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香は伏し目がちに小声で告げる。
「私は先ほど言ったように領外に兵を出すつもりはありません………なので……」
「意味がないということじゃな。では、他の方々はどうお考えか?」
弾正が言葉を引き継ぐように答え、辺りを睥睨しながら問う。
「メリットある? 領地も離れてるし、なんか意味があるとは思えないんだけど」
「めりっと?」
光輝が白けたように言うと、弾正は小首を傾げ、文脈から意味を探る。それを見て、苦笑混じりの豊が代わりに答えた。
「利点だね。鉱山があるから銅や鉄を交易することも出来る。多少なら金銀も。佐田くんのリストにもあるだろうけど米や味噌、醤油もある。それと、直接に領地は接してないけど、他領を隔ててるだけで意味はあると思うよ」
5領や7領には、豊と光輝の軍で同時に攻め入ることが出来るし、どちらかに攻められたら牽制することも可能だ。
しかし、光輝はどうでもよさそうで、乗り気でないのが有り有りと窺える。
「まあ、日本人同士なんだし、前向きに考えてみてよ。すぐに答えてくれなくてもいい。おれの方から時々使いを送るよ」
豊が重ねた言葉にも光輝の反応は薄く、興味なさそうに頷くだけであった。
次いで発言したメイソンは顎をつかむようして考え込み、その声にも迷いの色があった。
「そうだな。オレとしちゃ不可侵条約ってのなら乗ってもいい。ただし条件がある。5領と8領を繋ぐ橋を共同で架けるんだ」
「あの大河をか?!」
弾正が驚きと呆れの声を返すと、メイソンは不敵に笑って頷く。
「あんたらのとこには、水に潜れるのや、怪力の奴がいるだろう? 中州があるとこを選んで半分ずつ受け持つのはどうだ?」
「色々と調べておるようじゃな。船を連ねて板を渡すだけでもよいのか?」
リザードマンやミノタウルスのことを暗に指していることに弾正は薄笑いで返し、目を細めてメイソンを見据えた。
「いや、オレたちが死んだあとも残るような橋がいい。その橋が通ったら、オレたちの戦いもスタートってのがいいと思わないか?」
「おれの領は狩猟と牧畜が生活基盤で、かなり人口が少ない。あの大河に橋を架けるなら大事業になる。メイソンさんのとこにも使いを出すから、返事は後日にして欲しい」
メイソンの問いに対して、豊には先延ばしのような答えが精一杯だった。
メイソンの求めるような架橋工事は、長期にわたって領民に大きな負担となる。しかし、橋が完成すれば、人々が行き交い通商も盛んになるだろう。
そして、自分が消えたあとも領民たちの暮らしに利便をもたらすというのは、豊にはひどく魅力的に思えた。
豊の表情から感触は悪くないとして、メイソンは納得の笑みで頷く。領民の為、通商の為というのもあるが、船戦を避けたいという点では、ふたりは完全に一致していた。
豊とメイソンの話がひと段落すると、魔物への対処や領内の政治に話が及び、光輝と香は反りが合わないようで露骨に衝突した。
そのふたりともが明け透けに自領の様子を話し、情報を隠蔽することなど頭にないようで、やはり並々ならぬ自信を感じさせた。
豊は相槌を打ちながら、メイソンはにやにやと眺めつつ、一歩引いて会話に参加する形となり、情報交換と愚にもつかない舌戦で、新領主たちの会談は時間が過ぎていった。
唐突に視界が変わる。豊は座椅子の上に姿を移し、弾正と直家は尻餅をついたように表座敷に現れた。
「やれやれ、一声かけてもよかろうに。ともあれ無事に戻れたようじゃな」
気が抜けたように弾正が辺りを見回して言えば、相変わらず人や魔物がひしめき、揃って喜びの声をあげた。
豊は彼らの声に応えると、直家から補足されながら会談の様子を伝えた。
ハウザーやバルドルたちは7領の攻略中であり、新たな情報に唸り声である。
ラウレンツ、アロイスも9領の城攻めの最中とあって、難しい顔をして目線を落とした。
「今日の話は頭の隅にでも置いて、それぞれの戦いに集中してくれたらいい。他領を併せるのが最優先なのは変わらない」
豊の言葉にそれぞれが勇ましく応じて去ると、傍らに控えるティモと、弾正、直家が残った。
「ふたりに相談したいのは4領との同盟だ。おれとしては出来るだけ早く実現したいと思ってる。贈り物をせっせと送って、下手に出れば可能だと思う」
豊の問いに、直家は眉をひそめ首を振る。
「私は不要に思います。浮わつき腰の軽き様、とても信のおける者とは思えません。捨て置いて然るべき相手かと」
「おれも同感だけど、7領の攻略中に南下して欲しくないからね。軍費に比べたら、大量の贈り物をする方がマシだろう? あの傲慢さだ。こっちが頭を下げれば気をよくする筈だ」
豊が苦笑して言うと、弾正は腕組みして黙していたが、小さく溜め息を吐いて口を開いた。
「ふうむ。まあ、与し易い小僧ではある。4領と盟が成れば後顧の憂いも無くなる。あの5領の者と4領の小僧が手を結ぶのを防ぐ意味でも悪くはあるまい」
直家も強く反対することもなく、翌日には同盟を請う使者が発つことになった。
宝玉を使用して米、味噌を川船に満載し、護衛の小隊とともに4領の光輝のもとへ向かった。




