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3の村にある兵舎は、領内で最も大きな建築物であった。石造りの二階建であり、三百人近い兵を収容できる。だが、味気ない建物であり、華美な装飾などもなく実用のみの物であった。
数多の城郭を目にしている直家からすれば、大きな長屋くらいにしか感じない。
その兵舎内にある作戦室では、直家と部下五名が今後の動きを軍議していた。
「集まった兵士は、六十弱といったところか。殿より、9領の攻略を命じられておるが、守るだけで手一杯という兵力だな」
「集まったのは殆どが元領軍兵ですので、以前の仲間に声をかけるよう命じております。ですが、多くは討たれ、生き残った者の多くは逃げ隠れておりましょう」
五十人長となったラウレンツが言うように、苛烈な追撃戦によって半数近くが討たれ、領軍兵の生き残りは百名にも満たなかった。
直家は兵の集まらない現状であっても、あの追撃戦は山名軍の武威を示すのに必要だったと思っている。
早々に兵を集めるべく、出立する時には村々に兵を出向かせ、村で募兵すると同時に、以前の罪は問わないと布告させていたが、予想以上に結果は芳しくない。
「我が軍で農夫や牧夫が活躍したことは、広く知れ渡っておろう。睨みを効かせた領軍もおらぬ。誰に憚かることもなくなったのに、思ったより集まらぬものだな」
四人の十人長であるローマンやテオベルトたちも意見をあげるが妙案と言えるものはない。
そうした軍議の最中ではあるが、意見を曲げない豊を思い出して、直家は顔を暗くした。
直家は、この人口の少ない領内で、志願兵のみで戦うのは限界だと考えていた。それに加えて、二方面の攻略戦であり、圧倒的に兵が足らない。
尤も二方面作戦は、弾正と直家の不仲に配慮したものだと理解しているし、望むところでもある。
だが、徴兵することに関しては、豊が決して譲らず、頑なに拒んだのであった。
「かなり厳しいが、我らが殿は、民に戦を強いることを望まれぬ。ひとまず、目ぼしい者を根気よく引き入れるしかなかろう」
険しい表情で頷く部下たちに、直家は端正な顔に笑みを浮かべて晴れやかな声をあげる。
「さて、ひとつ目先を変えよう。9領のことは調べさせてはいるが、お前らのなかには実際に矛を交えた者もいるだろう。9領について、知ってることは何でも述べよ」
「それでは、私から話させて頂きます。私と此処にいるディルクは第3砦の守備兵でした。砦が落とされ、第2砦へと配置換えになる前は、9領の蛮族とは何度も戦っております」
口を開くアロイスに、向かいの席でディルクも大きく頷いている。
アロイスは茶色の長髪を肩まで垂らし、柔和な表情の背の高い男である。そしてディルクは、金髪を坊主頭にした眼光鋭い小兵であった。
「普段の戦いでは特に注意することはありません。お互いに手の内を知り、勝ったり負けたりを繰り返しておりました」
9領の兵装を思い出し、直家も頷いた。
主な武器は剣や斧で、多くが片手斧を両手に持ち、まれに盾を持つ者がいた。
防具は鉄兜に鎖帷子の鎧、鉄の主甲や脛当てといった具合で、領軍と同程度の装備だった。
「それで、手並みの方はどうだ。変わった策を用いるとか、決まった戦い方であるとか」
「ハッ、奴らは夜襲を好み、少人数で埋伏しての奇襲も得意です。ですが、脅威という程ではありません。ただ、領主が参戦する時は、奴らの様相が一変します」
「なるほど、領主の采配が見事ということか」
直家の納得する様子に、一同は困惑した顔を見合わせていたが、ディルクが声を励ました。
「ウキタ殿、そういう事ではありません。大規模な戦いでしか領主は現れませんが、その、声が聞こえるのです」
訝しげな直家に、ディルクは戦場で体験したことを説明し、他の者も情報を補足してゆく。
直家が理解したのはーー、
9領との戦いが佳境になると、何処からともなく領主の声が聞こえるのだという。
囁くような声でありながら、敵味方を問わず戦場の全兵士に届くらしい。
「我が兵よ、魂を昂ぶらせよ」
その囁きが聞こえると、9領の兵士の士気が上がり、目に見えて戦意を漲らせるという。
更にディルクが顔を顰めて話すには、
「我が兵よ、狂える戦士となって敵を喰らえ」
その声が聞こえれば、敵兵は力を増し、動きも機敏になるという。
更には、剣で斬られ刺されようとも、体が動く限り、気が触れたように襲い掛かるらしい。
頰に手を添えて、直家は眉をひそめた。
思い当たることはある。
豊の入手できる鉄砲や大筒のように、9領の領主も何らかの未知の力があるのだろう。
それが兵器ではなく、兵士に働きかける力であるようだが…。
「ふうむ。その声が響けば、鉄砲はさほど有利な武器とはならんな。されども、深手を与えるのだから効果はあろうが」
鉄砲は鎧を貫く恐るべき兵器だが、剣で斬られても動きを止めない相手である。
だからといって、眉間や心臓を狙うのは難しい。
死に狂いしたような敵兵を思い出し、厳しい顔で部下たちは頷いた。




