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翌日、朝から上屋敷の前に兵士が集められた。
指揮官のトビアスは首を捻り、居並ぶ面々を眺めた。兵士に混じり、村長のエルマーや、自警団のオイゲンの姿が見えたからである。
「みんな、朝から集まってもらって申し訳ない。話があるから聞いて欲しい。エルマーさんや、オイゲンさんには、これから話すことを村の人たちに伝えて欲しい」
皆が神妙な顔で頷き、豊の隣では混乱を予想してティモが泣きっ面である。
「先ず伝えたいのは、北西の森に鬼人、つまりオーガの一族がいる」
ロルフとトビアスは目配せし合い、力強く頷いている。他の者たちは、雑然として騒めき立った。
「すぐに我々とロルフらの鉄砲隊で、オーガの討伐に向かいます。トノはお屋敷でお待ち下さい」
トビアスが声を上げると、騒めきは収まり、兵士たちは決意の表情を見せた。
豊は慌てて、両手を押さえるように振る。
「違うんだ。彼等の一族を屋敷に迎えようかと思っているんだ」
「オ、オーガを…、屋敷に…?」
ロルフがあげた疑問の声は、水を打ったように静まる全員の思いであった。静寂を破り、トビアスが強く声をあげた。
「トノ! オーガは恐るべき怪物。村に近付けるなど命を捨てるようなもの。しかも、複数匹となれば、村の被害は甚大なものになるでしょう」
「まったくじゃ。森に潜んでおるなら、急ぎ奇襲をかけよう。鉄砲が頼りじゃが、オーガ相手では多少の犠牲は仕方あるまい」
続くロルフも、厳しい顔で首を横に振った。
ティモは予想した当然の成り行きに、眉を寄せて豊を見つめる。
「彼等は恐ろしい怪物なんだろう。だが、村人に手を出せば、一族が皆殺しに遭うと知っている。今は森に隠れ棲む、弱者の群れなんだ」
豊の言葉に頷く者はいなかった。
居並ぶ者たちは、敵意と嫌悪の色を浮かべ、反意を促す声を次々とあげた。
「こんな言い方はしなくなかったけど、手出しすることは許さない。これは命令だ! 信じられないだろうが彼等は知性がある。不利な状況で暴れたりしない」
ロルフもトビアスも、納得した様子はない。
兵士たちも抗議の声こそあげないが、批判的な表情が内心を物語っている。
その雰囲気に、豊は平気な顔を装っていたが、背には冷たい汗が流れていた。
(これは、不味い。くそっ、予想が甘かった。村で猛獣を放し飼いにする感じらしい。この様子じゃ、すぐにでも森に討伐隊を派遣しそうだ)
「これから森へ向かう。みんなの気持ちは分かったが、とにかく手出ししないでくれ」
兵士たちは騒然となって立ち塞がり、口々に同行を願い出たが、豊は断り、押し通るようにして厩舎へ向かった。
「トノ、私はどうあっても同行させてもらいます。オーガが襲ってくるまで、手出しは致しません」
豊の騎乗する馬の轡を手に、トビアスは梃子でも動きそうになかった。その隣では、ロルフも悲痛な顔で見上げている。
「わかった。必ずその条件を守ってくれ。ロルフも必ずだ」
当然の如く先導するティモに続き、豊の後ろからトビアスとロルフが従い、重い空気を放っている。
上手く掛ける言葉も見つからないまま、湖へと辿り着いてしまった。
澄んだ水をたたえる美しい湖が、今日の豊には物哀しく映る。
「おーい! おーーい!」
トビアスとロルフが、ギョッとした顔で豊を見つめている。二人の様子に気付いて、ティモが鼻をこすり、得意そうな声をあげた。
「トノさまはね、オーガの言葉が話せるんだ。あの吼えてるのがそうみたい」
「そんな馬鹿な…」
トビアスは厳しい髭面をあんぐりさせ、ロルフも気味悪そうに目を見開いている。
やがて、ガサガサと緑が揺れ動き、オーガが巨躯を現した。
「今日は手ぶらなんだ」
「構わぬ。また話が聞きたいのか」
恐ろしげなオーガの姿と、獣が唸り合うような異常な空間に、ロルフは火縄銃を強く握りしめる。トビアスも顔を歪ませ、赤黒い顔を睨みつけた。
「申し訳ないけど、村で鬼人のことを話してしまったんだ。手出しはしないよう伝えたけど、反応が過激で心配になって駆けつけて来たんだ」
「そうだろうな。恐れぬ者よ、我等は相容れぬ存在なのだ。一族の者も、子が産まれるまで此処で戦うことを選んだ」
見下ろすオーガは哀しげに告げた。
豊は首を横に振り、両手を広げる。
「それじゃ駄目だ。おれがずっと此処にいるわけにはいかない。いずれ、おれの知らないところで討伐隊が組まれる」
悲しみを含み、強い決意の目で懇願する。
「もう一度、一族の者と話し合ってくれ。屋敷なら目が届くけど、ここじゃ皆殺しになる。それか、北西の森まで護送するから奥深く隠れてもいい」
「わかった。いい返事は期待するな。おそらく好意を拒絶するだろう」
オーガは哀しげな顔を背け、緑を掻き分け消えて行った。その姿が消えるのを待っていたように、三人が駆け寄って来る。
「大丈夫だったろう。心配要らないよ」
「トノが人の言葉を話して安心しました」
「わしも、トノさまが頭がどうかしたかと思ったわい」
安堵の表情を浮かべる二人は、オーガよりも、豊の様子に心配していたらしい。だが、ティモだけは口を尖らせ不満をあげた。
「トノさま、何故、あんな化物を気にかけるのです。お話が出来るからですか?」
「違うよ。いや、それもあるかな。鬼人を助けたいのは、おれと同じだからだよ」
「トノさまと同じ?」
「そうさ。彼等も、理不尽な運命の被害者だ。干渉されて、住む世界を捻じ曲げられた」




