう嫌だ。
そう願っても破棄した契約は戻らない。
お兄ちゃんはすぐに消えてしまった。
***
お兄ちゃんがいなくなったあと、この国の歴史がひとつだけ変わった。
サイトウユウヤは召喚されず、私ことクリスティナ・ソフィーリィ・アストリアが国王として戴冠した。
お兄ちゃんのようにはうまくいかないけど産業革命を始めて見た。
概要は少しだけ聞いていたからそれを元にアダムやレイナとニルスに丸投げ……委任した。
セシリアはいつのまにか隠居した総務大臣ソリュダスの跡を継いで大臣となった。
私との契約があるから、狂信的までに友達だけど。少しだけ、ほんのすこしだけマシになったかなって思う。
メアリーはいつも通常運転。ずっと私の側にいてくれる。辛くて悲しい夜には一緒に寝てくれる。
表面上はメイドでも私にとってはステキなお姉ちゃんだ。
ユウヤお兄ちゃんが居なくなって数年が経った。
お兄ちゃんと過ごした1週間は宝物だ。
綺麗なまま、ずっと記憶の奥底にしまっておく。
いつかまた、出会った時。私の頭を撫でて欲しい。そして、抱きしめてほしい。
私はやっぱりユウヤお兄ちゃんに会いたいのだ。
「メアリー準備はいい?」
「国王様準備満タンでございます」
「セシリアはどこに行くのかな? まさかまた私の部屋じゃないよね? 最近、服が無くなってるけど知らないかな?」
「てて……ティナ様。わ、私は下着など盗んだりしませ……あっ」
「語るに落ちたわね。ソリュダス、この不埒者は再教育してやりなさい」
「ふぅ隠居しらジジイを使い果たすとはのぅ」
「ほら、さっさとしなさい。今日は大事な日なんだから……ってレイナ!?」
「あ。国王だ。おはよう」
「あいかわらずマイペースね……って服、服を着なさい! 今日は男も多いのよ!」
「大丈夫慣れてるから」
「いや、こっちが慣れてないの! 特に男の人はみんな前のめりになっちゃうじゃない!」
「少なくともニルスはなってない」
「姉上!? 服を着て下さ〜い! 国王様に不敬ですよ!」
「はぁ……わかったわ」
「もう、レイナはなんでそうすぐ裸になるのよ……」
「簡単。裸こそ人類の至高。生まれた時からの崇高なる姿。人は生れながらにして裸である」
「ニルスも大変ね……こんなお姉ちゃんで」
「はい今日も出る時から裸でして馬車にも裸で乗りました」
「いや、そこで服着させようよ!」
「はい、僕もそう思ったんですが……今日はいいのかなって……」
「その気持ちはわかるけど服は着させなさい」
今日は待ちに待った日。
お兄ちゃんのおかげで産まれたある物が初めてこの世界で稼働する記念すべき日。
「石炭、水おっけーです」
アダム中心となって開発されたそれは鉄道。蒸気機関で稼働する人類最高峰の輸送手段。
蒸気機関が動き始め煙突からモクモクと黒煙が巻き荒れる。
これはこの世界での産業革命の一歩。
長道のりだけど、一歩ずつ順番通りに進んでいけばやがてたどり着く。
「そうだよね、お兄ちゃん」
『クソ姫とはじめる産業革命! 契約兄妹の弱小国家改造記』 FIN