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控えた兵に直家が軽く頷くと、ふたりが向き合う机に地図が広げられた。
ピノが見れば、前回より更に書き込みが増えたそれに、直家が順に指を置いてゆく。
「この三ヶ所の村に、それぞれ将軍が居を構えている。今後は出向くたびに、その将軍たちへ贈り物をしてくれ。無論、商売に触らぬ程度いい」
ピノとしては理由は不明ながらも、断る理由はなく首を縦に振った。
「それと、領主にも贈り物は欠かさぬよう。出来るなら交渉も頼む。今後、レッテリオには贈り物も会釈も不要だ」
流石にピノも不審そうに何か言い掛けたが、直家は説明する素振りも見せず、欲することだけを連ねてゆく。
「それと、ディルク商会と名乗る者は、私の配下だから訪ねて来れば会ってくれ。そうだな、レッテリオが圧をかけて不都合が生じたら降りても構わん。無理する必要はない」
他にも注意すべきことを教わり、要領を得ないながらもピノは協力を承諾した。
ピノが手慣れた様子で説明してゆく。
「これは柄鏡でございます。裏面には見事な彫刻もございます」
すっかり心を開いた様子で、エルルーンが輝くような笑顔で柄鏡を手に取った。 ピノも顔を綻ばせ、取りとめのない話に花を咲かせる。
幾度も通ったおかげか、自然と捕虜の話も出来るほどにまで打ち解けていた。
そんな頃である。
宿の食堂や、街の酒場でレッテリオの噂を頻繁に耳にするようになった。
領政を握り、私服を肥やしている。
高額な賄賂を要求して商人を苦しめている。
兵を招集しては他領を侵し、掠奪品を懐に入れている。
息子と領主の婚姻を画策して、領主を傀儡とするつもりである。
どれも真偽定かではなく、興味本位でレッテリオが酒食の席で話の種となっていた。
だが、ピノが到底聞き流せない話もあった。
それは、領主を弑してレッテリオが全てを専断するつもりだという噂であった。
後ろ髪を引かれるように9領を発つと、急いで直家のもとへ伺候した。
直家はいつもの笑みを保ったまま、郷里の飲み物だと説明して勧める。ピノが見れば素朴な茶器に淡い黄緑色が注がれ、口に含めば渋さと甘みが感じられた。
煎茶を味わいながらも、気を取り直し、直家に厳しい目を向ける。
「このようにレッテリオさまを中傷する噂が、まことしやかに城下に広まっております」
「ふむ、そのようだな。何れかは事実かも知れぬし、噂が簡単に広まることを思えば、レッテリオへの嫉妬と嫌悪は想像以上らしい」
「ウキタさま、私でも気付いたのです。あの油断なきレッテリオさまなら、8領の関与があることを察しているでしょう」
「そうであろうな。だが、今更8領の策であると叫んでも、奴の身の証は立つまい」
何気なく告げて、煎茶を口に運ぶ直家に、ピノは焦れるような思いであった。
ピノの見たところ、レッテリオという男は尋常ではない。遠からず直家に牙を剥くだろう。
その容姿からは想像出来ないが、直家は僅かな人数で砦を落としたと聞く。智略に自信があるのだろうが、相手を甘く見過ぎていると感じた。
「ダミアーノに会ったことはあるか?」
ピノが訝しげに頷くと、満足そうに笑った。
「六年ほど争ったそうだ。つまりはその程度の男よ」
ピノはやはり甘く見ていると顔を歪ませたが、この自信家の優男に縋らねばならない。
「エルルーンさまを弑するのでは、という噂もございます。決して楽観は出来ません」
直家は悪戯そうな笑みで体を寄せて覗き込み、ピノは思わず仰け反って狼狽えた。
「なるほど、余程にいい女らしい。安心するがいい、領主を殺せば民衆が蜂起するのは明白。そこまで馬鹿ではあるまい。私としては、領主が消えた方が有難いのだがな」
それから二週間あまり、ピノが何度か贈り物を届け、懇意となった将軍たちが動き始めた。
多額の身代金を要求するレッテリオを非難すると、エルルーンの命により、友好の親書を添えて捕虜が開放されたのである。
尤も、豊が届けられた親書を読んで理解したのは、直家が腰を据えて9領を攻略していることくらいだった。
更に数日を経ると、三将軍連名の建白書が秘かにエルルーンの手に届けられた。
レッテリオは民の疲弊を顧みず兵を派し、縁故をもって要職に就け、その政令は私心によって出されている。9領を専横する様子、僭越の極というものであった。
この地で目覚めてから、領内をレッテリオに任せきっていたエルルーンは狼狽した。
おろおろと書状を手して助けを求めたが、付き従うのはレッテリオの息のかかった者ばかりである。
簡単に書状を取り上げられてしまった。
「自らの不遇をレッテリオさまのせいにして逆恨みしておるのです。エルルーンさまが気に病むような事ではありません」
諭すように掛けられた言葉に、エルルーンは判断が出来ない。泣くような顔のまま、何事も起こらないよう祈るしかなかった。
レッテリオは自らを糾弾する書状を一読すると、苦々しげに握り潰した。
「愚か者どもが、踊らされよって」
周りに集う者たちも思いは同じである。
しかし、自分たちの権力を脅かすまでに至っては、手をこまねいて見過ごすことは出来ない。
現状を打破するべく、膝をつき合わせて策を練り始めた。




