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与えられた家臣は梟雄でした  作者: 梅を愛でる人
富国強兵
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 右に左に分岐があるたびに、ゲアトは舌打ちするような思いで足音を追う。

 このままでは複雑な坑道で迷い、本当に戻れなくなる、そんな焦りを感じた頃だった。

 うねる坑道の先が明るい。その光りの中へゴブリンメイジが消えて行く。

 ようやく止まった弾正と並び立てば、そこは複数の坑道が繋がった広間で、採掘の中間拠点とされている場所だった。

 そこで待ち受けていた光景に、ゲアトは驚愕する。

 ランプがいくつも灯され、広間の中央では何体ものミノタウロスが座り込み、横になっている。

 目を大きく見開く弾正の腕を強く掴み、ゲアトは声をひそめ囁いた。


「ミノタウロスの巣に誘い込まれるとは最悪だ。いいか、ゆっくり退がるぞ」


 広間の奥では、ゴブリンメイジが狡猾な笑みを浮かべて様子を見ている。ゲアトが冷や汗を流しながら引く腕に力を込めるが、弾正は固まったように動かない。


「まさか、牛頭までおるとは驚いた」


 いつまで呆けてやがる、とゲアトが顔を歪ませたその時、広間に大音声が響き渡る。


「おおい! 地獄の獄卒どもよ! わしの言葉がわかるか」


 ブオオーと獣のように低く唸る弾正の姿に、ゲアトは気が触れたと思い、蒼白となって思わず手を放した。

 一際目立つミノタウロスが立ち上がり、獣の咆哮を返しながら近づいて来る。


「ドワーフにも見えんが、言葉が分かるらしいな。そうだな、此処で見たことを忘れ、誰にも告げぬなら、特別に見逃してもよい」


 弾正が声をあげる前に、続いて近づくミノタウロスが遮った。


「ボスの言葉でもそいつはダメだ。どうせ、仲間をぞろぞろと連れて戻って来る。コイツを殺して、時間を稼いでから寝ぐらを変えよう」


「そうだな、ワシが甘いことを言った。お前の言う通りだ、奴らの始末は任せる」


 ミノタウロスが唸り合うのを、にやにやと薄ら笑って見ている弾正を激しく揺さぶる。


「頼む! 正気に戻ってくれ! とにかく逃げるんだ」


 ゲアトが叫ぶ間に、ミノタウロスが巨体に似合わない俊敏さで目前まで迫っていた。

 咄嗟に盾を構えたゲアトだったが、ミノタウロスは剣を振り回して軽々と弾き飛ばす。

 ゲアトは壁に打ち据えられて呻き、苦痛に歪む顔で叫んだ。


「先に逃げて部下に報せてくれ! 俺も後から追いかける」


 目前で鼻息を荒げるミノタウロスに、弾正は小首を傾げて呟いた。


「牛頭よ、それで本気か?」


 ミノタウロスは答えることなく、代わりに剣を持つ黒く逞しい腕を振り上げた。

 だが、弾正の槍が目にも止まらぬ速さで腕を貫き、ミノタウロスは激痛の叫びをあげ、剣がカランと地に落ちた。

 弾正は更に槍を叩きつけ、ミノタウロスが痛みに呻いて転がると、悪鬼の如く笑みを浮かべ、ミノタウロスの群れを睥睨した。


「その程度で、よくまあ、地獄の獄卒が務まるのう」


 先ほどのボスらしきミノタウロスが仲間を連れ、猛りながら歩み寄って来る。


「人間よ、残念だが死んでもらうぞ」


 弾正を逃がさないよう、他のミノタウロスたちが包囲するように動き、咆哮をあげて威嚇する。

 槍を担いだまま平然としている弾正は、挑発するように哄笑した。


「よかろう。少しは出来る奴がおるか、わしが試してやろうぞ」


 弾正は腰を落として体を捻り、後ろのミノタウロスの足を薙ぎ払う。素早く手元で槍を縮め、隣のミノタウロスへ駆けながら太腿を槍で貫いた。

 くるくるとミノタウロスの間を縫うように、槍で叩きつけ、石突で穿ち、穂先で貫いていく。

 自在に伸縮する槍が生き物のように蠢くたびに、ミノタウロスが呻き声をあげて転がってゆく。


「ブオオー!」


 雄叫びとともに、ボスミノタウロスの斧が旋風を巻いて迫る。

 石突で素早く腕を穿って防ぐと、呼吸を整え、満足そうに笑う。


「お前はマシなようだな。だが、力任せに振り回すだけでは話にならぬぞ」


 いい終わるや、しなった槍が小さく唸り、ボスミノタウロスの両肩を砕かんばかりに激しく打った。

 肩を押さえて膝をつくミノタウロスを見下ろすと、壁際でうずくまるゲアトに顔を向ける。


「おい、討伐隊の者よ、生きておるだろうな?」


 手を挙げたゲアトは、ヨロヨロと起き上がり、転がるミノタウロスたちを避けるように弾正へと足を運んだ。


「正気に戻ったんだな。それにしても、あんた滅茶苦茶に強えんだな」


 手放しで褒めるゲアトに、弾正は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「ふん。武芸者でなくとも、この程度なら、わしでもあしらえる。それより、此奴らと話があるから、お前は暫く待っておれ」


「まさか…」


 顔を顰めたゲアトの想像通り、弾正がブオオーとボスミノタウロスに吼えている。


「察するにお前らは、物の怪として人に追われて逃げ回っているのであろう。そこでだ、ひとつここは、わしのあるじに仕えてみぬか?」


「どういう意味だ?」


 苦痛に顔を歪めながらも、ボスミノタウロスは弾正を睨みつけた。


「我が軍の兵となれと言っておるのよ。あるじは、ここの領主だ。穴ぐらを逃げまわらずとも、好きなだけ草を食えるぞ」


「断れば、殺すか…」


 弾正の肩を軽やかに叩く槍が、返事を聞くまでもなく物語っている。

 苦しげに頷いて承諾するボスミノタウロスに、転がるミノタウロスたちは反対の声をあげることも出来ない。


「よい分別だ。他の者たちも、浅手の筈だ。動けるようになるまで待ってやる」


 弾正は満足そうに笑うと、次いで醜悪な黄色い眼孔を捉える。


「おい! お前も仲間を連れて来い。そのまま逃げれば必ず追って殺す。言葉が分からぬなら、それも殺す」


 ガクガクと何度も首を上下して、ゴブリンメイジは走り去った。

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