52
4の村近く、丈の短い緑の草原が広がる中を人魔の群れが進んでいた。
遠目に見た牧夫は身動きすら出来ず、ただ通り過ぎるのを茫然と見送る。
数十の魔狼に続いて、犬頭で人型のコボルト、強固な鱗を纏う人型蜥蜴であるリザードマンが列なる。
そして、上空ではハーピーの群れが旋回し、中列には人馬と緑のゴブリンが集団を成している。それに続く後列では、漆黒のミノタウルスの群れが軽々と荷駄を引いて従っていた。
「ぐふふふ、あるじが昏倒せにゃいいがな」
人の悪そうな笑みを浮かべる弾正に、ゲアトはうんざりしたように顔を顰めた。
「おい、ダンジョー殿、先に使いを出して、村に報せた方がいいんじゃないの」
「構わん! びっくりさせるんじゃ」
やれやれと呆れて、ゲアトは一段声を高めた。
「アレでやられたらどうすんだよ! ほら、あのドーンって馬鹿でかい音を出す武器だ」
ゲアトは見た事がないが、逃げた領軍兵から聞いている。轟音が響くと、仲間がバタバタと倒れたと一様に青ざめて話していたのだ。
「むむっ、鉄砲か…、ふーむ、牛頭を五人ほど大楯を持たせて先頭に立てよ。何かあれば盾を構えて行軍を止めればよい。ゲアト、おぬしが指示せよ」
「クソっ、また俺かよ」
悪態ついて馬を退げてゆく。坑道から始まり、沼地や山林でともに戦い、今はミノタウルスを前にしても恐怖はない。身振り手振りで伝えるのも慣れたものである。
ミノタウルスを連れて、魔狼の群れに混じった時には散村が遠目に映っていた。
村外で作業していた農夫たちが、小さく悲鳴をあげて村へ駆け戻ってゆく。
ゲアトは頭を抱えたが、弾正に何を言っても無駄だろうと溜め息を吐くだけであった。
「ん? まさかな…」
村の入り口近くでは、いやに赤い大男が槍を手に佇んでいた。男が突如として吼える。
「グオオオーー!!」
「うおおっ?!」
ゲアトの全身に激しく警鐘が巡る。
手をあげて合図すると、ミノタウルスが自らの巨体が隠れるほどの大楯を連ねて進軍を止めた。
急いで弾正のもとへと馬を飛ばす。
「ヤ、ヤバイぜ、ダンジョー殿。俺の目がおかしくなけりゃオーガが村にいる!」
「オーガ? ふむ、わしが前に出よう」
ミノタウルスを躱して馬を進めれば、槍を構える赤い大男が数名と、鉄砲を持つ男たちが集まっている。目を凝らせば、豊やロルフの姿もあった。
「さすがに遊びが過ぎたか」
油断なく筒先を向ける様子に、冷や汗を流しながら苦笑いする。大声で叫びながら、豊のもとへと馬を駆けさせた。
「驚いたよ弾正さん、ともかく無事に戻ってくれて何よりだ。えーっと、それであれは大丈夫なの?」
強張る豊の目線の先は、弾正が引き連れて来た魔物の軍列である。
一方の弾正も、オーガから目を離さず緊張をみせている。
「無論、問題ない。村を回る間に軍令も覚えておる。全く大した奴らじゃ、戦では頼りになろう」
ミノタウルスの巨体を見れば、弾正の言葉も納得できる。豊は大きく頷くと、警戒する弾正に笑いかけて村へと誘った。
「彼らは鬼人族だ。味方だから安心していいよ。じゃあ、話をしておきたいから、狭いけど屋敷の前に集合させて欲しい」
豊はロルフに耳打ちして、恒例となった宴の準備をしてもらう。オーガと村人が打ち解けるのにもひと役買ったのだ。今回は多様な魔物たちだが、オーガで免疫のある村人たちなら、きっと大丈夫だと期待していた。
百五十ほどの魔物たちが、屋敷前に窮屈そうに整列した。魔狼たちは好き勝手に伏せているが、五十体ほどのミノタウルスが圧迫感を増していた。
豊は顔を引きつらせながら眺め、魔物たちが落ち着いたのを見計らうと表情を引き締めた。
「先ずは山名軍の募兵に応じてくれて感謝します。規則として、人に危害を加えれば罰しますが、君らに危害を加える人間も罰します」
リザードマンやゴブリンが頷く様子に、おかしみを感じて頰が弛みそうになる。
しかし、小さく頭を振って顔を険しくした。
「此処では、人間と魔物と呼ばれる者たちの共存を目指しています。でも、それは難しい。人は、人ですら受け入れず争う。君たちとも、いずれ争うだろう。所詮は仮初めの共存だろうけど、出来れば何世代も続くことを願っています」
魔物たちも思う所はあるのか、豊の言葉を噛みしめるように見つめている。
「そして、残念だけど、山名軍の兵として人間の争いに加わってもらいます。元の暮らしに戻りたければ、いつでも申し出て下さい」
少し哀しそうに話し終えると、すぐに笑顔を見せて村の広場まで先導した。
そこでは、早くも大きな鍋がいくつも並び、村人が騒めきながら行き交っていた。
魔物たちが思い思いに加わると、狼狽える村人や、大泣きする子供も見られたが、大きな混乱もない様子に、豊は長い息を吐いて胸をなでおろした。
夜の帳が降りる頃には、魔狼を撫でる子供たちや、ミノタウルスに担ぎ上げられる村人の姿に、広場には沢山の笑い声が響いていた。
ゴブリンメイジがファイアボールを披露すると、村人たちから大きな歓声が上がり、命じた弾正はご満悦の様子である。
今日は夜更かしになりそうだと豊は苦笑しつつ、尻尾をふる魔狼を何匹も引き連れ、新しい仲間たちに声をかけて回るのだった。




